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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

消えたんじゃない!

作者: 綾瀬紗葵

 夏のホラー企画参加作品。

 今年は短編として合計7作品上げました。

 こちらは7作品目。最後の作品です。

 ずうずうしい思考の女性がでてきます。

 いらっとさせられる可能性が高いです。

 お読みの際は自己責任にて宜しくお願い致します。

 また、タグを見て苦手意識を感じた方は読まない方向でお願い致します。



 その日、私は呼び出された。

 待ち合わせのファミレスには初めて行く。

 と言うか、ファミレスそのものに行ったことがなかったので、ファミレスデビューだ。

 フリードリンクシステムを、干支が一回りどころか三回りは違いそうな若くて可愛い女の子に丁寧に教えて貰い、緑茶のティーパックでお茶を入れる。

 普段飲んでいる緑茶とは比べものにならない粗末な味だったが、値段を考えれば妥当なのだろう。


 これならいっそ日常的に飲まないものにした方が良いのかもしれないと考えて、カフェオレを淹れようと、再びドリンクコーナーへ足を運ぶ。

 機械の使い方が解らなくて困っていたら、顔中にピアスをした派手な衣装の男の子が、何飲みたいんだよ、ばーちゃん、と聞いて、機械操作を教えながら淹れてくれた。


 熱いから気をつけろよ。

 口にあわなかったら無理しねーで残せよ。

 もったいねーとか、言ってんじゃねぇぞ。


 なんて事細かい助言を、ぶっきらぼうではあるが優しい音調でくれた。

 人は外見で判断しちゃいけないわね、と胸の内で頷きつつ、お礼をして席へ戻る。


 約束をした彼女は、1時間遅刻して現れた。

 裏野ドリームランドで仕事をしていた時から遅刻癖のあった子だったので、腹は立たない。

 ただ、あれから何年も経っているのに、これっぽっちも成長していないんだな、と呆れはした。


 そっとテーブルに置いたカフェオレを奪われて飲まれる。

 あっち! と大きな声で叫んで、周囲の注目を集めた後で、口を尖らせた。


「ばーちゃん。熱い!」


「……遅刻してきた人が、最初に言う台詞なの?」


「やけどしたかもしんない」


「人がせっかく持ってきた飲み物を、何の断りもなく奪って飲んだんだから、自業自得じゃないの?」


「いたいんだけど……」


「水でも持ってらっしゃい!」


「お金……」


「私は私の分しか払いません!」


 周囲がぽかーんとした表情で見守っている。

 先程の派手な男の子が席から腰を上げるのが見えた。


「……ばーちゃん。かわんないね」


 私の態度に安堵したような溜息を吐く。

 派手な男の子に、大丈夫よー! と口パクと笑顔を送ってから、そのままの笑顔で返した。


「貴女もね。それから私は、貴女の祖母ではなくてよ?」


「お久しぶりです、松本さん。遅刻してすみませんでした。そのカフェオレは私が飲みます。新しいのも持ってきますが……同じのでいい?」


「ええ、いいわ。ちゃんと氷水も持ってくるのよ」


「うん」


 周囲にもお騒がせしました、と頭を下げる。

 男の子は腰を下ろし、固まっていたウェイトレスも行動を再開した。


「……しかし、何年ぶりかしら。突然驚いたのよ、井上さん」


「へへへ。驚かしちゃってごめんね? でも松本さんなら、来てくれると思ったんだぁ」


 色々と問題が多かった松本は、どうやらおばあちゃん子だったらしく、裏野ドリームランドで勤めている時も、同年代の人達とではなく私と行動する事を好んだ。

 年齢を重ねているというだけで、きちんとした敬意を払ってくれる子達からは、失礼ですが松本さんは井上の盾にされているだけです。彼女のためにもどうか放逐を! と懇願されたが、これは丁寧に断っておいた。

