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児童文学/ヒューマンドラマ/恋愛

竜巻テディ

作者: 繭美

挿絵(By みてみん)


 ずるずる、ぺたり。ずるぺたり。

 自分がなにものか、わすれてしまったものが、突風の中をすすんでいく。ものの長い毛がアスファルトでこすれて、黒くよごれていく。

 そのもの……クマのぬいぐるみは、自分でもわからないまま、坂の上にある二階建ての家に向かっていた。

 その家には『あやめ』という、女の子が住んでいた。


 野村あやめは十二歳で、五月生まれの女の子だ。

 勉強も運動もそれなりにできて、クラブ活動ではリーダーシップをとる。そんなあやめは最近、二つ下の弟が、きらいだった。弟ばかり大人にほめられるので、ねたましかった。

 弟の祐介(ゆうすけ)は勉強はまずまずだが、運動はまるで駄目。クラスではおどおどしている。そして絵が大得意。祐介は、まるで写真みたいな絵をかくのだ。大人は祐介の絵を、必ずほめる。親もそれを誇らしく思っていた。

 あやめは『祐介のサイノウノメなんて、つぶれちゃえ』と、心で願っていた。

 今、祐介はお母さんと出かけている。祐介が頼まれた花の絵がかきあがったので、それを渡しに車で出かけたのだ。あやめだけ、家で留守番だ。


「あーあ、やってられない」

 あやめはひとりごとを言って、肩にかかった髪を、指でくるくる巻いた。

 今日は金曜日で、明日とあさっては小学校はお休み。そしてもうすぐクリスマスだというのに、気分がはずまなかった。

 また祐介だけほめられたし、ひとりの留守番は嫌だった。あやめは、もしひとりの時に竜巻がきたらどうしよう……と、不安に思っていた。

 三日前、あやめのいる町を、強い竜巻がおそった。屋根瓦(やねがわら)がとぶほどの竜巻で、少数だが、けが人も出た。

 今日も風が強く、窓ががたがた音を立てている。あやめは竜巻がおこってないか気になって、窓から外をのぞいた。そして、あるものに気づいた。

 よごれたクマのぬいぐるみが、風の中、あやめの家へと続く坂道を、のぼっている。

 あやめは目を見開いた。急いでスニーカーをはき、クマのぬいぐるみのところまで、まっすぐ走った。風の中でぬいぐるみを見つめた。ベージュ色の毛にうまった、青い瞳が光っている。

「テディ」

 ずるぺたり、と歩くクマのぬいぐるみを、あやめはそっと抱きしめた。

「わたしの、テディ」

 テディと呼ばれたクマのぬいぐるみは、口を動かさずに、声を出した。

「テディ? ……ソレガボクノナマエ?」

 幼稚園の子のような、高い声だった。


「あなたはテディよ。わたしが五才のときから、いっしょだったぬいぐるみ」

 テディはあやめが学校に行っている間に、『人形供養(にんぎょうくよう)』に出されたぬいぐるみだった。

『人形供養』とはお寺や神社で行われる、人形やぬいぐるみの、お葬式だ。お経をあげて清めの火の中へ。人間のお葬式とそっくりに行われる。あやめにとって、テディはまだ死んでいなかったのに。

 あやめはお湯でしめらせたタオルで、テディについたよごれをふいた。

「オモイダセナイ」

 テディは頭をふって、温かいタオルをはらった。

「……ダイジナモノ、ドコカニワスレテキタ」

「大事なものって?」

「ウーン」

 テディは首をひねった。首元のリボンが揺れる。

「……テディ、記憶喪失なんじゃない?」

「キオクソーシツ?」

 あやめはテディに、『記憶喪失』についてくわしく話した。強く頭を打ったり、ショックな目にあうと、自分の名前や、これまでのことがわからなくなるらしい。

「早く思い出せるといいね」

 あやめはテディの首元のリボンを結びなおすと、丸い耳をなでた。

「アリガトウ、アヤメ」

「ううん。おかえり、テディ」

 あやめは大好きなテディが戻ってきて、話もできるようになったので、うれしかった。ずっとかわいがっていたからテディに奇跡がおきて、話せるようになったんだ。そう思った。

