蹂躙の街
「なら、とりあえず今日の宿を探すわよ?まだこの街から距離があるから今日はこの街に留まって明日あの雲の下のフエンデルスを探してみよう。」
ライザ達の中から特に反論は出なかった。なぜなら、先程見た黒い雲はこの街の建物に隠れて見えないくらい遠くにある事から、トラウム達の魔の手が届くまで猶予があると考えられるからだ。
「でも、あの雲があると思うと落ち着かないですね…」
メリナは腕を組むようにして腹を抱えて無意識の内に忍び寄る不安を暗に表した。
「それにこの街の雰囲気、少しピリピリしてるみたいだね…」
ラミエルが小声で言った。確かにこの街の人々のライザ達を見る眼はどことなく肌にチクチクと突つくような視線のように感じられる。
「イノセンシアみたいにあんま明るい雰囲気じゃないな?」
ライザの眼から見てもイノセンシアのように人々から自然と柔らかく人当たりの良い雰囲気というのはこのロンキドスの人々からは感じられない。
「ここじゃ美味い酒も飲めそうにないわね~」
「呑気だなラシェル…」
この街の張り詰めた空気に呑まれないようにと和やかな雰囲気を演出してみたが、ライザ達の行く先にはそれを打ち消す何かの人だかりがあった。
「何でしょうか?あの人集りは…」
1番最初にメリナが興味を示した。それも自然なのが、その前方の集団が街の通りを塞いでいたから嫌でも興味を示さなければならない。
「違うよぉ!僕じゃないってばぁっ!!」
「子供の声…?」
ライザはその集団の中心から聞こえた子供の恐怖を混じらせた声に特に気を引かれた。
「あ、ライザ!」
とりあえず様子を見て状況を確認しようとするラミエルが止めるのも構わずにライザは人混みの中を分け入って行ってしまった。
「今日は積極的だな、ライザは。」
特に単独行動に出たライザを咎めるでもなくラシェルはメリナとラミエルを伴ってライザを追って人混みの一部に加わっていった。
「僕はあの遺跡で魔術の練習してただけだよぉ!!」
集団の中心は人集りで輪が形成され、その中心には縄で体の自由を奪われ、不格好な軽装をした男達に槍の穂先を突きつけられた幼い少年が蒼白い瞳に涙を浮かべ恐怖に唇の型を歪めていた。
「嘘をつくな!お前がドルミール遺跡であの黒い雲を呼び寄せたんだろう!?」
少年に槍を突きつけていた男の1人が少年の癖があるのか、単にだらしなくしているのか分からないボサボサの銀髪を引っ張り上げると、少年の瞳に溜まっていた涙が葉から落ちる露のように流れ落ちる。それをしている、又は加担している男達に不気味な笑みが浮かんだ。どこか少年を虐げることを楽しんでいるかのようなそんな下卑た笑みだった。
その光景にライザの心臓が大きく高鳴り、全身を巡る血液が沸き上がり、その熱がライザの体を衝動的に突き動かす。
「ッ…!!」
ライザが激昂する感情に駆られてフエルテに手をかざそうとすると、隣からラシェルの手がそれを阻止した。
「離せよラシェル…!!」
ライザは今までに彼女に見せたことのない刺さるような目付きと刺し違えれば彼女にも牙を剥いてしまいそうな低い声でラシェルに訴えた。
「私も同じ気持ちだ。だが、落ち着きなさい。もう少し、奴らから情報を引き出すわよ…」
一度ゆっくりと生温かい息を吐いてラシェルを見ると彼女の蒼い眼は鋭く研ぎ澄まされていた。
「その子をどうか放してあげて下さい。」
観衆のざわめきの中に細い女性の声が降ってきた。そして、その声が人々の唇を封じてしまった。




