怯える少女
少女はラシェルの腕を離れひとりで立つとふくよかな胸を抱えるようにして体の前で腕を組む。
「こ、この方も変態さんじゃないんですか…?」
夜のような澄んだ黒の瞳で怯えるような視線をライザに送る。
「んなわけねぇだろ…で、君名前は?」
「は、はい…ギルバート家令嬢のメリナと申します。先程は逃げ出してしまい申し訳ありませんでした…」
メリナは高級貴族の令嬢らしく、と言ってもライザにはよく貴族というものがよくわからないが、お辞儀をする彼女の仕草のひとつひとつに上品さを感じる。
「構わないよ、私達の方こそ驚かせてすまないな。特にライザが。」
「おい」
ラシェルは悪戯な笑みを浮かべて楽しんでいるようだ。
「そうだ、紹介が遅れたな。君が怖がっているこの男がライザだ。それで、私はラシェルだ。今2人でこの黒い雲の原因を調べているんだ。よろしくな!」
ラシェルはまだ怯えているメリナの手を取る。
「は、はい。よろしくお願いします…えと、ラシェルさんとライザさんはあの黒い雲が何なのかをご存知なんですか?」
「ラシェルでいいぞ。ライザはライザだな。」
「おい、まぁいいか…」
「話の腰を折るなライザ。それで、この街の上にある黒い雲のことは私達にもよくわからないんだ」
「イノセンシアに入ったら人がバタバタ倒れててさ…なんか知ってるか?」
ライザが聞くとメリナはハッとしたように黒曜石のような瞳を見開いてから、何か苦痛を堪えるような表情をその瞳に浮かべた。
「はい……あれは、一週間前のことでした。突然空に黒い雲が現れて、お父様はフエンデルスに原因があると見て調査隊を"迷いの森"へ送りました…」
「フエンデルスってなんだ?」
ライザは聞き慣れない単語に話しを途中で遮って質問する。
しかし、メリナは何か違和感を感じたような眼をライザに向けた。
「そうか、ライザは知らないか…レヴェリエではフエンデルスと言って空からの光を受けて天候を司る光の泉のようなものがあるんだ。フエンデルスがあるお陰で昼夜があり、雨があり季節があるんだ。」
そうラシェルは説明した。どうやらこの世界は太陽は既にあることを確認したがその光の源が無いと天候が生み出せないようだ。
「なんか眩しそうだな…その光の泉…」
「ライザは行ったことないんですか?フエンデルスはとても綺麗なんですよ!」
メリナは一瞬楽しげな表情を浮かべた。彼女はいつもこんな風に鬱々としているのではないと思うとなんとなく安心出来た。
「まぁそんなとこだ。それで話を戻そう。」
「はい、お父様が調査隊を送ったんですが、結局原因は分かりませんでした。それから…」
「それから?」
ラシェルは言い淀んだメリナを急かさないように追求した。
「それから、黒い人達がこの街に侵攻して来たんです…」
「黒い人達?」
ラシェルがメリナに聞き返す。
「はい…全身を影で覆われたような黒い人達でした。」
しかし、ライザは今のメリナの言葉に若干の違和感を覚えた。
「でも、侵攻してきたって戦ったってことだよな?俺とラシェルが来た時は確かにみんな眠っていたけど死んではいなかったはずだぞ?」
「確かにそうだな…メリナ、他に何か思い出せるかしら?」
「えと…その影のような人達は剣や槍、斧…それから魔術など、私達と変わらず武器を使っていましたが、どの武器も真赤で血に染まっているようでした…」
メリナが説明を終えた時、ライザはまた新たに疑問を抱いた。それは、メリナの話した影のような者たちのことではなく、メリナ自身に向けてだ。
「なぁ、メリナは確かギルバート家の騎士とそいつらが戦ってるのを見てたんだよな?なのに、なんでみんなメリナ以外が眠っちまってんだ?」
ライザは素直に疑問をぶつけるとメリナはビクッと肩を震わせて両手を胸元に持ってくる。
「も、もしかして疑っているんですか…?」