娘の意志
ラシェルは早速単刀直入に話しを切り出した。もちろん、ラシェルの公爵に対する言葉使いに少々ハラハラしたが、お互い気にする様子はないのでこのまま放っておくことにした。
「うむ、朝から市民の被害状況を確認し、聴取を行った結果、皆そう答えているな…」
公爵は白い眉毛の生える眉間にシワを寄せる。
「でも、亡くなった人は出てはいないんですよね?」
ライザの質問に公爵は白髭を蓄えた顎を少し引くようにして頷いた。
「それが不思議なのだ…あの黒い雲が晴れた途端に皆朝起きるように普通に目覚めることが出来た……」
公爵の顔に走るシワがさらに深くなり、彼の年齢を感じさせる。
「私達が迷いの森のフエンデルスに到達した結果、原因はフエンデルスの汚染のような現象にあることが判った。この事を私達は王都にある帝国軍の本部に報告しに行こうと思う。知り合いがいるしな。」
「あの…!」
ラシェルが話しているとメリナの遠慮気味な声がそれを遮った。
「どうしたメリナ?」
「私も一緒に王都に連れていってもらえないでしょうか?一応、今回の出来事の証人なので…」
メリナはおずおずと積極的な提案をしてきた。
「メリナ、残念だがラシェルとライザ達が王都へ向かってくれる。お前が行く必要は無い。」
公爵は彼の左に控えるメリナに向かって言った。
「そうねメリナ、一緒に行きましょうか!」
「またケガした時メリナがいたら助かるな。」
ライザとラシェルはメリナに笑顔を向けるが。
「すまない2人共、メリナはギルバート家の令嬢であり、危険の伴う王都への道へはついて行かせてやれんのだ。」
しかし、公爵は重ねてキッパリとメリナの申し出を断った。
「どうして…」
「…?」
メリナの呟く声が聞こえた。
「どうしてお父様はいつも私を縛りつけようとするんですか?!」
メリナがいきなり声を荒げて公爵に訴える。
「メリナ落ち着きなさい。お前は我がギルバート家の令嬢で将来この家を継ぐ…」
「私はこの家を継ぎたくなんてありません!いつもそうやって勝手に私のことを何でも決めないで下さい…!!」
「メリナ様!?」
メリナは昨日までの彼女と売って変わって公爵にもの凄い剣幕で訴えて公爵の私室を飛び出していき、ラミエルが後を追っていった。
そして、部屋は静まりかえってしまった。
「見苦しいところを見せて申し訳ない…」
「彼女もああいう年頃なんじゃないか?」
ラシェルは特に心配する様子もなく公爵に合わせた。
「ん…そうかもしれないな……とにかく王都までの道のり、無事を祈る。」
公爵はそう言って話を切り上げ、ラシェルはお辞儀をして扉から出て行った。そして、ライザも振り返ってから立ち止まった。
「あ、余計なお世話かもしれませんが公爵、親が何でもかんでも決めてしまうといずれ子供が行く道を見失ってしまいますよ。では、失礼します…」
公爵は眼だけで頷いて部屋から出て行くライザを見送った。
結局その日は王都に向かうための準備を整えるためにイノセンシアのギルバート邸に部屋を借りて一泊することになった。
月が太陽に代わって穏やかにこの街の夜を見守る頃、入浴を終えたライザは自室の扉の前に立っていた。
「この世界にも風呂ってあるんだな。それにしても、メリナん家の風呂はすげーなぁ…」
そんな独り言を呟きながら扉の取手に手をかけ、趣向の凝らされた部屋へと入る。しかし、この部屋について気になっていることがひとつだけあった。