 テディにちがうものが入ったとは、考えもしなかった。


 だれかがあやめの部屋のドアを、ノックした。

「ねえちゃん、今、いい?」

 弟の祐介だ。

 あやめはテディを人形が並んでいる棚に置くと、むすっとした顔に戻って、ドアをあけた。

 そこにはめがねをかけた、やせっぽっちの弟が立っていた。祐介は片手に、ピンク色の紙袋を持っている。

「なによ」

「これ」

 あやめは祐介から紙袋を受けとった。中をのぞくと、ヒイラギに木の実と赤いリボンをあしらった、クリスマス用のコサージュが入っていた。

「かわいい」

「絵のお礼にもらったんだ。あげる」

「ふーん。どうも」

「おれは、そんなのいらないから」

『いらないから』を聞いて、あやめは眉をよせた。

 祐介が首を伸ばし、あやめの後ろをのぞこうとした。

「部屋、勝手に見ないで」

「ねえちゃん、さっき、だれかと話してなかった?」

「だれとも話してないわよ。ひとりごと」

 あやめはそう言うなり、部屋に入ってドアをしめた。もらったコサージュは紙袋のまま、机のひきだしに放りこんだ。

 祐介はしばらくドアの前に立っていたようだが、やがて足音を立てて、自分の部屋に戻っていった。


「おまたせ」

 あやめは小声でテディに話しかけて、両手で抱きあげた。

「ニンギョウ、イッパイ」

 テディはあやめの手の中から、棚の人形たちを見おろした。

「アヤメ、ニンギョウスキ?」

「うん、かわいいでしょう」

「ウーン」

 あやめはテディといっしょに、棚の西洋人形たちを見た。よごれたテディは捨てるように言われたが、ドレスを着た西洋人形は、おとがめなしだった。

「ニンギョウ、ミンナ、オコッテイナイ」

「そういう人形は、めずらしいわね」

「ワラッテモイナイ」

「そういえば……そうね」

 西洋人形たちはどれも、テディの言うとおり、怒っても笑っても、泣いてもいなかった。そしてテディも、同じように無表情だった。


  ◇◇◇

 あやめの家の夕ごはんは、ほとんど三人で食べている。お父さんは家に帰るのがおそいので、あやめと弟の祐介、そしてお母さんの三人。

 テディが帰ってきた日の夕ごはんは、あやめの好物のハンバーグだった。

 お母さんは「祐介の絵がどれだけよろこばれたか」を話していて、祐介はあいそ笑いを浮かべながら、あいづちを打っている。

 あやめはハンバーグを食べながら、テディのことを考えていた。お母さんや祐介の話は聞いてなかった。


「お母さん、そんな話はいいから」

 あやめはハンバーグを最後のひと口だけ残して、お母さんに話しかけた。

「テディ……わたしのクマのぬいぐるみ、どうしてすてちゃったの」

「またその話? あやめは四月から中学生だし、もういらないと思って」

「年は関係ないよ」

「それにすててないわ。人形供養(にんぎょうくよう)に出したのよ」

「わたしにとっては、同じだよ」

 あやめはテディを隠さないですむ計画を、考えた。テディが歩いて帰ってきたのではなく、自分で取り戻したことにすればいい。

「あのぬいぐるみは大事なものなの。わたし、神社の人に言って、返してもらうから」

「でも人形供養はもう……それにあの神社は今、竜巻被害で大変なんだから。こまかいことで連絡したら迷惑よ」

「こまかくなんかない!」

 あやめはどなって、机をたたいた。

「やめてよ」

 あやめの隣にいた祐介が、はしを置いた。

「お母さん。あのクマのぬいぐるみは、ねえちゃんのぬいぐるみじゃない。……ぼくと、ねえちゃんのぬいぐるみだったんだ」

