地獄堕ち
自殺をしてはいけない。その理由が、ようやく分かった。分かったのだが、問題はもうすでに私が自殺をしているということだ。
人は死ぬと皆、閻魔様の前に連れられる。否。連れられるという表現は適切ではない。気がつけば閻魔様の前に自分がいるのだ。
私を睨み付けるやいなや、閻魔様が言った。
「晴人。お主は、地獄行きだ」
「なぜでしょうか?私はこれまで、全く悪いことをしてはおりません。困っている人は助け、生き物も無闇に殺してはいません。今まで、真面目に会社で働いていました。認知症の母も、死ぬまでキッチリと看病していました。私の何がいけないのでしょうか?」
「地獄に行くか否か、その基準はとても単純じゃ。自殺したか否かよ。親を殺そうが、動物を殺そうが地獄になど堕ちぬ。ただ、自分を殺した者だけが地獄に堕ちるのじゃ」
「それは酷いのではありませんか?私は今まで、真っ当に生きてきました。何十人も殺した悪人が天国に行き、一人も殺さず、むしろ死に行く人を看病した私の方が地獄に堕ちるとは、あんまりではございませんか?」
「生き物というのは皆、何かを犠牲にして生きている。お主も、たくさんの命を食べてきただろう。人を数人殺したところで、犠牲になった命の総数に特段変化はない」
「そんな!動物と人が一緒だと言うのですか!」
「その通りじゃ。命に格の違いなどはない。ただ1つの例外を除いてな」
「例外ですか?」
「うむ。自殺をするということは、今までの人生を、食べてきた命を無駄にするということじゃ。それは何よりも罪なことじゃ」
「そんな・・・」
「さて、では改めてお主に判決を言い渡す。地獄行きじゃ」
パカッと立っていた地面が口を開け、私を飲み込む。あたりが真っ暗になり、手足も満足に動かせなくなる。ドクリ、ドクリと太鼓のような音が鼓膜に響く。
私は猛烈な不安に駆られ、叫んだ。
「ここはどこなのですか!?出してください!」
頭の中に声が響く。
「そこは人の腹の中じゃ。地獄とは、手足が満足に働かず、五感の感覚だけが残る恐怖を耐える場のこと。その空間で自我をなくすほどの恐怖を植え付け、産み落とされた後、数々の困難に耐え、またワシのもとにくるのじゃ」
「そんな!いつまでこんな状況でいればいいのですか!?」
「1年とちょっとよ。なぁに大したことはない。せいぜい来世では、しっかりと生き、善良な魂となってワシのもとにくるが良い。その時は、ワシが食料として、大事に大事に飼育して美味しく食ってやるわい」
「そんな!嫌だ!助けてくれ!」
この会話を最後に、声は自分に届かなくなった。どんなに壁を蹴っても、壁は私の足を柔らかく押し返す。目を開けても、閉じても辺りに広がるのは闇。恐ろしい。抜け出したい。私は自殺したことを、後悔した。やがて私の記憶は、混濁し、ただ謝罪の念と懇願の念、恐怖ばかりになっていった。
やがて、私は何も思わなくなった。
つまり自殺はいけないってこと。