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あやつり人形の恋

作者: 不二香

広義の意味での異類婚姻譚です。

私はあやつり人形。

誰かに繰ってもらわないと、動けないーー


*


誰かに呼ばれた気がして、ミルファは足を止めた。

後ろを振り返る。町を行く人はいるが、ミルファの知り合いはいない。

視線を戻す。通りの向こうから、手を振ってミルファに近づいて来る者もいない。


次に、自分のすぐ右手側を見た。通りの脇にひっそりと、本当にひっそりと建物がたっている。

建物全体が奥まっており、軒先に陳列台を置いて商売をしている他の商店の間に埋もれている。


長年王都に通い続けていたミルファでさえ、ここに建物があることに今はじめて気づいた。


では、ミルファを呼んだのはこの建物か。

そう思いながら、商店なのか空き家なのかわからない建物に入っていく。


扉を押せば、ちりりん、とベルの音がなった。

だが、中は暗く、とても何かを売っているようには見えない。

ただ、埃っぽさはなく、かすかに香を焚いたような匂いがした。


「いらっしゃい」


まさか誰かいるとは思わず、ミルファは肩をギクリと揺らす。


よくよく見ると、店の奥にカウンターがあり、その向こうに人が座っていた。

がさごそと動き、ランプに火が入れられる。


「うわあ、レトロ」


思わず、言葉を漏らす。


最近では、明かりは魔道具を使用するのが一般的である。

油を燃料としたランプなど、よほどの金持ちの骨董趣味か、よほどの貧乏が魔道具も買えずに自作するかしかない。

一昔前に大量に採掘された油は、魔力にとって変わられ、劣化燃料として格安で売られている。

カウンターの上のランプは、装飾が凝っており、いかにも高そうなので前者だろう。燃料油特有の嫌な臭いはなかった。


「お嬢さん、ここに何か用かね?」


しゃがれた声で聞いてきたのは、老婆だった。


ミルファは首を傾げる。


先程いらっしゃいと言った声はもっと若かった気がするのだが。

けれど店内を見回しても、老婆以外の姿は見当たらない。


「呼ばれたの、何かに」


ミルファは正直に告げる。


「呼ぶものねえ。これくらいしかないね」


そう言って老婆は、背中が床と平行になるくらい曲がった腰に手を当てながらカウンターから出てきた。


壁際に置いてある、そこそこ大きな家具にかかっているシーツをゆっくりと、はずす。


現れたものを見て、ミルファは息を飲んだ。


それは人形(レプリカ)だった。


アンティークの椅子に、目を閉じて座っている。

金の髪は絹糸のように細く艶やか。小さく控え目の鼻に、そっと添えられたような桜色の唇。頬は滑らかで、ちらりと覗く耳は、きれいな形をしていた。

手首まで覆う、昔の型のドレスを着ており、膝の上で組まれた手の関節は、球体だった。爪は磨かれており、真珠のように輝いている。


「生きているみたい」


ミルファは思わずもらす。

人形は、目を閉じていても美しかった。


「この子はね、かつての巨匠が作った人形さ」


老婆はいとおしそうに、人形の頬を撫でる。

人形の滑らかな頬を、老婆の節くれだった指が辿る。


「関節部分が人工皮膚で覆われていないタイプってことは、千年くらい前のものですか?」


こう見えても、ミルファは人形に詳しい。

人形を見れば、作者がどの工房に所属していたのか当てられる。

だが、これは初めて見るタイプだった。


「もっと前。人形が戦争に使われていた頃のものだよ」


老婆の言葉に、ミルファは息を飲む。


「まさか。じゃあこれは、戦闘人形?」

「そうさね」

「でも、現存する戦闘人形はないはず。だって戦争の悲劇を繰り返さないようにと、戦闘人形はすべて壊されたのだから」


ミルファがいうと、老婆はシワだらけの顔ににっこりと笑みを浮かべた。


「かの巨匠の作品に込められた魔力は大きすぎて、壊せなかったのさ。戦時中のように、魔力攻撃を放つならいざ知らず。ただただあり続けるだけなら、数千、数万と生き続ける。人のように動く彼女らは、戦争が終わると人の間に紛れていったよ」