「そうだったかしら」

「うん。だからぼくからもお願い。返してもらえない?」

「……じゃあ、いちおう神社に電話してみるわね」

 けんか腰でない祐介が話に加わると、お母さんは素直に聞いた。

 あやめは、祐介を横目で見た。

「ありがと。助かった」

「……ねえちゃん、おぼえてた? テディが、おれとねえちゃんのぬいぐるみだったこと」

「………」

「やっぱり、わすれてたな」

 祐介はあやめを見なかった。夕ごはんのお皿をさげると、すぐ二階にあがっていった。

 あやめはハンバーグの最後のひとくちを食べた。冷めていて、あまりおいしくなかった。お皿をさげて、自分の分だけ洗う。そこへお母さんがやってきた。

「今、神社に連絡したわ。――人形供養の日に竜巻がきたから、人形供養は延期したらしいの。ぬいぐるみや人形は全部、保管してあるそうよ」


  ◇◇◇

 翌日の土曜日。あやめは地元に古くからある、神社の境内(けいだい)に入った。

 中はひどいありさまだった。本殿(ほんでん)の屋根や柱が、四日前の竜巻でこわれている。

 地面では鬼瓦(おにがわら)が、横になっていた。おそろしい顔の鬼瓦も、ツノとキバがとれて、ぼろぼろだった。あやめはかわいそうだと思った。

「タツマキコワイ。ツヨイオニモ、ヤラレテイル」

 あやめのリュックにいるテディが、ひょっこり頭を出した。

「アヤメ、ドウシテボク、ツレテキタ?」

「うん? それは『いま、大事なぬいぐるみを見つけました』ってふりを、するためよ」

 あやめはテディの頭を押して、リュックにもどした。


 ほうきで掃除をしている神主さんを見つけ、あやめは声をかけた。

「すみません、お電話した野村です。母は仕事中なので、わたしだけ来ました。えっと……いそがしい時にごめんなさい。人形供養に出したぬいぐるみ、返してくれますか」

 年老いた神主さんは、境内のすみにある自宅へと、あやめを案内した。客間には人形やぬいぐるみが入った段ボール箱が、おかれている。

 あやめはそこで、段ボール箱からぬいぐるみを探すふりをした。そして神主さんが目を離したすきに、リュックからさっと、テディを取り出した。

「神主さん、ありました。わたしのぬいぐるみ!」

 あやめは『いま、大事なぬいぐるみを見つけました』というふりをした。テディはぴくりとも動かず、ただのぬいぐるみのふりをした。

「そうかい、よかった」

 神主さんはにこにこしていた。

 あやめは本殿にお祈りしてから、帰ることにした。

 あやめが小さいころから見ていた本殿は、屋根がこわれて、ブルーシートがかかっている。おさい銭箱も竜巻でこわれたようで、代わりにお菓子の缶が置かれていた。あやめは百円玉を入れた。

「こまったことに、さい銭どろぼうにもあいましてな。火事場どろぼうならぬ、竜巻どろぼうです」

 神主さんは少しさみしそうに笑った。


 あやめは鳥居をくぐったあと、神社に向かって、テディといっしょに手を合わせた。テディがぐるんと首をあげて、あやめを見た。

「アヤメ」

「なぁに、テディ」

「ムカシノコト、オモイダシテキタ」

「そうなの? よかった!」

 あやめは声をはずませて、テディを抱きしめた。

 リュックに入る時に「……タツマキ」とテディがぼやいたのは、あやめには聞こえなかった。


 あやめは家に帰るとちゅうの公園で、祐介を見つけた。祐介はすべり台のそばにあるベンチに座って、スケッチをしている。祐介の足元には、だれかがわすれた野球のバットが、転がっていた。

