ある記憶の夢
【気が付くと桂は夏のジリジリと肌を焦がすような日差しの中、土埃が舞う野球のグランドに立っていた。
「おら、何か言って見ろよ!!あぁ?!」
その怒号は桂の体を不可視の縄で縛りあげた。顔をあげると目の前には色黒の体格のいい男が桂に向かって罵声を浴びせていた。男は桂と同じ野球のユニホームを着ている。そして、その陽に焼けた顔のほとんどは白い帽子の青いつばに隠れてしまっているが桂はその男の顔を知っていた。忘れるはずなんてない。
ただ桂は自分を罵倒する相手に恐怖していた。恐怖が背中からこの真夏の燃えるような暑さとは反対に冷たく冷えきった手を桂の背中に這わせてくる。しかし、何か彼に向かって言い返したかった。自分の正当性を示すために。
「……ァ…ア…ァァ……」
桂は口を開いたが顎が固まってしまったまま動かない。息が詰まってしまったわけではないのだ。ただ、言葉が奪われてしまった様に唇が動いてくれない。
それを見てる男は黙ってただ桂の悶える姿をただ眺めていた。その様子は桂が男に毒を飲まされ悶えているように見えた。】
「ァ…ク……ア……」
「おいライザ、しっかりしろ。」
言葉を奪われる苦しみの中、暗闇の中で自分を呼ぶ声がした。
「ん………ハァッ…!?」
ライザは脳が痺れる様な感覚を伴う微睡みを無理やり振り切り眼を開いた。
「ハァハァッ……ッ…」
「大丈夫かライザ?酷くうなされていたみたいだな。」
右に顔を向けるとラシェルがライザの横たわるベッドに右手をつきながら身を屈めてライザの顔を覗き込んでいた。
「あ、ラシェルごめん…ビックリさせちゃったね……」
頭がまだボーッとする上に頭痛が頭の中に残っていた。恐らく寝ている間に酸素が脳に効率良く渡っていなかったのだろう。
「いや、確かにライザが寝ている間に苦しみ出してビックリはしたけど気にするな。それより、私はこの街の人のようにライザも悪夢に落ちてしまったのかと思った…」
ラシェルの表情は心なしか真剣だった。
「あ、そうじゃないんだ。実は俺、病気?みたいなの持っててさ…」
ライザが先程悶え苦しんだ理由を打ち明けるとラシェルはキョトンとした顔になり頭の上に疑問符を浮かべた。
「ナルコレプシーっていう名前の病気…っていうか俺の場合それに近い体質みたいなもんかな。時々、こうやって寝てる間にうなされて変な声あげたり、他にもいろいろ…」
「そうか…」
ラシェルは妙に納得している様子で、ライザはそれに少し違和感を覚えた。
「あれ?変だとか思わないの?ラシェルは。」
事実、ライザはこの様な話しを周りの人間にした結果、ほとんどの人間がライザの話しを信じない、または中二病と指差して笑う始末だ。しかし、あまり深刻に受け止められるというのも考えものだ。
「いや、私達は既にあの雲とトラウム達を見てるからな、ライザみたいなことがあったとしても不思議じゃないだろう?」
意外と理解を示してくれているようだ。それはそれでありがたい話しだ。
「この先同じ部屋で寝ることになったら迷惑かけるかもな…もし俺がまたうなされてたら、引っ叩いて起こしてでもくれればいいかなぁ。」
「わかった、じゃあその時を楽しみにしてるわ。」
冗談のつもりで言ったはずだが、予想外にも楽しみにしているようだ。ありがたいやら、怖いやら…




