第一話 秋津の説得Ⅰ
洞窟入口は、中とはまるで違ってリアルの洞窟に近い外観をしている。
フィールドのリアリティに合わせてあるからだ。
けれど、一歩中へ入れば状況が変わり、一気に作り物臭い内装になる。四角い土の壁だ。
ここはダンジョンフロアと呼ばれていて、インスタント・ダンジョンの生成拠点になる場所でもある。
もちろん、エネミーは涌いてこない。
意識を秋津のカケラへと移す。
隙を見て槍に忍ばせたカケラを剥がして、反撃するしかないな。勝負は一度きりだ、おそらく。
意識を飛ばせばすぐにランスの秋津と、ルナの姿が見え始める。
そして、音声が。
「くそ、幾らなんでも遅すぎるだろ。ルシのやつ、何をしてるんだ、いつになったら連絡する気なんだ、」
どうやら秋津とあのヤロウの間の連絡手段も復旧してるっぽいな。
秋津はうろうろと一室内を行ったり来たりして、そうとうに苛立っている。
「だから、裏切られたんだって言ってるじゃない。」
「なんでお前にそんな事が解かるんだっ!?」
なんだ、何かおかしいぞ。
秋津の苛立ちは、ルナの挙動が原因なのか? ルナのやつ、何を言ってる?
「外と連絡が取れるんでしょ? あのイタリア人が居たから喋れなかったけど、わたしも、外と連絡が取れるんだよ?」
なんの話だ? ルナ?
「秋津さん、狙われてる海藤帯刀の娘って誰か知ってる……?」
「そ、それは姫香だって、ルシが、」
「ううん、違うよ。彼女じゃないよ、本人が言うんだもん、間違いないよ。」
ルナは下を向いたままでポツポツと言葉を紡ぎだし、秋津に聞かせている。
秋津は、混乱気味なんだ、落ち着かない様子で行ったり来たりを繰り返す。
俺もにわかには信じられない気分だ。本人ってことは、まさか?
「わたしが、海藤帯刀の娘だよ。18歳なんて嘘だよ。敵を騙すために、お父さんの部下がニセの情報を流したんだよ、ほんとはルナ、12歳だもん。」
「は、はは……、なら好都合じゃないか、この事をルシに教えたら……、」
「それをやったら、あなたは殺されてしまうよ。特定が出来ないから、計画は辛うじて阻止されているんだって、おじいちゃんが言ってたもの。」
「計画……て? なんの話だ、いったい! 外で、いったい何が起きてるっていうんだっ!?」
どういう事だ? いや、それより、こっちの計画まで大幅に狂っちまった。
今、ここで秋津を始末してルナと合流を図ろうと思っていたが、それが出来なくなっちまった。
秋津を倒せば自動的に陣地へ戻って生き返りが起きる、この場から秋津は居なくなる、が、この話をルシフェルに聞かれるのは拙いような気がしてきたぞ。秋津をそのままにして説得なんて、今のカケラでしかない俺にはさすがに無理ゲーだ。
「お願い、秋津さん。景虎と合流して。このままだと、全員が殺されてしまうの。ルシフェルが連絡してるっていう相手は、テロ組織なんかじゃないの。もっと恐ろしい連中なの。信じて!」
ルナは、きっと途方もない秘密を抱えている。
それを、秋津も感じ取ったらしかった。
「……ヤツを呼べば、本当にすべてを話してくれるんだな?」
「うん。約束するよ。」
ただならぬ状況ってのは、コイツもひしひしと感じていたはずだからな、賢明な選択だ。
よし、本体にチェンジ。
向こうでコール待ちだ、攻略パーティへの招待が飛んでくるはず。
座らせておいた景虎にチェンジ。ゆっくりと瞼を上げる。
呼び出しのアラームが鳴っている、久しぶりに聞くメロディーだ。
俺はペットでINしてたからな、ギルドカードの携帯は出来なかったはずだ。景虎もオートブースターでルナの装備品扱いだから、カードなんか無いと思ってたが、あったらしい。色々と設定がオカシイキャラだからな、別に驚かないぜ。
胸のポケットからカードを取り出す、これを取るのも久しぶりだ。ギルドカードなんて、デスゲーム中は何の役にも立たないからな。運営へのクレームや要望を届けるためのメール欄だとか、無駄な機能も満載だが。
(そもメールだから即対応なんか望むべくもない、ただの不満逸らしのツールだ)
スライド式の画面を操作して、コールの元を表示。パーティへの参加呼び掛け、届け人は秋津だ。
OKを選択、"すぐに移動しますか?"と表記される明るい文字を指先で叩けば、これで時空を移動できる。
浮遊感が過ぎれば、目の前に秋津とルナの姿がある。
「よぅ、そっちから呼んでくれて助かったぜ。奥の手を使わにゃならんところだった。」
「お前は本当にバケモノだな、まだ手の内を隠してるのか、」
吐き捨てるような憎々しげな声。そんで、秋津はルナの方へと向き直った。
「さぁ、呼んだぞ。本当のところを話してくれ。」
「その前にルナを開放してやれ! その塊を取ってやれよ!」
秋津が俺を睨む。
「それが出来るヤツは外に居た、」
ちっ、あのイタ公か。
秋津の言い方は、俺が倒したことを見透かしての嫌味だ。
「大丈夫だよ、景虎のツールに【解除】あるから。」
「え? そんなモンないぞ? 勘違いしてないか?」
そんな便利そうなスキルはない、景虎のスキルはほとんどがクソなんだが。
「ロックされてるからだよ、ロックを外す鍵はわたしの剣だよ。持って。」
差し出されたのは、例のチートの武器だ。サブウェポンの双剣は俺のインベには入らないからな、ナックルの方を片付けて……、改めて、ルナから剣を受け取った。
「装備して。じゃあ、解呪の呪文を教えるから、復唱してね。」
「ああ、」
「寿限無寿限無後光の擦り切れ、」
「ちょっとマテ、」
緊張感が一気に大気圏外だ。
固唾を呑んで見守っていた秋津までが、がっくりと肩を落とした。
呪文考えたヤツ、出てこい、ぶん殴るっ。