 あやめはスケッチに集中している祐介の、後ろに立った。

「どれどれ、なにかいてるの」

「うわ」

 話しかけるまで、祐介はあやめに気づかなかった。おどろいて、持っていた鉛筆を落とした。

「いきなり話しかけないで。心臓とまるよ!」

「ないない。あんた、びびりすぎ」

 あやめは祐介の隣に座った。スケッチブックを見せてもらった。そこにはすべり台の下に生えている、ヨモギのしげみが、黒い鉛筆だけでかかれている。

 画用紙のヨモギも、実際のヨモギも、中心が(くき)ごと枯れていた。枯れていない葉は、ところどころ、虫に食べられている。

「なんだか、きたないヨモギね」

 あやめはスケッチブックから目を離して、冬の公園を見回した。ブランコの裏には、ぴんと育ったヨモギのしげみがある。

「あっちのヨモギのほうがきれいなのに」

「ブランコ裏のヨモギなら、もうかいた」

 祐介は『2B』の鉛筆で、虫に食われた葉を塗っていた。

「虫に食われているところなんて、かかなくてもよくない?」

「ありのままをかきたいんだ。おれはこういう部分も、かっこいいと思うし」

「へんな祐介」

「そうでもないさ。虫食いのない植物をかいた、ふすまの裏に……本当にかきたかった、虫食いのある植物をえがいた画家だって、いたんだから」

「ふすまの裏に? わざわざ?」

「うん。天才……いや、鬼才(きさい)はもう、やることがちがうよね!」

 好きな画家の話をする祐介は、いつもより声が大きかった。

「……あんた、この間プレゼントした絵に、同じことしてないでしょうね」

「してないしてない。だから、お礼ももらえたんだし」

「ああ、わたしにくれたコサージュ……」

「かわいいから、ねえちゃんが欲しがると思って」

「まぁ、うん」

 祐介にもらったコサージュは、ひきだしに入れたままだった。

 あやめはもういちど、祐介がかいたヨモギの絵を見た。

 虫食い。冬枯れ。そして春に向けて、炎の形の葉を地表(ちひょう)にひろげているさま……そのままの自然が、えがかれていた。

「そうね。この絵かっこいいかも」

 あやめは祐介の絵を、久しぶりにほめた。祐介は顔を赤くして、自分のめがねのフレームをさわっていた。


 祐介にあやまらなきゃ、とあやめは思った。

 祐介の言うとおり、テディはお父さんが、あやめと祐介のふたりに買ってきたぬいぐるみだった。五才のあやめにとって、三才の祐介を言いくるめるのは、とても簡単だった。

 ――祐介は絵をかくのが好きでしょ。クマさんなんていらないでしょ?

 ――この子をわたしにくれないなら、もう遊んでやらないから。

 ……そんなことを言って、テディをひとりじめにした。それからだ。祐介が『かわいいもの』は『いらない』と、渡してくるようになったのは……。

「あのね祐介。テディ、返してもらったから」

 これからはふたりのぬいぐるみだよ。あやめはそう言おうとして、ぎゅっと口を閉ざした。

 リュックがあいていて、テディがいなかったからだ。

 暗くなるまで探したが、テディはこの日、見つからなかった。


  ◇◇◇

 翌日の日曜日。あやめは、朝からテディを探しにいくことにした。白いセーターにチェック柄のズボンをはいて、髪をひとつにまとめていると、祐介がやってきた。

「なんだか地味だよ。コサージュでもつけたら?」

 祐介はどうも、プレゼントしたものをつけてほしいようだ。

 あやめは、おしゃれする気分ではなかったが、祐介の言うとおりにした。セーターの胸元に、ヒイラギのコサージュをつける。とがったヒイラギを合わせると、白いセーターは雪野原のように見えた。

「いい感じだよ」

「ありがと。じゃあわたし、テディを探しに行ってくるね」

「おれも行くよ。ねえちゃんだけじゃ心配だ」

「そう。いいわよ」

 あやめは祐介の手をひいて、家を出た。


 家から神社までの道を、くまなく探したが、テディはいなかった。

「テディ」と呼んでも出てこない。

 昼にさしかかろうというころ。あやめと祐介は、昨日の公園でひとやすみすることにした。あやめはブランコに座った。鎖の冷たさが、手袋をとおして伝わってくる。

「いったい、どこにいるんだろう」

「ねえちゃん、ほかに心あたりは?」

「心あたり……」

 テディは動ける。リュックから落としても、自分で帰ってくるはず。それにリュックから落ちたらすぐ「アヤメ」と、呼んでくれそうだ。

 テディは自分から、去っていったのではないだろうか?