 ごめんなさい、思うところがあるの……と言えば、ほとんどの子達が奇妙なほどに納得して去って行くのが面白かった。


 私がそれとなく手を回して現場のみならず、上層部の問題児達を片付けているのを知っていたのかもしれない。


「お待たせ! 砂糖とミルクも一応持ってきたよ」


「あら、ありがとう」


 すすすっと啜ったカフェオレの泡は私の口には少し苦い。

 スティックシュガーを1本だけ入れて、スプーンでくるくると掻き混ぜる。

 口触りの良い泡が減るのは寂しかったが、味はまろやかに飲みやすくなったので良しとする。


 井上はミルクを3つ、スティックシュガーを4つ入れてから、ふーふーと掻き混ぜもせずに息を吹きかけている。

 無料だからたくさん使いたいだけで、味はどうでもいいのだ。

 カップの底には溶けきれなかった砂糖とミルクが大量に残るだろう。

 こういった点も、彼女が嫌われる理由の一つだった。


「……松本さんはさー。結局職場に最後まで残ってたんでしょ?」


「ええ、そうね。ドリームランド営業の最終日、打ち上げも三次会まで行ったわ」


「打ち上げには呼んでくれれば良かったのにぃ!」


 問題行動が重なり、次にやったら首にする! と言われていた井上は、次に問題を起こしてから自ら退職した。

 私も一緒に辞めようと随分懇願されたものだ。

 次も一緒の職場に勤めて盾にするつもりだったのだろう。

 就職に有利な資格は数多持っている。

 年齢の割には若く見られる私は、実際次の就職先にも困らなかった。

 井上は、随分と困ったようだったが。


「楽しかっただろうなぁ、打ち上げ」


「そうね、楽しかったわ。思ったよりしんみりもしていなかったのよ」


 顔色が青を通り越して白かったのは、上層部の極々一部。

 下っ端アルバイトにしてみれば、会社が倒産して、自分の非ではなく辞めざる得ないというだけ。

 些少ではあったが慰謝料的なものも出たので、喜んでいる者すらいたくらいだ。


「あーあ! どうして呼んでくれなかったのよ!」


「呼んだら貴女、借金返せっていわれるだけだったと思うわよ」


「借金なんて人聞きの悪い! ただ……ちょっと小銭を借りただけじゃない!」


「塵も積もれば山となる。500円も10回借りれば5000円、100回借りれば5万円よ? 小銭とは言えないわねぇ」


 一番酷かったのは、井上の可愛さに惚れ込んで都合良く貢がされた男性だろう。

 自業自得なんですけどねーと、苦笑していたが、貢いだ金額は100万円を超えるらしい。

 婚約の約束もあったので、詐欺扱いにもできただろうに、男性はしなかった。


 俺が馬鹿だったんで戒めに。

 あとはそーですね。

 ぶっちゃけ彼女とは関わりたくないんですよ。

 これ以上女ってものを嫌いになりたくないんです。

 

 私との会話を聞いていたらしい何人かの女性に告白された男性は、中でも勤務態度が真面目でどちらかというと男性を苦手としていた女性を選び、付き合い、結婚して、三人もの子宝に恵まれたと、その都度報告された。

 すっぱり縁を切って正解だったのだろう。


 何故か私がキューピッド扱いになっており、身内だけの結婚式にも呼ばれ、今でも律儀に季節の贈り物まで届いている。

 

「小銭だもん! 今抱えている借金と比べたら、小銭!」


「お金の無心なら、無駄よ?」


「うん。それは、解ってる。ちゃんとフリードリンクの代金だけは持ってきた」


 最後に別れた時に比べ不健康すぎる痩せ方をしている井上を見れば、大半の人は多少なりとも彼女に同情し、お人好しであれば何かを食べるように勧めもするだろう。

 

 でも、私はお人好しではなかった。

 当時も思うところがあって、多少のフォローしていただけに過ぎない。


「私もフリードリンクの代金しか持ってきていないわ。だって普通、呼び出した方が奢るものだものね?」


「……普通は年上の人が奢るじゃない」


「関係が良好であれば、ね。でも私達の仲はいびつだったでしょう? 私が貴女のこと大好きだとか、まさか、思っていないわよねぇ?」


「嫌い、だったの!」


 可愛らしい大きな目で何度も瞬きしている。

 目にはうっすら涙すら浮かんでいた。

 男性辺りならまぁ、有効な表情だろうだけど。

 女性にはむしろ反感を買うだけの反応だと、解っていないのなら、本気で頭おかしいという奴だ。


「好きになる要素、一つもないわよね?」


 顔全体を真っ赤にして口をぱくぱくしている。

そこまで驚くことでもなかろうに。

 それともここまでストレートに拒絶された経験がないのか。

 

「で? 借金の話なら、私役には立たないわよ。せいぜい弁護士を紹介するくらいね。あくまでも私の紹介ってだけであって、割引はきかないし、貴女の思うとおりにならなかったからといって、責任を取るとかはできないけれど」


