幼馴染と距離感
「よし、飯作るか」
ゲームに熱中していたが気が付けば22時。
飯を作るのには割と遅いような気もするが、きちんと作ると決めたのなら作るべき。
そう思った俺は台所に立つ。
「えー、今から作るの? こういう時はコンビニだよ。コンビニ」
「いや、すぐできるから待ってろ。コンビニに行くよりも早くにな」
そう言って部屋の台所に立ち手際よく料理を始める。
料理といっても手を抜こうと思えばいくらでも手を抜けるわけで……台所に立ってわずか15分ほどで完成させる。
「おい、出来だぞ。せめて、そっちに運ぶくらいは手伝え」
「はやい、もうできたの?」
「ああ、できた。今日はトマトソースのパスタと簡単なサラダと市販のコーンスープだ」
ま、超手抜きだけどな。トマトソースはある程度完成されていたのを野菜を足したりして味を調えただけだし。
サラダも野菜をちぎってツナ缶を乗せただけ。
極め付けにはコーンスープなんて牛乳で溶かすタイプのやつだ。
「わあ、おいしそう。コンビニのより具がいっぱい入ってるよ」
コンビニのと比べるのは少し失礼じゃない? まあ、コンビニのも美味しいけどさ。
田舎に住んでたからほとんどコンビニなんて使ったことないけど……。
「よし、食べるぞ。いただきます」
食器を並べ終わったのでいただきますと言ってフォークを取る。
「いただきま~す。ん~、おいしいよ。こんなにぬくもりがあるご飯久々だよ~」
「はあ、いったいどんな食生活をしていたのやら」
「でも、ナスは入れないでほしかったなあ……」
しぶしぶナスを食べる凛。
あまり噛まずに飲み込んでいることから本当に嫌いなのがよくわかる。
「わがまま言うな。そんなことを言ってたら大きくなれないぞ?」
「え~、十分大きいと思うんだけど」
胸を見ながらそういうのでつい俺も見てしまう。確かにものすごく豊満で目を奪われてしまいそうだ。見ていたら、見ていたでそのことを指摘されいじられるのを恐れすぐに目を離すも。
「あ、胸を見てたでしょ」
「ん、見てないぞ?」
「ふ~ん。素直に見てるって言えば触らしてあげようとおもったんだけどな~」
わざとらしく胸を強調しているし、そりゃ俺も男。
お胸の一つや二つ普通に興味がある。
「あれか、お前は痴女なのか? 胸を触らせるって」
「光史にだけだよ?」
「あ~、あれか幼馴染の腐れ縁の延長みたいな。お前には触られてもどうも思わないし的な?」
確かに、幼馴染という場合恋愛感情を抱かないでうだうだとそれでこそ家族みたいな関係になることが多いらしい。
というわけで、凛も本当に俺が触ってくるはずが無いと踏み込んで触らせてあげようと思ったんだけどとかいうわけだ。
そこら辺を履き違えて赤っ恥をかくのは幼馴染を分かってないラノベやらゲームやらに毒されてるのを忘れるな。
「ちがうんだけどね……」
と思いふけっていたら凛は何か言っていたけど聞き逃してしまう。
「ん?何か言ったか」
「ううん。なんでもない。それよりもさ、明日何時に家を出るの?」
「あー、明日は7時30分くらい?」
普通に質問をされたのでその質問に答える。
しかし、凛の意図に気が付いて言わなければよかったと汗を垂らす。
「へえ、じゃあ一緒に行こっか」
「おい、凛。さっきというか、写真部に見学に来なかったらこっちから行くっていった時、目立つよ? と脅して来たよな? だったら、一緒に登校とかそっちの方がやばいに決まってる。せめて、せめて高校生活の滑りだしくらいは遠慮をしてください」
そう、凛というのは可愛い。
マジで、可愛いのでそんなかわいい女の子が目立たないわけがない。
実際に、学園のマドンナとか呼ばれているらしいし、そんなマドンナと一緒に登下校しているのが皆にバレたとする。