 あやめはブランコを揺らしながら、昨日のことをよく思い返してみた。

 ムカシノコト、オモイダシテキタ――。

 テディがいなくなる前に話していたことが、気になりだした。


「よう、祐介」

 横から、男の子の声。見ると公園の入り口に、あやめの知らない男の子が、ふたり並んでいた。体の大きい男の子と、小柄な男の子。

 体の大きい子はリュックを背おっていて、小柄な子は、おもちゃの入った紙袋を持っている。ふたりとも、お菓子を歩き食いしている。

 そして体の大きい子の首には、ひもにつながれた黒い石のかけらが、かかっていた。

「祐介。休みの日は、女と遊んでるのか?」

 こわばった祐介の横顔を見て、あやめはブランコを止めた。

「わたしは祐介の姉よ。今は、探し物を手伝わせているの」

 男の子たちはにやにやしている。

「この子たち、クラスメイト?」

 聞くと、祐介は小さくうなずいた。

 あやめは体の大きい子の首にかかっている、黒い石のかけらを、じっと見つめた。見おぼえがある。

 体の大きい子がアメ玉を食べながら、祐介に近づいた。小柄な子もついてくる。あやめはブランコから降りた。

「今日はいいけど、またな」

 祐介の耳元でそう言うと、男の子たちは笑って公園を出ていった。

 あやめは男の子ふたりから目を離さず、祐介の横に立った。

「祐介。あの子たちと、なにかあった?」

 祐介はか細い声で答えた。 

「一度だけ……お金、渡した」

「そう」

 あやめは去っていくふたりに向かって、大きな声を出した。

「そこのばかな四年生! こっちに来なさい!」

 男の子ふたりは、すぐに戻ってきた。

「だれがばかだ。上級生だからって、女が調子のるな」

「ばかは嫌? だったら、どろぼうって呼ぼうか?」

 あやめが鼻で笑う。体の大きい子が、あやめの胸ぐらをつかんだ。小柄な子は、後ろから祐介をつかまえた。

「たくさん買い物しちゃって。どろぼうしたお金を使ったんでしょう」

「言いがかりだ!」

「ねえちゃ――」

「祐介はだまってて」

 あやめは黒い石をぶらさげた体の大きい子を、ひややかににらんだ。

「今すぐ、神社から盗んだ物を返して。あと祐介のお金も返して。二度とこんなことしないのなら……そうすれば、親と警察には、言わないであげる」

「………」

「あんたたちでしょう。神社のおさい銭、盗んだの……」

 体の大きい子と小柄な子が、顔を見合わせた。

「証拠がない。お金に名前は書いてませんよ」

 小柄な子が口をとがらせた。

「そうね。お金には名前を書いてない。でも、そのぶらさげているもの」

 あやめは黒い石を、指さした。

「それは神社に行けば、たぶん……」

 あやめがなにか言おうとした、その時。

 ひゅっと、そばで風を切る音がして、次に地響(じひび)きがした。

 体の大きい子があやめから手を離して、片耳をおさえた。

 みんなはいっせいに地響きしたほうを見た。

 金属バットと小さなクマのぬいぐるみが、ごろりと、転がっている。

 クマのぬいぐるみは両手をついて立ち上がると、金属バットを持った。小さな体で金属バットをひきずって、こちらに近づいてくる。