「松本さん、冷たくなったね……」


「貴女は変わらないわね。自分が変われないからって、人までそうだと、思い込まない方が良いと思うわ。今更言っても無駄だと思うけど」


 何時の間にか飲み物がなくなっていたので、新しい物を取りに行く。

 最近目が疲れるので、ブルーベリーティーが良いだろう。

 井上が、残っていたカフェオレを一息に飲み干して、私のも! と言い出す前に、素早く移動する。

 ことさらゆっくりとブルーベリーティーのティーパックを上下させていると、井上が隣に来る気配を感じる。


「お先に!」


 同じ物を作って! と言われる前に席に戻った。

 フルーツティーなら砂糖もいらない。


 想像よりはしっかりとブルーベリーの香りがした。

 これなら、ベリー系のフレーバーティーを試すのも良さそうだ。


「借金は! 私のせいじゃないの! あいつの、せいなのよっ!」


 井上の飲み物はココア。

 スティックシュガーはまだしも、ミルクを入れるのはどうなのだろう?

 先程と同じ量を入れて、掻き混ぜずに口に含んだ後で吐き出すように言われる。

 相変わらず全く脈絡のない話の切り出し方だ。

 相手が自分の言いたいことを解っているのを前提として、話をするのだから失笑するしかない。

 

「でも、借金の名義は貴女なのでしょう? だとしたら経緯はどうであれ、貴女の借金よ。支払い義務は貴女にあるわ」


「そんなことないもの! あいつは! 自分で払うって言ったわ! 実際ちゃんと払っていたもの!」


「でも、今は払っていないんでしょう?」


「消えたんじゃない!」


「……行方不明って、ことかしら?」


 自分の感情のままに言葉を選ぶので、解釈には多少の時間がかかる。

 面倒だが、仕方ない。

 

「そうよ! 突然消えたの! いなくなったの! 行方不明になったの! 松本さん、どこにいるか知ってるでしょ!」


「何で私が知っていると思ったの?」


「私知っているのよ! ドリームランドにいる問題起こした人は、皆、松本さんが消したって!」


 声が大きいので、周囲がざわついている。

 しかし、声は全て私を心配するものだった。

 井上を支持する者が一人もいないのだから、彼女の言動がどこまで一般常識から逸脱しているのかが解るだろう。


「上部の方々に問われて、私の知る情報を提示しただけよ。退社を促したのは上部の人だし、退職したのは本人の意思でしかないわ……そもそも、あいつって、どなた?」


「林 飛悟ひゅーごよ!」


「あー入って三日で、お客さん蹴り飛ばして退職した子ねぇ」


 一日目、接客係につけたら、言葉遣いが悪すぎてクレーム三昧。

 二日目、遊具確認補助につけたら、こうしたら面白くなるぞ! と安全装置を外して弁償問題に発展。

 一緒についていた担当が気がつかなかったら、大惨事になったかもしれない。

 三日目、掃除係につけたら、掃除の邪魔だと小さいお子さんを蹴り飛ばして、痕が残らなかったとはいえ、怪我をさせてしまった。

 

 親が出てきて金銭で解決していたが、その時既にかなり持て余している様子だった。

 資産家だったので、親族が手を回したのではないかと、普通なら考えつきそうだ。

 名前の読み方がよく解らない子というのが最初の印象で、その後も短期間にやらかしてくれたので、ほとんど関わりがなかったがしっかり記憶には残っている。


「ひゅーごは、あんたに辞めさせられたんだって、言ってたわよ!」


「彼が辞めさせられた日、何時まで経っても帰宅しないから、『お疲れ様でした、林君。さぁ、皆さん仕事に戻りましょう』って、言っただけよ。私が彼に向かって話をしたのはそれっきり」


「あ! あんたが、そう言わなかったら、誰かが彼を引き留めてくれたって!」


「自分のミスを他人に全て押しつけるような問題行動の多い人物を、引き留めたいと思う人はいなかったでしょうね。それに、林君。それでも帰宅しなくて、結局どなたかがご家族に連絡して、連れ帰って貰ったのよ。大体! ドリームランドが廃園してから、何年経っていると思っているのかしら? 妄想は一人でしてちょうだい」


「でもっ! でもっ!」


 井上は私に全ての問題を押しつける気だったらしいが、それは無謀過ぎる。

 それだけ私を下に見ており、もう何年も会っていない私ぐらいしか押しつける相手もいなくなってしまったのだろうと、簡単に想像もつくというものだ。


「林君のご実家は資産家だったわ。何かをされたというのなら、そちらを疑った方が宜しいと思うの」


「家族を疑うなんて!」


「あら。殺人事件が起きた時、まず疑われるのは身内らしいわよ。次に疑われるのは恋人、同棲相手、同居人ね。警察やその他の組織が動いているのなら、貴女、こんな所で昔職場が一緒だっただけの相手に妄想を垂れ流している時間なんて、ないのではなくて?」