「じゃあ、今もどこかに?」

「恐らくは」

「彼女はどうして、動かないの?」


老婆の理屈が正しいのなら、この戦闘人形もどこか人の間に紛れ込んでいないとおかしいのではないか。


「人のように動く彼女らは、それでもやっぱり人間の複製(レプリカ)。命令をだし、操るものがいないと動けないあやつり人形だからさ」


老婆は一度言葉を切り、人形の頭を撫でた。さらさらと、金の髪が揺れる。


「この子はね、待っているんだ」

「誰を?」

「さあ。そこまでは話してくれなかったからね」


まるで、人形と会話したことがあるかのように老婆は言った。


「さて、そんなわけでこの子はお前さんには売れないのだけど」

「いいわ。どのみち、まともに買おうと思っても、払えるだけの金額持ってないし。見せてもらえただけで、充分」


ミルファは、老婆が人形にシーツをかけるのを手伝った。


「でも、これで縁は繋がった。きっとこれから、何かが変わるよ」

「それならいいのだけど」


老婆の予言めいた言葉に、ミルファは薄く笑う。

そして、ミルファは店を出ようとした。その背後に若い女性の声が駆けられる。


自動人形(オートマタ)のお嬢さんに、祝福を」


振り返るが、そこにはやはり老婆しかいない。

いや違う、大切な人を待ち続ける人形がいるではないか。

ミルファは泣き出しそうな顔になりながら、口もとに笑みを浮かべた。


「ありがとう。あなたにも祝福を」




ひっそりと奥まった建物を出たミルファは、その足で薬屋に向かった。

薬屋の店主は、ミルファを見て、哀れそうな、けれどどこかほっとしたような目をする。


「今日は来るのが遅かったから、少し心配した」

「ちょっと寄り道をして。昨日も一日、無事生き延びることができました」

「寄り道、そうか。寄り道ができるようになったらそれはいい!」


嬉しそうに店主は言ったが、ミルファはそれをすぐに否定する。


「でも、明日からまたいつもと同じです」

「君はもっと、他のことに目を向けた方がいい。マークスだって言っていただろう?」


いつもの薬をミルファに渡しながら、店主は言う。


「でも、これは私が望んだことなんです。私の命はマークスのためだけに使いたい。彼が死んだら、私は機能を止めます」


そう、あの戦闘人形のように、大切な人がいなくなったら眠りにつくのだ。

怖いことは何もない。彼の思いでと共に、ずっとあれるのだから。


「マークスはそんなの、望んじゃいないよ。あいつの病気のために王都から離れて住んで、それなのに薬はここにしかないから、毎日王都と家を往復して。充分あいつに尽くした。あとはミルファ、お前自身のために生きるんだ。マークスはそれを望んでる」


「私の幸せを望むのなら、それはずっとマークスのそばにあることです。ごめんなさい、今日は少し長居してしまいました。もう、マークスのもとに戻らないと」


薬の代金を払って、ミルファは薬屋をあとにする。

人の足なら、二日はかかる家路を急いだ。

自動人形なら、馬より早く走れる。そして疲れ知らずだ。


疲れなど、もちろんない。

ミルファはずっと、マークスに恋をしている。

彼のことを思うだけで幸せだ。

例えそれがプログラムでも、操られた結果の感情だったとしても、今この瞬間、間違いなくミルファのなかには、愛が溢れているのだから。

それが幸せの印。



いつもよりスピードをあげ、家にたどり着く。

ドアノブに手をかけたところで、ミルファの中に嫌な予感がよぎった。

いくらマークスが寝たきりとはいえ、家の中に気配が感じられなかった。

最悪の予感が頭の中をよぎる。

寄り道をするんじゃなかった。

薬屋の店主とも、もっと言葉少なく済ませばよかった。

泣きそうになりながら、ミルファは家に駆け込む。


「マークス!」


バタバタと階段をかけあがり、寝室に飛び込む。


「嘘でしょ」


マークスの姿はなかった。


「まさか、一人で家を出た?」


そんなはずはない。この一週間、マークスは薬を飲むのもやっとだった。

本当はミルファだって、王都に薬を取りに行きたくなかった。離れている間に、何が起きるかわからないから。

でも、この薬は鮮度が命だ。

毎日、取りに行かなくてはいけなかった。


もしかして、ミルファが王都に行っている間に、容態が急変したのか。

血の気の引く思いで、ミルファは教会へと足を向ける。

人は死んだら、一度教会に引き取られるから。


ミルファが階段を降りていると、玄関の扉が開く音がした。


「ミルファ?」


逆光の影が、彼女の名を呼ぶ。

限界まで目を見開いたミルファは、転びそうになりながら階段を降りる。


「マークス!」

「ああ、ごめん。ほんの少しと思って、外に出てたんだ」


茶色の頭をかきながら、マークスは弱々しく笑った。


「マークス!マークス!マークス!」


ポロポロと涙をこぼしながら、ミルファはマークスに抱きつく。

病のお陰で、大部痩せ細り、頬はこけているが、今朝別れたときとは比べ物にならないくらいに顔色がよかった。


「君は相変わらず、泣き虫だなあ」


ミルファを抱き締め返しながら、マークスは笑う。

病床の、無理をしていたいつもの笑いじゃない。照れ臭そうな笑顔だ。


「どうして?だって、あんなに」

「うん、それは僕が聞きたいくらいだ。君の知り合いだと言った、彼女たちは何者?突然訪れて、過去におかした罪を償いたいと言って僕の病気を治したんだ。ねえ、大戦で失われた治癒の魔法を使うあの人たちは、誰?」


ミルファの中に蘇ったのは、先程出会った老婆と戦闘人形だった。

戦闘人形の中の魔力は無限大。失われた治癒魔法だってお手のものだろう。


「私もお礼を言わなくちゃ」


慌てて飛び出そうとするミルファを、マークスは優しく止める。


「もう帰っちゃったよ。でも知り合いなんでしょ?また今度でもいいんじゃない?それより、ミルファ聞いて」


真剣な目で、マークスはミルファを見つめる。


「遅くなったけど。というか、僕の病気のせいで言い出せなかったけど、どうか、僕のお嫁さんになってください」


そう言って、マークスは小さな箱のふたを開けた。

中にはキラキラと輝きを放つ指輪が入っている。

家を空けていたのは、これを取りにいくためだった。注文してからずっと、病気のせいで取りに行けなかった指輪。


ミルファは、暖かい涙をこぼしながら、マークスを抱き締めた。


「もちろん!愛してるわ。マークス!」

「僕も、誰より君を愛してる」


マークスは、ミルファの唇にキスを落とした。





後日、改めて礼言おうとミルファとマークスは老婆の店を訪れた。

だが、そこは売りに出されており、ミルファは二度と老婆と戦闘人形には会えなかった。


「あなたにも、奇跡が起きますように」


ミルファは、そう祈った。


*


私はあやつり人形。

誰かに繰ってもらわないと、動けない。

けれどあなたの祈りが、私の中の奇跡を起こすでしょうーー







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