 テディだった。


  ◇◇◇

 ずるずる。ずるずる。

 金属バットを土の上でひきずりながら、テディは体の大きい子に近づいた。テディの青い両目に、おびえた子供たちの顔が、映りこんだ。

「テディ……」

 あやめは息をのんだ。

「あ、うぁ……」

 体の大きい子が白い息をはいて、あとずさった。バットがかすったのか、耳からは血がにじんでいる。

「ダイジナモノ、ワスレテナカッタ。トラレテタ」

 ずるずる、ぺたり。テディの長い毛が、土でよごれていく。

「カエセ」

 テディは野太い声を出した。

「トッタモノ、カエセ、コゾウ」

 体の大きい子はリュックをおろし、中からきんちゃく袋を取り出した。そしてそれを、テディに乱暴に投げた。

 それが盗まれたさい銭だと、あやめは気づいた。

 テディは地面に落ちたきんちゃく袋をまたいで、男の子にまた一歩、近づいた。

「マダダ。カエセ」

 テディは軽く身をかがめると、バッタのようにとび上がった。子供たちの頭をこえるほど高くとび、体の大きい子の足に体当たりをした。テディが金属バットごとぶつかったので、体の大きい子はうめいてうずくまった。すがるような目で、あやめを見る。

「た、たすけ……」

 あやめはさけんだ。

「首にかかっているものを返しなさい。……それ、神社から盗んだ、鬼瓦(おにがわら)のかけらでしょう!」

 体の大きい子は首にかかった黒い石――鬼瓦のかけらを、テディに投げた。そして振り向かずに、逃げていった。


「ツノ」

 テディは地面に落ちた、鬼瓦のかけらを見つめた。そして今度は、小柄な子へと、勢いよくふり向いた。

「マダタリナイ」

 小柄な子がひ、と短い悲鳴をあげた。

「もうやめて!」

 あやめはテディにかけよろうとした。

「ヨルナ」

 あやめが近づくと、テディは後ろにとんで、大きく離れた。

 小柄な子は、祐介をテディの方に押しやり、ブランコの裏へ逃げた。テディは小柄な子を追った。

 あやめは祐介にかけよった。

「祐介!」

「ねえちゃん。なんだかおかしいよ」

 祐介はふるえる手でめがねをかけ直し、テディたちを見た。 

 テディは野太い声でおどしているものの、男の子に近づこうとしなかった。小柄な子は、ブランコの裏で泣いている。

「テディは近づかない。ううん、近づけないみたい……」

 あやめはブランコの裏で泣いている子と、その足元を見た。ヨモギが生えている。あやめは自分の胸元にある、クリスマス用のコサージュに手をやった。ヒイラギの葉がちくりと、ささった。

 ヨモギとヒイラギ。それらの葉と神社の鬼瓦が、あやめの中で重なった。

「……祐介、ヨモギのそばに行きなさい。そうすればテディは来ない」

「ねえちゃん?」

「鬼は、ヨモギが火に見えて、怖がるから」

「テディが……鬼だって言うの?」

 あやめは胸元にあるヒイラギの葉をにぎると、テディに近づいた。するとテディはまた、あやめから離れた。ヒイラギもヨモギと同じように、鬼が怖がる植物だった。葉のとげが、目にささるようで。

