クラスメイトと先輩
昼食が終わり、体育館に移動すると部活紹介を主な内容とした新入生歓迎会といったものが行われた。
しかし、気が付けばそれも終わりを迎えてしまう。
「はい、これで新入生歓迎会を終わりにします。気になった部活があればぜひ放課後に行ってみてください。以上であいさつを終わります」
と言ったように新入生歓迎会はどの部活に入ろうかとか考える間もなく終わってしまったのだ。
今日はこの後は何もなく、帰りのホームルームだけとなる。
しかし、この新入生歓迎会の後は気になった部活動の活動場所に行って体験入部的なことをする今後の高校生活を左右するであろう。
と言うわけで、情報を集めるとするか。
「なあ、正樹。お前はサッカー部に行くんだろ?」
新入生歓迎会が行われていた体育館を退場する際にざわざわとしている中、正樹に話しかける。
「ああ、そうだな。お前はもちろん写真部にいくんだろ?」
「行く気は無かったけど、行かざる負えない理由がある」
「ま、写真部は兼部しようと思えば出来る位の活動の緩さらしいからな。気軽に逝ってこい」
ん? なんか行ってこいのニュアンスがおかしくなかったか?
てか、情報を集める以前に取り敢えず行く場所決まってたな、そう言えば。
「まあ、取りあえず行ってみるか……いや、行かないと本当にあれが帰って来ないしダメか……」
それから滞りもなくホームルームも終わり放課後を迎えた教室。
教室ではどの部活に行こうかとか皆が皆で話し合っていてすでに足を動かして気になる部活動先に向かい始めている人もいる。
「じゃあな、光史。俺はサッカー部に行くぜ」
そう言って早速サッカー部の活動場所に向かって行ってしまう正樹。
聡と勇太はどうやらハンドボール部に興味があるらしく、そっちに行ってしまった。
と、一人残された感がすごい気もするが、俺は写真部の部室へと足を運ぶとしよう。
「ねえ、関崎君。いきま、いくわよ」
昨日友達になった坂井衣里。衣里さんはなんと言うか唐箕凛の大ファン? で写真部に絶対に入るつもりっぽい。
「いや、俺はほかの部活に……」
とはいっても、写真部の部室に行ったら凛の事だ。否が応でも部活に入らされるかもしれないわけで……ちょっとした抵抗をなぜか凛ではなく衣里さんにしてしまう。
「なんの?」
「それはそのえーっと」
しかし、思いつかなかった。
「はあ、とりあえず。来るだけ来ればいいじゃない。まだ、体験入部の期間は長いじゃないの?」
確かに、部活を一発で決めろというのも酷な話だ。ゆえに長い時間とはいかなくてもある程度の準備期間が設けられている。
「そ、そうだよな。じゃあ、」
入る気はあんまりない。でも、何もしないという選択肢はない。
だから、ほかの部活を見に行くことを後回しにして今日は凛との関係もあるので写真部に行くことにしたのだ。
「じゃ、行きましょうか」
衣里と一緒に写真部に向かう。廊下は部活動開始前ということもあり人の行き来がとても激しいその中を歩くにつれ、あることに気が付いた。
「なあ、この学校の文科系の部活動って人気があるのか?」
「そんなわけないでしょ。この学校は普通にスポーツ系のほうが人気があるわよ」
「だよな。でも、こっちってさ。文化系の部活動の部室のある方面だよな?」
「そうね。そうよね。なんで、こんなにも多くの人が歩いているのかしら?」
「やっぱり、あれだよな」
「そうね。まあ、あれよね……」
人気の多さは写真部の唐箕凛という人物に会いたいがためにできているのだろう。それほどまで、凛は人気があるということを再認識するし朝の一件は不味かったなあと後悔する。
「はーい、写真部に入りたい人は人が多いから第一多目的室に行ってねー」
あまりの人の多さに部室での活動ができないのだろう。そのせいで、第一多目的室に場所が変更になっているらしい。
凛が集まってくる人に必死にそう言っていた。
「だそうだ。ほら、行くぞ衣里」
「はあ、本当に写真部は大丈夫なのかしら人数的に?」
そんな話をして第一多目的室に向けて足を動かし始めた時だ、
「あ、光史~。ちょっとこっちにおいで~」
凛が手招きをしてくる。
「っつ!?」
急に呼ばれてしまい、あられもない声を出してしまう。
そりゃ、こんな人混みの中で学園のマドンナから声を掛けられるなんて目立って仕方がないからな。
「あんた。呼ばれてるわよ。さあ、呼ばれたらいかないとね」
背中をバシバシとまでは行かないが衣里に軽く叩かれる。
「おい、なんでお前までついて来ようとしているんだ? 呼ばれたのは俺だけだぞ?」
「そりゃ、友達だからじゃないの?」
凛をあれほど崇めているわけで、ぜひともお近づきになりたい衣里さんは俺に付いて来るというわけだ。
「まったく、こういうときだけ都合のいいことで」
そして、人混みをかき分けて凛のもとに向かうと、凛が話しかけてきた。
「うんうん。光史。君は来ないって言ってたくせに結局来てくれたんだ。もう、ツンデレなんだから」
「おい、人じゃないけど人質を取ってるお前がそれを言うか?」
家の鍵を取られてるのにその言い方は無いだろとか思いながら言うも、
「じゃ、取りあえず今日は帰って良いよ」
無視された挙句、帰っても良いよという仕打ちである。
「はい? お前が来いって言ったんだろ?」
「う~ん。人が多すぎるんだよね。だから、光史は帰って良いってこと」
「なんで?」
「ん? 無駄だから?
