第五話 先鋒戦Ⅰ
俺は立ちあがり、中国人と名乗る謎のプレイヤーを見下ろした。ゲームシステムのルールは厳密で、俺の都合に合わせてはくれない。装備を密かにナックルへ切り替え、スキル【加速】を発動可能の状態にした。
フィールド座標の違いがある、睨み合ってても戦闘中のみに適用となる【加速】は発動しない。
俺が通路を走れば、おっさんも付いて来る。屋根に飛び乗り、路地を跳躍し、可能な限り俺と並走で追ってくる。教会の敷地へ飛び降りた俺に、カンフー技での鋭い蹴りを放った。飛び退って避ける。
サモ・ハン・キンポーみたいだな、本場のホンモノの格闘技か。
「ハイィ!」
独特の掛け声。決めポーズ。
こっちも伊達に反射神経1・5倍じゃねーんだよ。
本格で習った覚えはないが、授業と部活で柔道はやったんだ。プロレス好きのダチも居た。
そんでこのゲームはスキルの補助次第でシロウトでも経験者相手に戦闘を互角に持っていけるんだよ!
正拳突きから変則で肘鉄が来る、距離が詰まったとこへ膝が。不規則な流れがカンフー最大の強み。どこから何が来るか解からねぇ。片端から受け流し、隙を狙ってこっちも仕掛けようと手を出すんだが、さすがに基本の技量が俄かの俺は敵わない、手を出す隙がねぇ。
回し蹴りが来た、身を沈めて躱すついでで【クイックターン】足払いの回転技へ繋げる。そのまま両手で支えてカポエラの大回転。瞬間、竜巻のように荒れ狂う俺の連続足払いを側転でアクロバティックに避けやがった。で、側転からどうやったら手刀の突きが飛んでくるってのかな!?
こっちも負けじとバック転で回避。アクロバットはゲームの十八番だ。
「なかなかやるね、日本鬼子。君たちはズルい、武力放棄と言って大嘘を吐く。VRを使って密かに若者に軍事訓練を行っている。」
「言いがかりもほどほどにしろよな、オッサン。」
完全に遊んでやがる。やっぱ時間稼ぎが主な目的だ、こうしてる間に別の奴等がルシフェルたちと手を組んで何事か画策して、そんで今頃は行動に移しているはず。
「危険な国、日本のVR技術は特に危ないよ! 軍事転用を狙っているに違いない、放棄することが世界平和に繋がるんだよ!」
「アンタ等も誰かに唆されてんじゃねーのか!? 日本の技術が世界シェアを独走状態で牽引してるからってな、そんなもん、日本が居なくなっても中国じゃあライバル国に太刀打ちできねーだろが!!」
中国の技術革新の立ち遅れは一世紀かけても取り戻せなかったんだ。なんせバカみてーにデカい国だ、統率するのがやっとこさ、末端までハイテク教育を施すなんてのは無理で、巨大さゆえの愚鈍に悩まされ続けた国。
そのせいで、何かにつけて日本に皺寄せ外交でバランスを取ろうとする、迷惑極まりない隣人国家。
「アンタ等、オクトパシィのやってる事はテロなんだよ! 正義の味方の顔をして、その実は自分の主義主張を通す為に誰かを犠牲にしてよ! アンタ等が関わらなきゃ被害者無しで済んだかも知れないって事件がどれだけあると思ってんだよ!?」
「たかが数百人くらい、天安門の一千万に比べたら少ない少ない! 日本鬼子! これは報復だよ!」
ほら、これだ!
いつまで百年以上も昔の事件を持ち出せば気が済むんだよ! てか、盛りすぎだろ、おっさん!
人口一千万の都市ってどんな規模か知ってて言ってんのか、2000年代のパリだぞ!? ニューヨークでも二千万だ、近代大都市と同じ人数が居たとか本気で言ってんのか、フカしてんじゃねーぞ、コラ!
オッサンのカンフー技のキレは、まるで映画のノリだ。うかうかしてたらチートのはずの俺のほうが押されちまってる。こっちの攻撃も何度かヒットはしてるものの、まるでダメージを食らってないようだ。
俺と同じ【ダメージゼロ】を搭載してんだろう、おまけに隙あらばと例の分解レーザーを撃ってくる。
アレを食らうとさすがの俺もヤバいなんてもんじゃねぇからな。
まだこの"皮"は捨てるわけにいかねーんだよ。俺は二重にポリゴンの皮を被ってる状態だから、最悪、レーザーに当たっても景虎の皮が失われるだけで済むだろうが、そうなると別の皮が調達できない都合、後々不利になる。
なんとかあのレーザーを封じるのが先決だ。
遠慮なしに撃ち続けられちゃ、さすがにこの街のバグが心配だぜ。
オッサンが撃つ度にあちこちのポリゴン画像がえぐられて、無残な虚構の空白地帯を晒し出している。
ちったぁ、遠慮しろや、オッサン!
周囲のクソエネミーも、オッサンはサクッと無視して俺だけ構いに来やがるし!
うぜーんだよ、骨犬!!
スケルトンハウンドに足元を封じられた俺に、おっさんが銃の照準を合わせる。
やべえ、レーザーにロックオンされた!
「さよならだ、日本の"勇者"!」
オッサンの袖元が光る。
瞬間、後ろに迫るスケルトンオーガを背負い投げで前方へ投げ飛ばした。
レーザーは貫通しない!
スケルトンオーガ一匹が盾になって、俺の身代わりに消滅した。




