第二話
夜の帳が、世界を包む。
一際大きな樹木と荘厳な城。その側にある湖の畔、一つポツンと灯りがあった。
パチパチと薪の爆ぜる音。
切り株に腰を下ろすのは、今朝熊を斬り殺した武者の姿がある。
武者の名前は闘牙。ただ、本当の自分自身の記憶が無い。
熊の肉に串を通して、炙りながら考える。
『本当の自分の名が思い出せない‥。』
少し時間を戻そう。
時は五日前。
闘牙の記憶が確かであれば、病に侵され、多くの人々に囲まれながら、病院のベッドで永眠についた。
もう、自分の名前も元の顔も思い出せないが、確かに闘牙は一度死んだ記憶がある。
自身を囲んでいる者の顔には靄がかかり、関係性もさっぱり記憶から抜け落ちてはいるが、恐らく身内に見守られて天寿を全うした筈であった。
その後のことも覚えている。
暗い水の中を漂っている様な感覚。
どれほどそうして居たか分からないが、ふっと現れた巨大な光に吸い寄せられて、気がつけば男は闘牙となって居たのだ。
記憶にある自分は皺くちゃで、もう齢も、詳しくは分からないが、六十は超えて居たであろう自分の体が、まるで若かりし頃の様に太くたくましい四肢。
シワの少ない顔。
生命力にあふれているのが直ぐに理解できた。
自分の本物の名前の記憶は無い。
ただ、自分が誰になっているのかは理解が出来ている。
闘牙として新たに始動した場所は城の本城。
既視感の有る豪華な和風の家具と武具。
鏡台を覗くと、はっきりと思い出せた。
男がまだ若かった時分。VRMMO初期の作品で、【王の野望】という、和風VRMMOが発売されたのだ。
自分の拠点を進化させる。
魔獣と戦い、良い装備を作り、レベルを上げる。
プレイヤー同士の対戦。捉えた魔獣同士の賭け試合。
分たれた勢力による戦争。
レアなアイテムを集めに鉱山火山海底森林洞窟様々な困難に立ち向かう。
当初、VRMMOのゲーム数が少ない中で、リアリティと自由度の高い【王の野望】は、それなりの人気を誇り、男も若い時分から、記憶が正しければ十五年は、やって居た。
七年目あたりからは、遊戯人口は極端に落ちこみ、イベントの数も少なくなり、人気は新しいVRMMOに持っていかれたが、男はこのゲームがサービス停止まで課金をして遊び尽くした一人である。
その【王の野望】で作成していた男のキャラ、闘牙に男はなっていた。