森の小屋
一度書いたのを消してしまった……orz
お母さんに見送られての出発から五時間が過ぎた。あと一時間もすれば辺りは暗くなり始めると思う。
ここまでの行程は順調で、20キロメートルくらいは踏破した感じ。道中の警戒は訓練って事であたしの担当だったんだけど、やっぱり慣れてないからちょくちょく接近を許してしまってるんだよねぇ。おかげでこれでもかなり遅い方。一応、お父さんも警戒はしてくれてたから、致命的な奇襲までには至ってないのが救い?
村を出てすぐはまだ木も管理されてて視界をそんなに遮らないけど二時間も進めば藪が多くなってきて、子供のあたしだと全く見渡せなくなったのには辟易したね。接近を許したのは殆どがこういう藪から。だけど、お父さんは……。
「こういう視界が通らない所では、音や気配に気を配るんだよ。臭いなんかもそう」
とか言いつつ、無造作に藪に手を突っ込んで大きな藪蛇を引っ張り出した。捕まれた藪蛇は抵抗してお父さんの腕に巻き付こうとしてたけど、いつの間にか抜き取られていたあたしの短剣ですっぱりと頚を落とされてた。……気付かなかった。
お父さんが強いのは分かってるつもりだったけど、それは一部分だったみたい。
訓練中はいつもは力業で捩じ伏せる感じばかりだったからそれがお父さんのスタイルだと思ってた。けどそれは、あたしが子供だったからそう感じてただけに過ぎなかったんだ。だって、あたしが自分の短剣に気付いた時にはもう、短剣はあたしの腰に戻ってたんだから。
「はぅあ~……お父さんってパワーファイターじゃなかったんだね」
早業で腰に戻された自分の短剣を見詰めながら呟いた。
「そうだね、お父さんくらいだとパワーファイターって名乗るには力不足かな」
あたしの呟きに応えながら、お父さんは藪蛇の皮を手早く剥いでいく。
こういう動物や魔物の皮も大事な交易品みたい。皮を剥ぎ取った藪蛇は木の枝に吊るされ、皮の方の処理を先に済ませるお父さん。一通り処理を終わらせたらそれを丸太に巻き付けて、更にその上から大きな葉っぱで包み込む。本格的な処理は村に帰ってからにするみたい。
詳しくは知らないけど、皮がカビたり腐ったりしないようにするために必要な、鞣しという作業の簡易処理なんだって。
わずか五分で作業は終了。
続いて蛇肉の処理。
あたしが掘った穴に枯れ枝や枯れ葉を敷き詰めて土手を作り、その中に藪蛇の骨や内臓を置いて、更に枯れ葉等を被せてからお父さんが種火の魔法で火を着ける。こうして処理しておかないとアンデッド化する恐れがあるんだって。その火でついでに蛇肉を焼く。
開いた蛇肉の両端にナイフで切れ目を入れ、細い木の枝の皮を剥いで作った串に刺して、火を囲むようにぐるりとドーム型に配置する。頂点と底辺には隙間があるから火が消える事もないし枯れ木をくべる事も出来る。
途中で表裏を反して丁寧に素焼きしていく事二十分。良い感じの蛇肉の素焼きが出来上がった。適当な大きさにぶつ切りにして、岩塩とハーブを掛けてから大きな葉っぱで包んだ。それを革袋に入れて口をキツく縛れば、あとは勝手に調理が進む。明日の朝には良い感じの味付けになるんじゃないかな。
骨と内臓もきちんと処出来たみたいで、木の枝で突付くとホロホロと骨が崩れ落ちるのを確認して土を掛けて処理を終わる。
そろそろ日が暮れ始める頃だけど、ここで野営をするのが危ない事はあたしでも知っている。日が完全に暮れるまで時間もないのですぐに出発する。
二時間程歩いたら森の中の広場に着いた。もう日は山の向こうに沈んでしまっていて結構暗いけど、よく見ると広場の片隅には小屋が建っているのが分かる。今夜はここで夜を明かす事になるみたい。
お父さんが小屋の中を検める。特に問題はなかったみたい。
小屋の中は意外に広いけど、中央のテーブルと椅子代わりの丸太、それに壁に暖炉がある以外には何もない殺風景な部屋がひとつあるだけ。生活感が全く感じられない。
「お父さん、ここは?」
「ここはマリドー達のような行商人が寝泊まりしたり、村のみんなが見廻りや狩りの時の休憩に使う小屋だよ」
「へー。」
「トイレはないから、暖炉に火を入れたら済ませに行こうね」
「はーい」
お父さんが樹の皮と薪を組み、魔法を使って火を着ける。
《火よ、灯せ》
お父さんの掌が淡く赤く光り、そこから魔力が樹の皮まで伸びると、ボッと音をたてて樹の皮に火が灯る。それが薪に移り、熱と光が小屋を満たす。
お父さんの魔法はお母さんが教えてくれる魔法とは違うように思うんだよね。
まず、詠唱がある時点で違うんだけど、発動までの魔力の動きが違う。お母さんの教えてくれる魔法は、周囲にある魔力が動いて魔法が発動しようとする。そしてある一定のラインを超えたら魔法になるんだよね。なのにお父さんの魔法は、どこからともなく魔力が現れてお父さんの掌に集まり、そこから魔力の一部が発動地点まで移動してそのまま魔法になる。うん、明らかに違うよねぇ。でも同じような魔法の効果を発揮出来ている。不思議。
「お父さんの魔法って不思議……」