「私は! 何も! 悪くないのにっ!」


「林君が、消えたのではなくて、消されたのだとしたら? 貴女が言うように、誰かに、消されたのだとしたらねぇ? 次は、誰かしら?」


「消えたんじゃない? 消され、た? ひ! ひぃいいいいいいいい!」


 井上は物凄い勢いで椅子から転がり落ちて、店を出て行こうとする。

 会計の所で止められて、私が払うはずと説明し、それは有り得ないと断られ、渋々小銭を叩き付けて出て行った。

 彼女の頭からは私の事などすっかり消え失せてしまっただろう。


 会計所で、私やってやりましたよ! と、満面の笑みを向けてくれたウエイトレスには深々と頭を下げておく。

 ピアス少年を含め、心配そうにこちらの様子を伺っていた人々にも同じように頭を下げた。


 ストロベリーティーを飲もうか迷い、井上が飲んでいたココアを淹れた。

 そのままでも十分に甘く、濃厚な味に、案外と井上は味覚障害を持っていたのかもしれないと、ぼんやり考えたりもする。


「しかし、変わる人は変わるのに、変わらない人は変わらないのねぇ」


 ココアを啜りながら溜息と共に小さく愚痴を零す。



 裏野ドリームランドは、江戸時代に処刑場と呼ばれている場所だった。

 大きな処刑場ではなく、おおっぴらに処刑できない人物を処刑してきた隠された処刑場なので、関係者以外は知られていない。

 私は処刑人の末裔の一人。

 そんな血筋のせいかは解らないが、幼い頃から罪人を引き寄せる性質を持っている。

 

 裏野ドリームランドはそれなりに大きく、それなりに宣伝が上手かったので、それなり以上の人が集まってきた。

 人が多く集まれば当然、悪い人も良い人も多く集まってくる。


 恨みの血を吸った大地は静かに呪われていたのかもしれない。

 その癖、罪人を断罪するという強い意思を持ち続けているのかもしれない。

 園内で片付けた事故の他に、表沙汰にもなった事件も多かった。

 全て、悪人として淘汰された結果だ。

 続く事故を不審に思い、上層部の一部が死んだ人間の評判をとことん調べて解った時は、喝采をあげた人物すらいた。


 しかし、悪人が全て解りやすいわけでもない。

 世間からは良い人と思われている人も少なくなかった。

 乳児や幼児に至っては、私ですらどこが悪人なのだろうと、頭を悩ませたものだ。

 故に、人が死にすぎる遊園地として悪評が広がり、経営陣は廃園を決めた。

 廃園になったところで、断罪機能が失われはしないだろうという私の意見も重要視されたようだ。


 現在廃墟と化している遊園地には、以前より格段に減ったものの、確実に人は訪れている。

 廃墟マニア辺りならさして害もないのだが、不法投棄や殺人をするために入る人も一定数いた。

 林も井上も、何かしらの犯罪行為を、廃園後も犯し続けたのだろう。

 何かしらの判断基準を超えた場合に、断罪がなされていた。

 

 呪いから逃れるすべはない。


 ぶぶぶぶぶっと、携帯電話が振動する。

 メールが届いていたようだ。


『林飛悟死亡。死因・心臓麻痺。発見場所・旧裏野ドリームランド、ジェットコースター整備室。その死に顔には、凄まじい恐怖が刻まれていた模様』


「安全装置を外した状態でジェットコースターに乗ったらどうなるか、体感でもさせられたのかしらね?」


 私は届いたメールを素早く削除して、ココアを飲み干すと席を立った。

 心配してくれた方々に会釈をしながら、会計をすませる。


「彼女の訃報メールは、三日後くらいかしら……」


 私と接触をした罪人の破滅は、基本的に早い。


「個人的には、正気のまま隔離されて、餓死辺りが妥当だと思うけれど……」


 決めるのは私ではない。

 裏野ドリームランドが廃墟としてある、あの場所の意思だ。

 なんとか、7話書き上げました。

 色々なタイプの話が書いてみたかったのです。

 連載に追われているので、短編は良い気分転換でした。

 7話は多かったですけども……。


 ハイスペック老女は、交友範囲が広い独り身。

 もっとネタを練り込んで、連載するのも面白いかなぁと思ったりもしました。


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