「だから、なんで無駄なんだよ。その理由をはなせ」
「だって、写真部って簡単に入部できるよ? ただ入部届けに名前を書いて提出すればすぐに入れるもん。だから、今から説明する部活説明は不要だからね」
「なおさらなんで俺に来いって言ったんだよ」
「ん~。今日来なかったら誘うのをやめようと思ってね。引き際も大事だし。ほら、嫌がる人を無理やり入れてもね……」
いやいや、散々人の家の鍵を奪っておいてそれを言うか、普通。
くそ、来なければ俺は写真部に無理に誘われなかったとでも言うのか?
「ああ、そうか……」
「はは、じゃ私は一応、新入生に説明をしなくちゃいけないからね。じゃ、またね」
「おい、何さらっと行こうとしてるんだよ。鍵を返せ」
そう、朝の出来事から凛の手には部屋の鍵が握られているのだ。正直なところ、返してほしい。凛の性格からすればそのまま部屋に入り浸るために返さないという魂胆があるにちがいない。
あいつの部屋は紛れもなく汚部屋。
しかし、近くに綺麗な場所があれば凛はその環境を求めてやって来るからな。
「あー、カバンの中だから無理。ちゃんと返すから」
「はあ、ちゃんと返せよ? ちゃんとな」
「じゃあね。あ、エリーちゃん可愛くなって。もしあれだったらエリーちゃんも来なくて良いからねー」
彼女は忙しそうに光史のもとを去っていくのであった。そこに残されたのは光史と衣里。
そう、先ほどまで言葉をほとんど発していなかったが衣里も横にいた。横にいた衣里はと言うと、うんうんと唸っている。
「おい、そんなにぼけっとしてどうしたんだ?」
「いや、あんたと凛……先輩って相変わらず仲が良いのねって」
「まあ、腐れ縁だけどな」
「それと、話の流れからして凛様があんたの部屋の鍵を持ってるとかどうとか言ってるのが聞こえたんだけど」
「えーっとだな。隣に住んでるんだよ。隣に」
「そ、そう。それは倫理的にまずくないの? 」
「何が、まずいんだ? 別に同じ部屋に住んでいるわけでもないし」
「へえ、意外ね」
心底意外そうな表情を浮かべている衣里さん。
その顔はどこか見知った印象を受けるのだが、きっと気のせいだろう。
「何がだ?」
「いや、普通の男の子だったら隣に美少女が住んでたら何か思うところがあると思うじゃない。なのに、あんたはそういう風に思ってないのかなって」
「まあ、そうだな。幼馴染だからだな」
「幼馴染ねぇ」
実際のところ、幼馴染間における恋愛は難しい。幼少から仲のいいせいで友達感覚から抜け出せなかったり、長く親交を持っていたため踏ん切りがつかないなどといった話を二つ上の兄から聞いた事がある。
二つ上の兄は結局、破局して得たものはと言うと気まずさだけだったそうだ。
「で、衣里さんはこの後部活の説明会に行くのか?」
「まあ、行くわよ。一応。あんたと違ってね」
「そうか、じゃ頑張れよ。凛と接点を持ちたいならな。写真部の活動は個々での活動がほとんどらしいしな。なんだったら、俺の名前を使って取り入っても良いからな」
凛が言っていた。個々の活動がほとんどであるらしい。
しかし、個々の活動といっても同じ写真部の仲間としてつるむこともあるだろう。
だからこそ、衣里に凛と接点を儲けるにはやはり個人的に取り入るしかないのだ。
「案外、優しいわね」
「いや、俺の利益のためだ。だって、お前が凛に構ってれば俺の受ける被害がへるかもしれないし」
実際は優しい俺など存在せず、自分の利益を求めているだけであった。
だが、自分の利益を求めていようが、他人にそれがやさしさと受け取られるのなら、それはいいことなのに違いない。
「そうなのね。まあ、結果としては私としてもありがたいから一応、感謝しとくわ。じゃ、そろそろ私も第一多目的室行ってくるわ」
「はいよ。じゃ、また明日な」
こうして、俺は写真部の部室の前に取り残された。
