第三話 金とヤクザと秘密結社Ⅰ
「助かったよ、景虎。それに秋津さんも。わたしを信じてくれてありがと。」
「約束だ、教えてくれ。ゲーム内で今、何が起きている?」
「それは、わたしには難しくてよく解からない。ちょっと待ってて。おじいちゃんに連絡付けるから。」
ルナは俺の前へ手を出して、剣の受け渡しを催促する。この剣が色んなキーになっているらしい。
ルナが剣を地面に突き立てると、なぜかダンジョンの空間にスクリーンビジョンの画面が浮かび上がった。
「おじいちゃんを呼んで!」
ルナが画面に向けて話すと、ノイズが走り、そうして一人の人物を映し出す。
「おじいちゃん! 景虎と合流したよ! それから、"敵"がいよいよ仕掛けてきたっ!」
ルナの報告を受けて、画面の人物は大きく頷きを返す。
いかつい顔をした、頭髪も、たくわえられた顎髭も真っ白な、初老の男性だった。
このご時世に、古めかしい着物姿で画面に映りこんでいる。紋付き袴ってやつじゃないか?
背景にも、レトロチックな障子なんかが映りこんでる。いつの時代だよ。
障子の向こうに、庭園みたいなのがチラリと見えているけど、あれホンモノか?
庭付きとか、どこの金持ちだ。いや、海藤グループだっけ、庭なんて当たり前なのか?
ヘンなところで冷や汗を掻いてる俺を無視して、ルナは画面のじじいに話をした。
「おじいちゃん、これからどうしたらいい? 刺客が何人かこっちに紛れ込んだって聞いたよ。二人は景虎が始末してくれたみたいだけど、情報はまだ上がらないの?」
『すまんな、瑠奈。おじいちゃんも頑張って働いているんだがな、あちこちから手を回しているようでな、なかなか核心に辿り着けんのだ。……おお、そちらさんが景虎か。お初にお目にかかるよ。』
じろりと眼光を向けられただけで、一気に緊張感が走った。只者じゃねぇ、このジジイ。
「おい、景虎。洪武会の西陣会長だ、」
聞こえないよう耳打ちで秋津が教えてくれた。
洪武会って、関東一円を傘下に収めてる極道組織だろ。なんの冗談だ?
『わしの孫娘が世話になっている。戻ったら改めて礼をさせて貰うとして、お前さんには、もうひと働きしてもらわねばならん。このゲームで暗躍しているある組織と、その計画を叩き潰すために協力してくれ。』
「"オクトパシィ"の連中ですか?」
『いいや。あ奴らは良いように利用されているに過ぎん。本当の"敵"は"ニュークリア―"を名乗る者たちだ。秘密結社を気取ったキチガイどもだ、永遠の命を得られると夢想する大馬鹿者の集団だ。』
いかついヤクザの大親分は相手を射殺しそうな視線で宙を睨み、額に青筋を浮かべた。
そうとう怒ってらっしゃる。
ニュークリアーって、確か核弾頭の隠語じゃなかったか。古い年代に廃棄になってるはずだが。
原発と並んで処分が大変すぎるってことで、前線配備からは遠ざけられた。そんなモンより確実に文明の息の根を止める音波爆弾が現在の主流だもんな。脳を直接破壊するほうがクリーンだ。
「その秘密結社というのが、このデスゲームで何を狙っていると言うんですか?」
おお、秋津、お前、勇気あるなあ。大迫力のジジイを前に、怯み気味ながらも質問した。
『お前さんは誰だい? ああ、秋津とか言ったかい。色々と複雑な事情が絡んで、何が正しいのかが解かりにくい状況だったからな、あんたのした事については不問としよう。』
西陣会長は一瞥をくれると、わりあいに穏やかな口調でそう告げた。
孫娘を誘拐して危険な目に遭わせた犯人だ、本当なら八つ裂きにしてやるとか言いだすもんだが、さすがに極道の親分はこの程度じゃ動揺もしないってか。
『ニュークリアーは、パヴァリア啓蒙会という結社がVR系の活動団体として分派させたものだ。略字で"N"と呼称されるものはコイツ等の事と見ていい。奴らは長年、ディストピア計画というものを推し進めていた。一部の選ばれた者以外を隷属させ完全管理の許に置くことで、人類を永遠に繁栄させるためのサイクルを完成させる、という狂った思想だ。』
「割とよく聞く悪役の論理か。」
おっと、咄嗟に敬語は出てこないぜ。気付かれなかったけど。
会長は頷いて、さらに先を続けた。
『選ばれたる者の資格は、「白人であること」、「血統が確かなこと」、「成功を収めていること」の三つを挙げている。そのために、メンバーの多くは世界の長者番付に名を連ねる富豪が多い。それだけを聞いても、だいたいロクでもない組織ってくらいはイメージ出来るんじゃぁねぇかい?』
……要は、白人特有のインペリアリズムってやつだな、選民思想。まるで根拠のない基準だ。人種差別と身分差別と成金思想がほどよく混ざって、醜悪な怪物が生み出されたって感じだな。
『連中を、各界が黙って見てたわけじゃない。対抗措置は常に練られていた。世界をぶち壊そうなんて危険団体には国家も遠慮はしやせん。利害の不一致はそれだけで排除の正当な理由たりえる。特に、日本は今やVR技術に依って建っているところがある、その技術を悪用なんぞされてみろ、亡国の危機だ。』
ニューなんとかって組織がVR技術の悪用を狙っていて、それを阻止するのに国家規模での体制が取られてるってことですか。非常に解かりやすい解説です。乙。
「それで景虎が、あんな有り得ないチート野郎に仕上がってたわけですか、」
言うよね。本人を目の前にしてズケズケと。
『うむ。あれだけの技能を搭載していれば、自然とそれを扱えるプレイヤーには制限が掛かってくる。普通の頭脳では扱いきれんのだ。全人類の中で、ほんの僅かな人数だけが能力基準をクリアして、"景虎"の搭乗者としてノミネートされる。順次、事情を説明して了承を得てはいたのだが、そちらの御仁は非接触だった。……その、不安材料があってな。』
「救いようのないタラシだったから!」
西陣会長が言い淀んだ言葉の続きをルナが引き取った。
肩震わせて笑ってんじゃねぇ、秋津。
こほん、と咳払いをして会長が言った。
『緊急だったのだ、他の者を回してくる余裕は無かった。説明の時間はなかったが、お前さんはずば抜けて優良な成績をキープしている。驚異的なことだ。』