それはそれで注目の的になるわけで……で、友達がまだいない俺はその噂のせいで皆から少し距離を置かれてボッチになりかねんわけだ。
「えー、良いじゃん。そのくらい。ほら、たくさんの友達よりも一人の友達的な?」
「いや目立ち…、はい」
目立ちたくない。そう言おうとした時の凛は少し怖かったので仕方がなくはいと返事をするしかなかった。
くそ、一緒に行きたいとか幼馴染じゃなければ立派な恋愛フラグなのによ……まったく、悲しい限りだ。
「じゃあ、7時30分ちょっと前に来るから」
「わかった。それよりも、食べ終わったならそろそろ自分の部屋に帰れよ。普通に良い時間だし」
「えー、ゲームの続きは? まだこっちも勝ち越せてないんだよ。やるべきだと私は思うんだけど」
そう、すっかり熱中してしまった理由はゲームの腕が拮抗状態にあったからだ。
そのせいで、勝っては負けてを繰り返してずるずると続いてしまっという感じである。
「いや、やらん。そうやって何度寝不足に陥ったことがあると思っているんだ凛。俺たちは大人に……。まあ、さっきまで時間を忘れてたから結局子供みたいだけどさ」
「えー、じゃあ一戦だけ。一戦だけでいいから」
「そう言って何度朝までずるずるとゲームをしたんだ? 却下、却下だ」
「っち、じゃあ、勝ったら、明日の登校を別々で行ってもいいから」
「……本当に?」
目立ちたくない俺にとってはありがたい発言。
もし勝てれば、俺の高校生活の滑り出しは守られるわけで甘言に心が傾く。
「本当。約束する」
「わかった。一戦だけだ」
「うん、一戦だけ」
「よし、やろうじゃないか」
「相変わらずちょろいね光史……お姉さんその純粋さを心配しちゃうよ……」
「ん? なんか言ったか」
お皿を片していたので良く聞こえなかった凛の言葉。
「ううん。言ってないよ。ささ、早く決着をつけよう」
こうして夜が更けていく。
そして気が付けば、
「…やべ。遅刻しそう」
部屋に置いてある時計を見ると時間はすでに7時30分を示していた。
いや、高校生活始まったばかりで早めに出るつもりだったから全然遅刻にはならないけど、それでも焦ってしまう。
「ん~、どうしたの?」
凛が目をこすりながら聞いてきた。
「いや、普通にもう朝だからな?」
「そうだね。遅刻はしそうにないけどそれなりに時間がないね」
なぜ、凛がいるのかは簡単。
結局、夜遅くまでゲームをし続けたというわけではなく。
明日のことを思ってきちんとゲームを辞めた。そこまでは良かったんだけど。
しかし、凛は背もたれのない場所にずっと座っていたせいか楽な姿勢を求めてあろうことか俺のベッドにダイブした。
その時は確かこんな感じだった気がする。
「あ~、腰が痛い」
と言いながらベッドに飛び込み楽な姿勢になる凛。
「おい、凛、お前は自分の部屋に帰れよ? なに人のベッドの上で楽な体制をとって一息ついているんだ?」
「ちょっと休憩したら帰るから」
「はあ」
一息ため息をつきトイレに向かう。すぐに用を足し光史はトイレを出るも待っていた光景は悲しいものであった。
「ぐうう、ぐうう」
寝息を立て眠っている凛。
「ねえ、ここ俺の部屋だよね?」
一人暮らし、それは自由に満ち溢れた生活。誰にも縛られない素晴らしい日々。そんなことが待っていると思っていた。
それは初日にして実現しなかったのだ。
「はあ、俺も寝るか」
呆れ果て、寝た凛を起こす気力もなくなってしまい、しょうがなくクッション等を背中に敷いたりし眠りについたというわけだ。
こんな感じが凛が朝になっても部屋にいる理由である。
「いやー、私。いつ襲われるか地味にドキドキしてたんだよ?」
とか言っているが、いびきが煩かったし絶対に安心して寝てたお前が言うか?
