深窓のお嬢様は窓の外へ
翌朝早く、ライザはあれからうなされることもなく眼を覚ますことが出来た。相変わらず寝起きの悪いラシェルを起こすのは大変だったが。2人は朝食を摂り終えた後、ギルバート公爵に別れの挨拶を告げて屋敷を後にした。
「結局、メリナとラミエルには挨拶出来なかったな…」
というのがライザにとっては唯一心残りだった。
「2人とも私達が起きる前に出かけたらしいぞ?まぁ、昨日みたいに父親と揉めれば気晴らしもしたくはなるだろ。」
さほどラシェルに気にしている様子はなかった。
そんなことを思いながら活気を取り戻した青空の下にあるイノセンシアの街を歩いていると、ライザの視線は色んな方向へと導かれた。
「やっぱ悪夢から覚めるとみんな元通りなんだな。」
ライザは街で市民達と話す騎士達に眼がいっていたわけだ。
「あ、君達。ちょっと聞きたいんだが、いいかい?」
「あら、デートのお誘い?ん~そうねぇ…」
「おいラシェル…何かあったんですか?」
騎士の1人が2人に話しかけてきた。何やら少し焦りのようなものが彼の表情から感じられた。
「あぁ、実はメリナ様が今朝からいなくなってしまったんだ。」
「え?」
まさかとは思ったが、万に一つもその可能性を疑わなかった。
「ラミエルもメリナ様を追って出て行ったきりなんだ…」
騎士の男の表情からすると芳しい成果は得られていないようだった。
「そうね。私達も2人を探してみるから、何かあったら連絡するわ。」
「あぁ、何から何まで済まないな。」
そう言って騎士の男は2人の前から去っていった。
「とりあえず、もうちょっとこの街で2人を探すか?」
物騒なことになっては困るからライザはラシェルにそう提案した。
「別にいいだろ。多感なお年頃だからな、お嬢様のお好きにさせてあげれば。」
ラシェルはそう言うと近くの路地裏に続く建物間に意味深な視線を送った。
「え、でも…」
「さ、ライザ行くわよ!」
ラシェルはライザを遮って街の出口へと向かっていってしまった。
しばらく歩いていると、ライザ達がこの街に始めて来た時に鍵を開けた大きな門が見えてきた。あの黒い雲が晴れた今では街の警備の機能も回復し、門番が両端に配置されている。
「ねぇ、ギルバート家令嬢のメリナ様を探してるのよね?」
門を通ろうとした時、ラシェルが突然門番にそう質問した。
「あぁ、何か知っているのかい?」
1人が反応すると、片側の門番も"メリナ"という単語に反応してよって来た。
「さっき、街の広場の近くで見たわ。」
「本当か?!」
当然の如く2人の門番はラシェルの話しに食いついてきた。
「ちょっ…ラシェル…!」
ライザが止めようとした。なぜなら、ラシェルの言っていることは真っ赤な嘘であり、広場の近くは1番ギルバート家の騎士達が集まっていて、潜伏などすればすぐに見つかってしまうのはライザでも予想出来たからだ。しかし、当のラシェルはライザにウィンクを門番の2人にはわからないように送ってきた。
「今行けば見つけられるかもしれないわよ?」
ラシェルは追い討ちをかけた。
「よし、行ってみよう!ありがとな!」
そう言って門番の2人は街の広場へと駆けていった。
「メリナみたいにずいぶんと人が良いのね?この街の騎士は…」
ラシェルはそう言って門番達の背中を見送った。
「それを利用するのもどうかと思うぞ?」
「まぁ落ち着けライザ。確かに騎士達やギルバート家の面々には少々気の毒だが、あのいかにも気弱そ~なお嬢様がここまで腹を括ったんだ。少しは認めてやらないとな?」
ラシェルは再び路地裏へと視線を送った。しかし、突然ラシェルにそんな理解不能な理屈を並べられてもライザは首を傾げることしか出来なかった。また、その答えは彼女の視線の先にあるのであった。
「ほらっ!行くならさっさと行くわよ?」