写真部の部室の前には凛目当てで説明を聞きに来た生徒がいまだ多く居る。
そのため、名前は知らないがすでに凛はいないが凛以外のある一人の部員が誘導を行っている状態だ。
「本当に、大変そうだな……」
そうぼそりと言葉を漏らした時だ。
「君、今、大変って言った?」
地獄耳なのかいざ知らず、誘導をしている写真部員が駆け寄って来てそう言った。
背は小さく、髪はポニーテルで身長を少し持っているがそれでも人ごみに流されそうな感じの写真部の先輩が目の前に現れたのだ。
てか、本当に小さい。
「確かに言いましたけど」
まさか聞こえているとは思わず、失言をしてしまったと思ってしまい、少し怖気付いたような返事。
「じゃあ、手伝いをお願い。それ持ってるだけで良いから」
そう言って渡されたのは即席の看板。作りは簡単で段ボールに見やすさを重視して白紙を貼り付けその白紙に第一多目的室に移動してくださいと書かれているものだ。
「え、なんで」
「凛の知り合いだから、このくらいの報いは受けるべき。まったく、大変だったらありゃしない」
そう、この騒ぎを引き起こしているのは恐らく学園のマドンナと呼ばれる凛を一目見たさなのだろう。その凛と仲が良いことをこの人は知っていて俺にその尻拭いを手伝えと言ってきたという事だ。
確かにこれはなあ……俺は悪くないけど手伝わないといけない気になる。
「あ、はい」
と看板を受け取ると早速俺が写真部の関係者と思ってなのかある生徒が話しかけてきた。
「あ、写真部の説明会ってどこですか?」
しかし、看板を持ち立っているだけで良いと言われたもののそうは行かないようで、きっちりと説明しなければいけない。
「第一多目的室に変更になったそうです」
写真部でもないのになぜか誘導する側として振る舞う。
ここに集まっているような人と同じ新入生だというのに。
そして、数分が経ち、人ごみも解消されやっとお役御免だと思い、看板を小柄な写真部の先輩に返しに行く。
「あの、これ返します。じゃ、俺はこれで」
「何を言ってる。まだ、説明会は終わってない」
「へ?」
「だから、説明会は終わってない」
「確かにそうですけど……」
「ああ、ごめん。言葉が足りなかった。要するに最後まで責任をもって説明会を終わらせるべき」
「あっ、はい。うちの凛がご迷惑を掛けてるんですもんね」
「そう。あなたも同罪に等しい」
確かに俺は悪くはないのかもしれない。
だが、面識を持った相手が迷惑を掛けたらその面倒を見るのは当然とまではいかないが少しばかり手伝わなければいけないという気持ちは沸くし、迷惑を被っている向こう側からしてみれば手伝ってくれても良いじゃないかと思うはずだ。
ゆえに俺は背の低い先輩に付き従い、とりあえず一緒に第一多目的室に移動するのであった。
「あの、先輩の名前は?」
「私は加地 由良。君の事は良く凛の話で聞くから知ってる。だから、手伝いを頼んだ。いきなりで悪かったと思ってる。でも、イライラしてた」
あれだけの混雑だったらイライラして当然だな。
そんな中、凛からよく話を聞いていると言ってたし、俺が現れれば手伝わせたくなるのも無理がないわけか。
「えっと、加地先輩? って呼べばいいですか?」
先輩といった時だ。
目の色の輝きが変わった。
「先輩……私が先輩……。うん、うん。そう、私は小っちゃくても先輩!」
やはり、身長からもたらされるコンプレックスはあるようで年上として崇めてはいないけど、敬う姿勢を受けたのが嬉しかったのだろうか。
「あの、加地先輩?」
「写真部にはもう一人加地っていう名字がいる。だから、由良先輩と呼ぶべき」
「はあ、分かりました。じゃあ、由良先輩?」
「……先輩と呼んでくれる。そう、親しみを込めてコウ君と呼ぼう。コウ君は良い後輩だ……」
と軽く自己紹介をしながら歩くのであった。