初記
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連関作品
夕陽の欠片が街の向こうに落ちていった。
夜の帳は黙々と街を覆う。所々に、取り残されたような灯がちらほらと現れた。
もう一度、事故現場に顔を向けた。
県立大学。コンクリートに覆われた敷地に、木々が生い茂る場所や花壇が点在する。
その一角に作られた簡易的な現場。周囲で歩き回る数多くの警察官や鑑識。けれど今回のことに関しては、さほど現場検証されないだろう。
「第一発見者は近くを通りかかった学生ですね。急に重々しい音が響いたので駆け寄ってみて、らしいです」
傍らに立つ部下が、手帳をボールペンでぺしぺし叩きながら経緯を読み上げる。
「死亡したと思われる時間は、発見した学生の証言する時間で間違いなさそうです。校舎内に残っていた他の学生からも、同じような証言が取れました」
「場所は」
「そこの校舎の、一番上の階です」
部下のボールペンが、数メートル離れた校舎を指す。
大学内には街灯がぽつぽつとしかない。校舎は夜の色に塗られ、無機質な側面を見せる。昼間だったら学生の活気もあるのだろうが。大学内は閑散としていた。もう残っている者もいないだろう。
黒々と冷め切ったコンクリートの校舎。その最上階まで目を走らせる。
「あそこからか」
「はい。約十メートルだそうです」
部下の補足が入る。ふと違和感を覚えた。
「測ったのか?」
「え? さぁ、そこまでは」
その説明がよく分からない。訝しんでいるのを察したのか、慌てて彼が言葉を続ける。
「あ、すみません。……その、なんて言うか」
「何だ」
部下は少し逡巡した後、こっちです、と現場へ促した。
改めて現場に足を踏み入れる。
ライトで薄く裂かれた宵闇。冷たい野外の空気。木々の濃い影。素っ気ない黒いコンクリート。その真ん中に散った、紅い斑点。重たげな血溜り。
「遺体の損壊からして、頭部挫傷による失血死です。最上階の教室の窓が開いていました。そこから飛び降りたと推定されます」
「それで、さっきのお前の反応はどう言う事だ」
部下は近くの鑑識に声を掛けた。手渡された物は、一枚の紙。真っ白いコピー用紙の上に何やら文字が並んでいるようだが、この暗さでは判別しづらい。
部下は、その用紙に目を通すこともなく渡してきた。ライトの近くに寄って目を走らせる。
「何だこれは?」
「遺体はその紙を手に持ったまま亡くなっていました。開いた窓の下には靴が揃えてあったので、おそらく自殺です。だからその紙も彼が用意したと考えられます」
そこまで聞いて気付いたことがあった。もう一度紙に目を落とす。並んだ文字。かぎかっこのついた台詞。周囲の闇が少し深くなる。
「お前」
「そうです。自分は、その紙に書かれたことを読み上げているだけです」
「これは、本当にその遺体が?」
「はい。発見した学生もそう言ってます。尤も、紙に触りはしなかったそうですが」
乱立した校舎。夜の空気。星の見えない空。
その狭間に浮かび上がった現場。
この自殺はすぐに処理されるのか。あるいは。
ため息が漏れる。この紙切れをどうするかまだ悩んでいた。それに、気になる部分はもう一箇所あった。
「この最後にある文章は何だ」
「自分もまだ把握していません。何か意味があるんでしょうか」
一応調べますね、と言って、彼は傍らでメモを始めた。
三度文章に目を通す。文末に書かれた一行。恐らく何かの小説の一節なのだろう。
目線を文章の始まりまで戻す。そこに書かれた題名を眺め、心が沈んだ。
題名『連関作品』。
『ある日のことでございます。お釈迦様は極楽の蓮池のふちを、ひとりでぶらぶらお歩きになっていらっしゃいました。』
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