ライザの嗜好
言われてメリナは後ろを歩くライザの表情に視線をやって小首を傾げた。
「鼻の下が…若干伸びてますね?」
「どうせ女のことでも考えてるんだろ?年頃の男の子だからな、ライザは。」
側で聞いていたラシェルが話しに加担してくる。
「ねぇねぇライザ!」
リュクはもう健全な子供なら寝ているであろう月が太陽に代わって高く昇る時間にも関わらず元気な声をライザにかけた。恐らく、周りの子達とは違うことをしているという特別感が彼を眠らせないのだろう。
「ん?」
「内の先生どくしんだからライザにもチャンスあるよ!」
「えっ?ちょ、おまっ…いきなり何言い出すんだよ?!」
ライザの心臓は意表を突いたリュクの直球の情報提供に跳ね上がった。
「あら、リュクは感がいいわね!ライザ、観念しなさい?孤児院にいる間ずっとソフィアを見てたでしょ!」
ラシェルは"犯人はお前だっ!"と言わんばかりにビシッとライザを指差す。
「そうなんですかライザ?」
「意外と年上趣向なんだねライザは、知らなかったよ。」
メリナとラミエルに詰め寄られる。2人は単なる興味を煽られただけにライザも答えずらさを極め、ただただ後ずさる。
「内の先生美人だって街の人達にも評判なんだ!でも、前に旦那さんがいたんだけどずっと前に死んじゃったみたい。」
特に今の状況を本当の意味で理解していないリュクは自分の育ての親のことを自慢する。
「未亡人か、若い男心をくすぐる設定ね。実はちょっと期待しちゃってたんじゃないのぉ?」
ラシェルは出来る限りの意地悪な笑みでライザを肘で小突き回す。それがなんともくすぐったくて仕方がなかった。
「ライザはやっぱり変態さんだったんですね?」
「期待するって何を?」
「えっと、リュクは知らない方がいいかも…」
ラミエルはリュクに言外の意味を誤魔化すように引きつった笑みを見せた。
「そ、そういや…ドルミール遺跡ってもしかしてあれのこと?」
ライザは話題を変えるようにもう眼と鼻の先まで来ていた外壁が蔦に覆われた建物を指差した。ライザの想像していた砂塵が舞う砂漠に挑む者を自らの内に飲み込んでしまうような遺跡とは違い、ひっそりと静かに周りの自然と共に時を刻んでいるというような印象だった。この遺跡自体ちょっとした森の中にあるからということもあるのだろう。
「そうだよ!ただ…」
リュクは自分の役割を果たしているという実感と共に言葉を濁した。もう既にあの黒い陰鬱な雲が月を隠し、ライザ達を再び悪夢に迷い込ませていることにリュクは怯えているのだろうか。
「夢人か?」
リュクは首を横に俯き加減に振り、ラシェルの推察を否定した。
「あの雲ってさ、フエンデルスを治さないと消えないんでしょ?」
「まぁ、そうだね…」
ラミエルは曖昧な返事を返した。その真意は、確かにフエンデルスに原因があることは確かだったが、あの時突如現れた仮面の男がけしかけた怪物を倒しただけで何かフエンデルスを操作したというわけではなかったからだ。
「フエンデルスがあるっていうのは本当だよ?でも、フエンデルスがある部屋には仕掛けがあって入れないんだ…」
先人が遺した遺産というのだから一番大事な部分に触れられないように何かを仕掛けておくのは当然と言えば当然だが、今この急を要する状況からすれば厄介な話しだ。
本当なら燦然と降り注ぐ太陽が遺跡を照らし、見る者を神秘的な気分にさせてくれるはずなのだが、今夜はこの遺跡に入った途端に悪夢が始まるようだ。