 祐介はあやめの背中にかくれて、すべり台の下のヨモギへと走った。

 あやめはテディににじりよりながら、小柄な子にさけんだ。

「あんたも持っているんでしょう――神社から盗んだものを。それを置いて、さっさと行って!」

 小柄な子は泣きながら、ポケットから小銭とおさつ、そして黒い石……鬼瓦のかけらを取り出すと、テディに向かって投げた。おもちゃの入った紙袋も置いて、逃げていった。


「キバ」

 青い目が、日光でぎらりと輝いた。テディは獲物をとらえる虫のようにすばやく、鬼瓦のかけらをつかんだ。

「テディは、鬼になったんだね」

 祐介は金属バットを持ったままの、テディを見た。

 テディは無表情のまま、太く響く声を出した。

「テディ、タダノニンギョウ。……オレガ、タツマキニマケテ、ヨワッテイルトキ。チカクニイタコイツニ、ノリウツッタ」

 テディの体からゆらりと、黒い煙のようなものが出る。

「ソノカイガアッタ。ダイジナ、ツノトキバ、トリモドセタ」

「じゃあ……もう用はすんだじゃないか。……テディから、出ていけ」

 祐介はヨモギのしげみから立ち上がり、テディに近づいた。

「テディはおれとねえちゃんの、大事なぬいぐるみだ。……それに、鬼にクマのぬいぐるみは、似合わないよ」

 祐介は肩をいからせた。

「怒り顔、笑った顔、泣き顔……鬼はいつだって、はげしい顔を表現されてきたんだ。見る人まかせの、無表情のぬいぐるみなんて。気に入らないんじゃないの……」

「オイ、アヤメ」

 テディがぐるんと首を回して、あやめを見た。バットは祐介に向けた。

「ネガイゴト、カナエテヤロウカ?」

「……え」

「アヤメ、オトウト、ネタンデタ。ココロデネガッテタ……」

「やめて。言わないで!」

「ユウスケ、ツブレロ」

 テディはバットをふりあげると、祐介にとびかかった。あやめは目をつぶって耳をふさぎ、かん高い声でさけんだ。

「やめてやめて! 祐介に何もしないで! わたし、本気じゃなかった。ただわたしもちゃんと、見てもらいたかっただけなの……!」

「……ねえちゃん」

 祐介の声が聞こえたので、あやめはうすく目を開けた。

 バットは、祐介に当たっていなかった。かすったのか、めがねだけが地面に落ちていた。

 あやめは祐介が無事だとわかると、その場にへたりこみ、わあわあと泣いた。

「わかってるよ。ねえちゃんには、いろいろな部分があるんだ」

 祐介はあやめと、自分の後ろにあるヨモギを見た。枯れてむしばまれながらも、冬を超えようとしているヨモギを。

「……アヤメノ、ネタミノココロニ、ヨバレタ。ネタミ、ヒトノココロノ、オニ」

 テディがバットを置いた。ベージュ色の毛のすきまから、黒い煙が出てくる。

「イタズラモオワリダ。カエル」

 黒い煙がテディの体から、勢いよく噴き出した。煙からは、豪快(ごうかい)な笑い声が聞こえてくる。テディの体はどさりと、地面に転がった。

 黒い煙はテディを包み、その小さな体を浮かせた。そして泣いているあやめと、祐介の頭上へ、ゆっくり持ってきた。

 ふたりが手をのばすと、テディの体はすとんと、そこに落ちてきた。煙はひときわけたたましく笑い、空に消えていった。

 鬼瓦のかけらも、もう公園からなくなっていた。


 師走(しわす)が過ぎて、年が明けて、二月になり。

 立春(りっしゅん)を過ぎたころ。修理がすすんでいると聞いたので、あやめは祐介と、ぬいぐるみのテディをつれて、神社に行った。

 本殿(ほんでん)の屋根には、ツノもキバも元通りになった、鬼瓦がいた。高いところからにらみをきかせている。

 怒り顔の魔除(まよ)けの鬼瓦が、あやめには、笑っているように見えた。

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[一言] 冬童話2019のタグより参りました。 「童話」というカテゴリーながら最初に飛び出してきた「人形供養」という言葉にどきり。この言葉があるがゆえに、テディの得体の知れなさがもう怖くてたまらなか…
[一言] お姉ちゃんと弟くんの双方に、感情移入しながら読み進みました。きょうだいが仲直りできてよかった。二人ともいい子ですね。テディがただのぬいぐるみではないというアイディアも面白かったです。 素敵な…
[良い点] テディーが悪ふざけと言った行為までが、二人が為のことのように見えたところ。 [気になる点] 序盤の、テディーの初登場がちょっと唐突だったような気が。 [一言] テディー自体の意思、濃厚に残…
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