闇の中の薄明
ラシェルが男とライザの無駄な御託を終わらせると男はライザ達に向き合ったまま下がっていく。
「急かすねぇ…それじゃ、お楽しみといきましょうか!」
男が立ち止まると立ち上る闇で限りがなくなった天井に向かって手を伸ばすのを見てライザ達は身構えたが、それでは遅かった。
「グニルツ ノゥド オット エート レー!」
「グッ…!?」
「ウッ…!?」
「クゥッ…!?」
男が詠唱するとライザ達の視界が大きく揺らぎ、体が地に引っ張られるように床へと叩きつけられ、何かで押し潰されるように筋肉が締め付けられ、骨が軋む。
「…ッ…クソ…!」
「マ…マズイよぉ…」
ライザ達は床に這いつくばり立ち上がろうとするが体に力が入らない。歯を食いしばっても叫んでも、ただ嫌な汗が流れるだけで動いてはくれなかった。
「まだ俺とやり合うには早かったか…」
「早い…?ハ…ハハ……ッ…私達をなめるなよ…!」
ラシェルは仰向けになりながら傍らに立った男を睨む。
「強がるねぇ…テル メス…」
男はラシェルを見下ろして一度ニヤリと嘲るような笑みを浮かべると、ライザ達に終りの時を告げる旋律を謡い始めた。ライザはその時、頭が真っ白になっていた。成す術もなくただ自分が敵の手に掛かろうとしている状況では自分達を救う術など探していられなかった。
「エヴィグ メス トセトルプ」
終りの旋律がライザ達を黄泉へと導こうとしたその時、柔らかく暖かな光がライザ達の体を包み、立ち上がる力を与えた。
「おっと、邪魔が入ったか。」
男は自分の周りに現れた光に眼を覆うと詠唱を途中で止めた。
「あれ…体が…?」
「動く…!」
メリナとラミエルはお互いに顔を見合わせて立ち上がる。
「リュク、立てるか?」
ラシェルは近くに倒れていたリュクに駆け寄って彼の手を取り起き上がらせる。
「ん…?ソフィアさん?!」
ライザも起き上がって男の視線を辿っていくと魔導書をその手に持つ闇の中にぼんやりと浮かび上がる薄明の女性ソフィアが男に対峙していた。
「レプシド ウォダシュ。」
ソフィアはライザの声には答えずに男を見据えたまま再び詠唱すると、何本もの光の閃光が男を襲うが男は掌を前にかざすと障壁が現れそれら全てを相殺した。
「この遺跡にかかる黒い雲はあなたの仕業ですね?」
ソフィアは魔導書を右手に開いたままで手に持ちながら数歩男に近づいていく。
「アンタ、なかなかやるみたいだな。その通りだ、悪夢へようこそ!…と、言いたいとこだけど、そろそろ潮時だな。また会おうぜ…」
男はソフィアの質問に答えて挑発するようにお辞儀をすると、マントを翻すことで現れた闇に吸い込まれていくと、少しずつ煙が天へと昇っていくようにフエンデルスが本来の輝きを徐々に取り戻し始める。
「リュク、皆さん大丈夫ですか?」
ソフィアはふらっとライザ達に駆け寄っていく。
「せんせ~!」
「リュク、情けない声を出して…」
ソフィアは泣きそうな顔のリュクと苦笑いを浮かべながら目線を合わせる。
「ソフィアさん、どうしてここに…?」
メリナが今でも彼女に絶対絶命の窮地を救われたことを信じられないという顔をする。




