不健康な幼馴染
「いや、凛が隣の部屋って本当なのか?」
ショッピングモールから駅に向かう途中、やはりお隣が幼馴染の凛だという事が信じられずに聞き返していた。
というか、良いのかよ……俺たちの親は。年頃の女の子と男の子をお隣同士に住まわすとかさ。ほら、恋に発展したらものすごく爛れた生活になるじゃん。
万が一にしても、そんなことはないだろうけどさ……。
「うん、そうだよ。サプライズとして黙ってたんだー」
「はあ、やっぱり親たちは知ってるのか?」
「まあ、知ってるよ。そりゃあね」
だろうな。むしろ知らずしてお隣同士にしたのならものすごい確率だ。
ていうか、本当に年頃の幼馴染をお隣同士にするっておかしいだろ……。
「さてと、じゃあ帰る前にスーパーによるけど……凛、付いて来るか?」
引っ越してきたばかりとは言え、周辺に関する情報は割と集めている。知ってるか? 今ってスーパーのチラシもスマホとかパソコンで見れるんだぞ? 本当に便利になったもんだ。
「うん、行く」
こうして凛と俺はスーパーへと向かう事となる。
その際に凛と話しながら歩いていると、このような話題が振られた。
「そうだ。明日の放課後部室に来てね。エリーちゃんと一緒にね」
エリーって坂井衣里の事だよな? なんでこうも親し気に呼ぶんだろうな。こう見えて凛は人見知りというわけではないが人に対する礼儀をきちんとしているから○○さんとか○○くんとかって呼ぶのに。
「エリーってそんなに親しみを込めたような呼称を言うなんてお前にしては珍しいな。まあ、写真部には入るかはまだ決めてないから行くつもりはないって言いたいけど。無理やりにでも連れて行くつもりなんだろ?」
「よくわかってるじゃん。そうだよ、光史が来なかったらこっちから行くから。ちなみに私は学園のマドンナって呼ばれてるからすっごく噂になると思う。ふっ、それが嫌だったらきちんと来るんだよ、光史」
したり顔で言ってくる。
中学の時はこうやって言われるとうざいとか思ってたけど、ますます可愛さに磨きがかかってきた凛のしたり顔はムカつくどころかすごくドキッとする。
「わかったよ。行くから、本当にそれだけは辞めてください」
マジで、学園のマドンナと呼ばれるほど人気な凛が訪れて来たら、高校生活が破綻しかねないし行くしかない。
というか、本当は凛が居なければ真っ先に写真部に行ってただろうってくらいには興味はあるかなら実際のところ。
「というか、なんで写真好きなのに写真部に入ろうと思わないの?」
「凛がいるから入りたくない。彼女の一つや二つ欲しいし、凛とこういった風に幼馴染特有の交流を見られたら女子が近づいてきてくれなさそうだからだ。俺だって、普通にモテたいんだよ。悪いか?」
相手が幼馴染、もしくは仲の良い友人でなければ言わないような内心をぶちまける。
というか、女の子の幼馴染相手にもてたいとか言ったら普通はフラグが建つもんだけど……。
でも、凛だ。期待してもムダ。からかわれておしまいだり
「へー、そうなんだ。じゃ、じゃあさ、私が彼女ってのは?」
上目遣いでちらりとこちらの目を見て俺に言った凛。
……辞めろ、そんな目で見るんじゃない。本気になっちゃうだろ?