思わず漏れたあたしの呟きに、お父さんがピクリと小さく反応した。
「……どういう事かな?」
「んとね、お母さんが使う魔法とは発動するまでの魔力の動きが全然違うの。だからお母さんが書いてくれた超初級魔術書には載ってないような魔法ばかりで不思議だなぁって」
「なるほど……」
お父さんは神妙な顔で考え込んだ。そして息をひとつ吐いた。
「……確かに、お父さんが使っている魔法はお母さんが使っている魔法とは全然違うものだよ。お母さんが使っている魔法は『純魔法』とか『正魔法』とか言われるもので、お父さんが使っている魔法は『精霊魔法』って呼ばれてるものだよ。……もっとも、この世界で『精霊魔法』を使うのはお父さんだけだろうけどね」
「どうしてお父さんだけなの?」
当然の疑問を口にする。だって、存在する魔法なら他にも使い手が居てもおかしくないもんね。
そしたらお父さんはこんな事を言い出した。
「これから話す事はお父さんとリューオだけの秘密だよ? 誰にも言っちゃダメだからね?」
「秘密……ん、分かった!」
お父さんとあたしだけの秘密という言葉に極上の笑顔|(自分比)で応えると、お父さんも笑顔になって話始めた。
お父さんが言うには、お父さんは別の世界からの転生者で、元の世界ではエルフ種と似たような種族(ジュマという種族らしい……聞いた事ない種族名だった)だったんだって。その世界では『精霊』っていう神様みたいな存在が居て、その力を借りて魔法を使う事が出来たんだって。
ある日、ジュマの狩人数人で狩りをしていたら、大きな銀色の立派な角を持った大きな鹿に出会い、そのあまりの神々しさに見惚れていたら背後から仲間の狩人に殺されてしまったんだって。なんでもその狩人は族長の娘と付き合っていて、出発前に族長が「娘と結婚したかったら事故に見せ掛けてあいつを殺せ!」と命じていたみたい。
その頃のお父さんは族長に意見出来る長老衆の一人になったばかりで、周囲の人族と無駄に争おうとする族長に反対していて、むしろ交流を盛んに行おうと根回しをしていたんだって。それが族長には気に入らなくて殺されてしまったんだって。
その後、お父さんを殺してしまった狩人が殺人を悔やみながら自殺したり、族長が周囲の人族の村々に宣戦布告して逆に滅ばされたりしたのを大きな銀色角鹿に見せられたんだって。そうして永遠の眠りについたはずが、気が付いたらミハイア族の性分化の儀式が終わった直後だったんだって。でも言葉が全く通じなかったから最初の十年くらいはひたすら言葉を学んで、人並み以上に話せるようになってから成人までの間は戦い方を学んだんだって。
でも、魔法に関してはさっぱりだったんだって。何しろ魔力の使い方が全く違っていて、周囲の魔力を動かすやり方に馴染めなくて、かつて使っていた精霊魔法を試しに使ってみたんだけど使えなくて途方に暮れていたんだって。
そしたらある日、夢の中にあの銀色角鹿が出て来て「あの世界に行って精霊の在り方を教えてもらってきたから、あと三十年待てば使えるようになる」と言ったんだって。それから三十年、夢のお告げの通りに精霊魔法は使えるようになったんだって。
「つまり、精霊魔法はまだお父さんしか使い手が居ない可能性が高いんだ。今から二百三十年前まではなかったんだからね。その後も使い手は見当たらなかったし、二十年前に大暴れした『勇者』達にも使い手は居なかったみたいだから、多分居ないんだと思うよ? お父さんも誰にも教えなかったし」
お父さんの話を聞きながら、あたしは思った。もしかしたら……精霊魔法なら……。
「お父さん、精霊魔法をあたしに教えてくれない?」
お父さんの顔を見上げて言った。真剣な目でお父さんも見詰め返してくれた。
「……そう、だね。リューオが魔法を使えないのは、お父さんのせいかも知れないし、もしかしたら精霊魔法を使えるかも知れないね。元の世界でも、精霊魔法は使える血筋が決まってたし、他の魔法は使えなかったしね」
「本当!?」
「勿論」
「やったー!」
あたしは嬉しくなってお父さんに抱き付いた。
お父さんの手が優しく頭を撫でてくれた。
「でも、お父さんとリューオの二人だけの秘密だからね?」
「ん、分かってる。秘密は女を美しくするって言うしね」
あたしの言葉にお父さんが首を傾げる。
「リューオは女の子になるって決めてるのかい? それに、そんな言葉、誰から聞いたんだい?」
お父さんに指摘されて初めて気付いた。そういえば、あたしは自然と女性になるはずと思ってる。それに、誰がそんな言葉を言っていたかも思い出せない。
んー……と考え込むと、お父さんが心配そうに顔を覗き込んできた。
「大丈夫かい? 思い出せないんなら無理に思い出さなくても良いんだよ?」
優しく諭すような声。大好きなお父さんの声。大好きなお父さん? お父さんとは口げんかばかりしてたような……? お葬式? 愛され――――――
遠くでお父さんが呼んでるような気がした。だけど、あたしは意識を手放す事しか出来なかった。