やはり、心置きなく俺に隙を見せているのは幼馴染だから、そんな凛に告白したら痛い目に合うのは言わなくても分かる。
「さて、用意をしなければ」
「うん、私も自分の部屋で着替えないと」
凛は昨日ショッピングモールで出会ったときの私服姿である。当然、昨日からシャワーも浴びていないし、制服にも着替えないといけない。
「ああ、そうしろ。俺は着替え次第、家を出るからな。昨日の勝負で勝ったからな!」
結局、ゲームの対戦で勝ち越したのは俺だ。
その結果から目立ちたくないので一緒に学校にいかないということを勝ち取り一人で投稿する権利を得た。得たって、元々俺にはその権利があってしかるべきなんだけど。
「え~、私はそんな約束はしてないけど?」
「とぼけるな。ちゃんと言ってたからな。勝ったらって」
「誰が?」
「誰がって。お前が言っただろ?」
「違う、違う。誰が勝ったら私が別々に行くって言ったの?」
「誰?……あ…っ…」
一瞬にして光史は思い出す。『っち、じゃあ、勝ったら、明日の登校を別々で行ってもいいから』俺が勝ったら何て一言も言っていないのだ。条件をはっきりと決めていない約束なんて誰が守ろうものか。
少なくとも曖昧な条件下の勝負では凛は絶対に約束を守らない。
「く、そんな。馬鹿な……」
「じゃ、そういうこと。私が着替え終わるまで待っててね~」
「甘いな、女の用意は時間がかかるお前が用意をしている間に部屋を出ればいい話だ」
しかし、だからと言って俺も素直にうなずくつもりはない。
生憎だが、男の俺は準備に時間が掛からないわけで、先に行こうと思えば行けるわけだ。
「へー。頑張ってね」
そう言って部屋に戻っていく凛。
その手は握りしめ何か思いもよらない力強さをまとっていた。
「ああ、頑張るさ」
その後、大急ぎで準備を終え家の扉を開ける。当然のように一人暮らしなんだから家の戸締りをするためにカギを……
「ん?鍵がない。もしかして……」
一瞬にして理解した。凛は部屋の鍵を持っていたのだと。だから、凛はすぐに帰って行ったのだろうと。
「でも、甘いな凛」
スペアというものがあるわけで部屋に戻りスペアのキーを取る。スペアということもあり、棚にきちんとしまっており他人が見つけるのは至難で持っていけるわけがない。
「悪いな、凛。俺も馬鹿じゃないんだ」
駅へ歩き始める家から駅までは割とあるが自転車を使うまでもない距離。急いでも電車が来る時間というものがあるわけでゆっくりと駅へ足を運ぶ。
「よし、ついた。当然凛の姿は…… え、え?」
目の前になぜかいる凛。きちんと身支度を整え寝癖一つさえ見受けられない。
「やあやあ、光史君。どうして、君は先に行っちゃったのかな?」
「いや、その。なんでお前ここにいるんだよ」
「ん? ああ、そういうことね。バスだよ。バス。本数は少ないけどバスが通ってるからね」
確かにここら辺の地域はお年寄りが多く住んでいるということもあり比較的短い距離で行き来するバスがある。本数は少ないけど。
「でも、バスって一時間に2本くらいしか。だから待っている時間で十分に駅まで歩いて、あ」
自分で発言をして気が付く、俺が出ようと思っていたのは7時30分だ。7時台のバスは15分と50分の二本だけ。早く学校に行くつもりであった光史にとって15分は早すぎて50分は微妙に遅いという何とも言えない微妙な時間。加えて、バスに乗ればお金はかかるしそんな大した距離もない。
だから、バスを使うメリットがないから光史の頭にバスを使うという選択肢はなかった。
「そ、私はバスを使ったから光史より早く駅に着いたわけ」
「はあ。じゃ、行くか……」
「そうだね。これ以上しゃべってたら電車に乗り遅れるしね」
どうやっても一人で学校に通学するというのはさせて貰いそうにないのであきらめることにした。
ま、少し噂になろうが平穏な学校生活を送れるだろ、気にするな俺よ。
むしろ、横にいるのは紛れもない美少女の凛。そんな凛と一緒に登校すれば話題性抜群でみんなから俺に話しかけてくれるかもしれないし。
それから電車に乗り高校がある駅まで移動をする。時間帯的に電車は混んでいるし口を開こうものならば他の乗客に迷惑がかかるし悪目立ちもする。
ゆえに駅を降りるまで会話もなくただ横に居合わせただけに見えたのだが、電車を降りれば話は別だ。
改札口を出るとあたりの人口密度は減り、当然のように口を閉じていた高校へ向かう学生のグループが口を開き会話を始める。
「やっぱり、朝の電車は混んでるね。光史」
とまあ、凛も当然のように口を開く。
「そうだな」
「ねえ、なんでちょっと距離を開けてるの?」
「そうか、普通だと思うが」
光史が歩いているのは凛の横なのだが、約1メートルくらい離れており、別に登校をしている学生にも見える距離だ。
「へえ、そう。そんなに私と一緒に歩くのが嫌なの?」
一緒に登校して悪目立ちするのを妙に諦めきれなくて最後の抵抗として少し離れた位置を歩いてみたのだが……。
割と凛の声がさみしそうなのが心に来る。
まあ、俺も凛に変にさけられたら嫌な気持ちになるし、ここは……。
「はあ、わかったよわかった。これでいいだろ?」
というわけで、少しだけ距離を詰めるのであった。
「う、うん」
俺と凛の距離は物理的に近くなる。
はあ……恋愛関係もこう簡単なら良いのにな。