溢れる闇
ライザがラシェルの憶測に付け足す。
「ここで朝を待っていてもまた夢人達に襲われてしまいますね。」
最も、この空の下に朝は訪れるのか甚だ疑問だ。なんとも天望のない話しだ。
「ラシェル、ここでじっとしていても埒が空かない。フエンデルスに行こう…!」
ラミエルが強い眼差しでラシェルを見上げる。
「だな、ライザ、樹の中にあるランタンを取って来てくれ。この光の球を維持しておくのも大変なの。」
「また俺かよ…」
ライザ達が大樹を離れ、心許ないランタンの灯りを頼りに恐怖を煽るようにざわめく木々の中を夢人達が残したであろう足跡を辿っていく。
「…空気が変わったな……」
先頭を歩いていたラシェルが立ち止まる。ライザにもラシェルの言っていることがなんとなく分かった。背筋に寒気が下から這ってくるような感覚だ。
「これが…フエンデルス…?」
メリナは信じられないものを見たと言わんばかりの視線の先には懇々と水のように湧き出る闇。そして、地表から空へと揺らめきながら昇る黒のオーブ。
「ここが、光の源なのか?」
ここへ来る前にラシェルとメリナから聞いていた光が美しく豊かな噴水のように湧き出るフエンデルスとは似ても似つかない。
「本当ならね…」
ラミエルも恐らくフエンデルスを知る1人であることからこの光景は信じ難いようだ。
「どうだ?お前達の光が闇に覆われる気分は、悪夢を見てるみたいだろ?」
何者かの低い声がライザ達の耳に届いた。
「誰…っ?」
メリナの肩がビクッとその声に震える。
「それはそこにいる男が知っているはずだ。」
突然名指しされ、ライザが声のする方向を向くと闇に侵されたフエンデルスの湧き出る闇の中から1人の男が現れた。
「…?知らねぇよお前のことなんか……」
灰色の肌に銀色の髪、ライザと同じような体格だが漆黒のマントにその体を覆い、顔の上半分をある水の都で有名な悲哀と激情を混じらせた様な仮面が彼の表情を隠す。その風貌から彼が人間かどうかも疑わしい、そもそも彼から発せられる殺気から常人でないことは容易に分かる、足を直ぐにでもすくわれてしまいそうな感覚…何度もリング上で味わってきた感覚だ。いや、それすらもまた異質だ。
「ライザの友達ならその仮面を取って顔を見せてやったらどうなんだ?」
ラシェルがナイフを静かに手に持ちながら男を挑発する。
「それじゃあ面白くないだろ?それに、お前は俺を知っているはずだって言っただろ…ライザ?」
男は自分の名前を口にすると口元にニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
「お前…一体誰なんだ…?」
「まぁいいだろ、そのうち気づくことになるからな…」
男はそう言って指をスナップしてから体を闇に溶けこませるように消えて言った。
「待てよ!!」
ライザは止めようとしたが当然無駄だった。しかし、彼がこのフエンデルスから消えたことを合図に闇が湧き出る泉に何やら違和感を覚えた。
「…?何か、変だよ…」
ラミエルが身構えながら湧き出る闇を睨むと、その闇が生き物のように柔らかくうねり始め形を成し始める。




