第六話 ネオ景虎Ⅰ
『現状の理解はこれで出来たことと思うが……どうだ?』
「ああ。充分すぎるくらいに解かったよ。」
『ウルフたちとの交信も、他世界へのダイブ法も、操作全般については解除されたコールカードを参照すれば解かるはずだ。奴らもいよいよ本気で掛かってくるだろう、気をつけろよ。』
西陣のじいさんは最後にそれだけの言葉を残して通信を切った。
秋津はいつの間にか俺の傍を離れ、壁にもたれかかって憔悴している。何と言ってやればいいんだか……。
「ルシは、リアル世界で一緒に育った親友だったんだ。近所に住んでて……、目覚めたら、もうそこに居るのは、まるで知らない別人ってことなのか? アイツの皮をかぶって、別人が? ……ちくしょう、」
ただ死ぬだけなら、まだ諦めもつくんだ。事故はいつでも起きている。
けど、これはそんなレベルとは根本的に違っている。他人の人生を乗っ取ろうなんて、何様のつもりだ。
俺にはコイツの痛みの十分の一も解からないかも知れない、けど、友達の為に泣いてる様を見て憤りを覚えないほど薄情じゃない。デスゲームの開始から、皆がパニックで色々と醜い面も曝け出して、あれもこれも全部、金持ち連中の身勝手な欲望のせいで起きた事だったのか。連中は、笑いながら俺達を眺めてやがったのかよ。
人の欲望ってのは、どうしようもなく醜いよな。
「秋津、ここを出るぞ。奴らの好き勝手になんてさせてたまるか、くだらねー計画はぶっ潰す。」
ヤロウのした事の中にはどうにも許せねぇこともあった、けど、今ヤロウの皮を被ってるヤツに比べたら、まだ可愛いくらいだぜ。そうそう都合よく、何でも金で買えると思ったら大間違いだって教えてやる。
「俺はルシフェルは大嫌いだったが、今、あいつの皮を被ってるヤロウよりはよほどマシだ。あの皮を引っぺがしてやる、お前も許せないだろ? あんな奴等の好きにさせるな!」
打ちのめされていた秋津の顔に、生気が戻る。だんだんと、ボルテージが上がっていく。怒りだ。
「ヤロウは何を画策してる? お前は俺を足止めしとくようにと言われたんだろう、その間にヤロウは何をするつもりでいるんだ、教えろ、秋津。」
「お前の陣営の奴らを襲う計画だ。戦力比で見て、お前さえ居なきゃ楽勝だと言ってたからな。どうする、俺が離反したとしても、覆る差じゃないと思うが。」
そんなもんはやってみりゃ解かる。
「俺の読みだと、お前が寝返ったとなれば動揺して使い物にならなくなるヤツが溢れると思うぜ。」
だから、ヤロウはお前を差し向けたんだろうからな。
「ルナ、とにかくここを出て自軍へ戻るぞ。おそらく制圧されちまってるだろうが、すぐに挽回してみせる。お前は秋津と一緒に工作に回ってくれ。陰謀の事実を皆に知らせるんだ、ただし、海藤グループのお家騒動の部分だけでな!」
うまくコントロールすりゃ、連中は欲を出す。
さんざん迷わせてやるぜ、バレたかバレてねーのかどっちだ、ってな。
「急げ、景虎! ルシの計画だと、お前の軍の上層部以外は兵糧攻めにあってるぞ! 邪魔になる中堅以下のプレイヤーは全員、スタミナ切れを起こさせて動けなくするつもりだ!」
そんな性悪な事を考えてやがったのか! 動けない奴らはなるほど、扱いやすい人質だよな!
「馬を使って先に行け! この子は俺が連れていく!」
「頼む!」
お馬さんも俄然やる気だ。ずーっと話を聞いてたんだもんな、ジジイはペットキャラとでも思ってたか知らんが、馬には目もくれなかった。
「よろしく頼むぜ、相棒!」
嘶き一つ、ダンジョン通路を走り出した。
さて、米軍秘密兵器ってくらいだ、派手なアレコレが満載って感じなんだろ?
ギルドカードを手にする。コールカードとか言ってたのは、たぶん、これのことだろ。
組織の連中は俺を純粋なバグと言ってたんだっけな。そういう嘘情報が流されてるって事だろう。
今はまだバグって事にしといてもらおう、この中で使えそうな機能は……と。
【プログラム工作】の分類を開くと、幾つかの機能がお目見えした。【機能ロック】お、いいじゃん、コレ。接触した対象一体のプログラム群より、任意指定された命令文一つを凍結。スキルコマンドの実行文をシャットアウトにすれば、対応したスキルは発動しなくなるってことだな。影響力、極小に設定。
おそらく、プレイヤーの挙動に支障が出ない程度の影響に、自動で抑えてくれるはずだ。
ランダムでスキルを封じてやる。くっくっくっ。
光が見えた。外だ。
ダンジョンを脱出した俺の耳に、突然、ガリガリとノイズが聞こえ始めた。
電波を受信したばっかりのラジオみたいな音だ。――そして。
『景虎。こちらパックス2、お初にお目にかかる。この通信は傍受される心配はないが、手短に話させてもらう。現在、ルシフェルはテロリスト3名を従えてお前の陣営を制圧し、プレイヤー全体を支配下に置いたところだ。サザンクロスの15名は大型テントに隔離、中堅以下のプレイヤーは4つのテントに分散、監禁されている。テロリストの一人がチート武装でこれを監視している。』
「どこの誰かは知らないが、了解。」
さっそく"ウルフ"からの連絡が入った。以前に比べると、格段に動きやすくなったぜ。
すべての行動を自身で起こさなきゃいけない上に、断片的な情報しか収集できなかったからな。
『こちらパックス1、割り込み失礼。景虎、あらすじが見えたのでご注進だ。"N"はテロリストを利用するつもりだ。"オクトパシィ"が起こした事故に乗じてプレイヤーを抹殺する計画になっている。予定変更はなし。現在も上書き希望者を募っているところを見ると、計画実行までにはまだ時間がある。ルシフェルの中の人がさるご婦人を勧誘中だ、クソッタレ具合はその場を覗いて貰えれば解かる。座標データは要るか?』
「貰っとくよ。何から何までありがとうな、感謝する。」
『礼には及ばんよ。』
『健闘を祈る。』
ブツリ、と通信が途絶える。本当に言うだけ言って切りやがったな。
クソッタレな会合の様子を見せてもらいに行かなきゃいけないな、今は救出が先だが。
……いったい、どの時点で"あのヤロウ"は乗っ取られて消えたんだろう……。
秋津の言う通り、そんなに悪い奴じゃなかったのか? 記憶を奪われてるからな、判断は難しい。
もともと、似通った思考回路の人間が選ばれていたはずだ、クソッタレ具合じゃ上をいくようだが。似通った別人が、本人の意識を追い出して記憶と肉体を奪い取ったわけだ。
英雄になりたいと願ってたヤロウの記憶を嘲笑いながら、茶番を演じていたのか?
もしかしたら、デスゲームに突入した時点ですでに乗っ取られて消えてたのかも知れない。
悔しすぎるよな、ふざけやがって。