「え? おいおい、冗談はやめろって。からかって弱みを握ろうたってそうは行かないからな」
凛と付き合えればって何度思った事か……。
でも、幼馴染特有のからかいに本気になれば俺が恥をかくに決まってる。
「……うん、分かってるじゃん。はー、本気にしちゃったらどうしようかと焦っちゃたよー」
妙に煮え切らない様子の凛。
やはり、俺がからかいという罠に引っかからなかったのが腑に落ちないのだろう。
っふ、甘いな凛。俺はもうただからかわれるだけの男じゃないんでな。
「さてと、ところで凛。スーパーについて来るってことは当然たかりに来るのか?」
凛のからかいを颯爽と躱した俺は新たな話題を振る。
我が家のご飯は基本的に同じメニューばかり、そんなメニューに飽きた俺は自分の手で料理を作り始めた結果。
写真という趣味とは別に料理という趣味を持っている。このポイントを上手く生かして女の子からモテたいものだ。
で、凛の家も同じようなメニューばっかりというわけで、俺がちょっとこじゃれた料理を作り始めたら、毎回のように奪いに来ていたというわけで……。
となると、お隣さんでなお一人暮らしの俺の部屋に同じようにたかりに来るんだろうなと思って敢えて聞いたというわけだ。
「え? 何。食べさせてくれないの?」
しかし、当の本人はすでに食べるつもりであったらしい。
侮っていた……俺の幼馴染が凄くがめついのをすっかり忘れてた。聞いた俺がバカだったな。
「あのなあ。さも当然に俺の作る料理を食べるつもりっぽいから言わせて貰うが。なぜ、俺はお前のご飯を作らなければいけないんだ?」
「そりゃ、幼馴染だから?」
「理由になってないぞ。そうだな、仮に俺が作る料理を食べるのならギブアンドテイクだ。俺に何らかの利益をもたらすんだな」
当然のようにたかりに来た凛にはたかられるばかり、それを続けたくないがためにギブアンドテイクを持ち出した。
その提案に対して凛はというと少し頭を悩ませた後にこう提案してくる。
「勉強を教えてあげる。ほら、私って頭いいじゃん。それでどう?」
確かに凛は頭も良くて教えるのもうまい。
割と理にかなったギブアンドテイクなのだが、
「っふ、残念だな。それは無理だ」
「なんでよ。光史はそんなに頭良くないじゃん。それこそ、今日から通い始めた学校に受かるので精一杯だったんじゃないの?」
「まあ、あれだ。なんか、勉強したら出来るようになった。どうやら、俺に足りてないのは勉強する時間で決して勉強できないわけじゃなかったらしい」
「へー、そこまで自信たっぷりなら聞かせて。どのくらい頭が良くなったの?」
「なんか、入試でトップだったらしい。まあ、あれだ。学年主席? ってやつ」
受かるかどうか心配過ぎて勉強しすぎたからな……。
そりゃ、毎日地獄のような勉強時間だったから主席だったわけで実を言うとそこまで地の頭が良くなったわけじゃない。
だがしかし、凛に勉強を教えて貰うほど切羽詰まるような感じではないのだ。
「凄いじゃん。でも、それって受かるかどうか心配で勉強しすぎた結果でしょ?」
幼馴染にはお見通しなようだ。
こいつはエスパーなのか? いや、幼馴染特有の勘は侮れないしばれて当然かもな。
「……まあ、そうだな。でも、凛に教えて貰うほどではなくなったのは事実だ。だから、飯を食べたければ何か他の事を」
「まあ、良いじゃん。ギブアンドテイク? なんて。ほら、私達って幼馴染だし。ご飯くらい作ってよ。ちゃんと食材のお金は出すからさ」
「いや、まあお金をくれるなら良いけど。それでも、手間が掛かるわけで、もう少し何かをだなって言いたいわけで……」
「はあ、分かったよ。私は今日もファムマのお弁当を一人寂しく食べれば良いんでしょ? あー、味気ない食事。今日もあのお弁当かー」
顔をわざとらしく落としてそう言ってきた凛。
というか、凛は一人暮らしはもう一年くらいになるけど、普段の食生活はどうしてたんだろうな。
「で、そんなわざとらしい演技中に悪いんだが。凛は普段の食生活はどうしてるんだ? お前が料理をできないのは分かってるし」
「え? 普通に今言った通り、お弁当とかカップ麺だよ?」
さらっと落ち込んだ演技を辞めた凛は当然そうにそう言ってきた。
「はあ……不健康な食事だな。分かったよ。作ってやるよ、お前のも」
「何、その変わりよう。ちょっとキモイんだけど……」
「おい、作るのを辞めるぞ? あれだ。お前の食生活が悲惨だからな。俺が作るとすれば、一人分も二人分もあんまり変わらない。だったら、幼馴染の健康のために作ってやろうっていう慈悲の心だ」
幼馴染が悲惨な食生活で不健康になって行くのはあまりいい気分じゃない。
だったら、仕方がないので作ってやろうってわけだ。
「へー、じゃあ先にお礼をありがとね光史。本当にそんな優しいと惚れちゃうかも……さ、行こ光史!」
とびっきりの笑みでお礼を言ってきた凛に引っ張られて行く。
こうして引っ張られるのは悪くないな……。
本当に惚れちゃいそうなんですけど……。