第三話 謎の中国人Ⅱ
ゲーム本体の自動修正力は念の入った造りになってるが、プレイヤーの方はそこまでじゃない。プログラムの世界だからな、容量の限界ってのはあるわけだ。そんなにリソースを使えないって事情だ。
その為に、ゲーム内でプレイヤーキャラに不具合が起きても、接続のVR箇体のほうで食い止めて最悪の事態には至らないように、VR箇体のほうはバカデカいシステムプログラムの容量を持っている。命の保障だ。
今は、そのゲーム内プログラムとVR箇体システムとの相互干渉の不具合でデスゲームになってるってことで、大前提の安全性がすべてひっくり返ってしまった、という事なんだ。
だから、サーバー暴走なんてのは本当にとんでもない事態って事で、あまつさえとんでもない事態が人為的に作り出されるなんて話は、俺も信じられなかったくらいだ。
とんでもない容量のプログラム群だぞ? それを、弄ってしまえるなんて……ありえねぇだろ。
「君に今、直接で攻撃を当てることは出来ないんだ、残念ながら。」
おっさんはさも残念だとばかりにジェスチュアで肩を竦める。
ここは城壁通路の向こう側で、フィールドは街の外扱い。つまり、おっさんと俺は違う座標上に居る。
だから、俺への攻撃が出来なくて威嚇で壁に穴を開けやがったわけだ。
「こっち来ればいいんじゃん?」
来られちゃ堪らねーけどな。平静を装っちゃいるが、内心は冷や汗だ。来るなよ、おっさん。
こっちフィールドには数人だが、フィールド狩りをしてる他のプレイヤーの姿がある。アイツ等を巻き込むのはちょっとな、遠慮しときたい。
おっさんも、たぶん、こっちの連中にはまだ姿を晒したくはないんだろうと思うが。どっちだ。
中国人らしからぬおっさんは、ふるりと首を横へ振って残念そうな表情を作った。
「お互いに、それは困るんじゃないかな? こちらは秘密裡にしておきたい部分だ、見られたら、コイツの餌食にしないといけない。それに、こっちなら有利に戦えそうなんだ。」
「エネミーどもは俺だけ襲うだろうからな。」
おっさんは意味深に腕をさすって、俺に強迫の言葉を投げた。
「いつまでもそこに居られたんじゃ手出しが出来ない、けど、君だって、いつまでもそこに居るわけにもいかないだろう?」
ごもっとも。
他のプレイヤーを人質に取られてるようなもんだな、まぁ、素直に従う気はないが。
ルシフェルのヤロウと通じてるってだけなら、俺のことを誤解しているはずだ。運営ログを覗けるとかなら、アウトだろうが。俺を見た目通りのヒールと取るか、中二の天邪鬼と取るかで、奴らの持つデータに予測が付けられそうだ。ルシフェル一味は俺をシリアルキラーか狂人かって認識だが、運営ログを見てれば、至って普通の思考だってのは丸解かりになる。
「降りてやってもいいけど、その前に質問に答えてくれよ。まずはアンタの名前と、何者なのか、それから目的とか教えてくれたらそっちへ行ってもいいぜ?」
人質なんざ俺には関係ないという狂った思考を、態度で示して様子見だ。
「一つか二つにしてもらえないかなぁ? まず、こちらの名前だけど、"呈さん"とでも呼んでくれたらいい。君は日本のプレイヤーで、呈さんは中国のプレイヤーだよ。」
フザけたおっさんだ。
見た目通りとも、中二とも、判別のつかない解答で誤魔化しやがった。俺との会話で直接判断しようってことだ、データを鵜呑みにするなら曖昧な返しなんかしないで、いきなり脅しをかけるだろう。
データなんかありません、てカオだ。俺がスパイでルシフェルとの繋がりに気付いている事を知らないのか。
だったら、正規データは覗けないってことか?
ログを見れば、俺がスパイ活動で分身を使ってることも丸見えになるわけだからな。
嘯いているだけ、とも取れる。
「中国にこのゲームタイトルは進出してねーだろ、」
「いいや、中国からアクセスしてるよ。他の仲間はイタリーと、アメリカンだ。国際的だね、ゲームが進出してなくても関係ない、ネットは世界中に繋がっているじゃないか。」
ハッキング対策は取られているはずだ。セキュリティーがどこまで堅固かに掛かってるな、これは。
少なくとも、運営の保管するログデータにアクセスは掛けられていないって見ていいか?
直接俺やルシフェルと交渉する必要もないだろうしな。たぶん、ログは閲覧が厳しすぎるんだ、だからこういう手に出てきている。ゲーム本体とログ管理は別仕様ってのはよくある話だ。
海外の組織か。それで大胆な行動も可能なわけだ。治外法権、国際犯罪ってなら、今さら日本国一つ怖くもなんともないだろうから。そんで、……短期決戦で始末を付けたいはずだ。最大の敵は時間だろう。
ログが残される世界、指一本ですぐさま文書になって言動その他が証拠となってプリントアウトされる場所。
そんな世界での犯罪だ、リアルとはまるで違ったものになる。
おっさんはそわそわと、隠しちゃいるが何か時間を急いている。
少し黙っていれば、勝手に続きの情報を提示し始めた。
「目的は、君と言うバグの排除だ。君に、話の解かる分別があるならまた別の方法も取れるんだが、聞いたところによると壊れかけだという話だったからね。あまり聞いたことのない事例だが、今回のサーバーバグで精神を破損させたんじゃないかな。そういうわけで、強制執行も已む無しということでこんな装備を持ち込んでいるよ。」
「なに? アンタら、海外のNPOかなんかか? お節介だね、俺がイカレてようがどうしようが、アンタにゃ関係ないんじゃねぇの?」
「日本人は善良な人が多いのに、ときどき、いやに攻撃的な帝国主義者が現れるね。隣人として哀しい限りだ。デスゲームに取り残された者は知らないんだよ、君たちの頼りにする日本国政府は今回の事故を収束する力を持たない。ただ徒に時間を浪費し、手をこまねいているだけだ。」
やっぱりね、外じゃ手出しが出来ない状況、か。




