第二話 謎の中国人Ⅰ
「事情は分かったが……それでも、姫香をあれ以上にのさばらせるなよ、ムカついてしょうがないんだ。」
「ああ、解かったよ。少しキツめに言っておくよ。」
ぜんぜん解かってねぇだろ、お前。まるで適当なあしらい方で、秋津に向かって手の平を揺らめかせて。
コイツはもともとそういうヤロウってのは解かってるけど、いや、秋津じゃねぇけどムカつく態度だ。
無意識でやってやがるのかな。
「俺もいちおうは釘を刺しているんだぞ? けど、アイツが聞かないんだから仕方ないだろ?」
姫香に聞かせてやりたいぜ、その台詞。薄情な男だよ、本当に。
ワガママを聞いてくれる、心配してくれる、優しい王子様、が聞いて呆れるぜ。
あの女も、ザマミロとか思う以前に可哀そうになってくるな。やってる事を考えれば、同情の余地なんかないんだけど。このヤロウの為を思ってエグい真似でもやってのけて、けど、このヤロウはそれを利用してあの女を破滅させようと目論んでいる。自業自得、お似合いの二人だ、まさに。
あんな女がどうなろうが正直、もうどうでもいい感じなんだよな。俺も。
好きにすればいいさ。
人の尊厳を踏みにじり、不信を煽って人間関係を破壊して……、エリスやリラや他の連中の受けた仕打ちを考えれば、これは天罰、助けてやる道理もない。助けてやろうという気が起きねぇ。
俺とて、聖人君主じゃないんだ。姫香を救ってやるって方向で物事考えるのがすでに億劫だ。
ルシフェルと秋津は悪企みの相談を切り上げて、雑談に入った。くだらない話で笑っている。
胸中複雑なんだろうが、こんな状況でも人間は冗談を言って笑えるもんなんだな。
俺としても、これ以上は動きようがねぇ。
今の情報をどうするか? エカテ姐さんあたりになら、話しても大丈夫か?
向こうの全員に話すのはさすがに危険だ、動揺させるだけで実はなさそうだし、混乱するだろう。
戻るか。
意識を飛ばす、初めの街、城壁通路の景虎に戻る。
……なんか、憂鬱だな、ため息しか出てこねぇ。
バーチャルゲームの世界。このタイトルは数あるネットゲームのタイトルの中でも、画質が良いって評判だ。
遠くにある山の峰。雲が流れていく空。森は黒く、草原を風が吹き抜ければ当たり前に草木が揺らめく。
そういう細かい演出さえおざなりなタイトルも多い中で、このゲーム世界は架空と現実の境界線を曖昧にするための努力を目一杯に頑張っちゃった稀有なゲームだ。無駄な努力を。
もともとアダルト向けの出会い系ゲームだったから、そうなのかも知れないけど。
鳶が遠く、空を旋回している。
ああ。鳥になりたい。
「なごんじゃってるとこを失礼しますよ、っと。」
突然、声をかけられた。
ニタニタ笑いを浮かべて……て、そのまま表情が変わらないところを見るとそれがデフォっぽい?
棘付きフルスチール系の鎧で全身を固めて、腰に手をあてたポーズ。樽みたいな体型をわざわざ選んでるってのも珍しいってか、初めて見たかも。普通、ソレはないわ。絵に描いたようなオッサン。悪目立ちだろ。
騎士職に見えるけど、見覚えはない。
おっさんキャラだが、本当に覚えがねぇなぁ。有名どころで知らないのは居ないと思うんだが。
雑魚い人かな?
で、笑い顔デフォなおっさんキャラが城壁の下から俺を見上げている。性別が女だったら泣くな。
城壁通路の両側は数センチほどしか高さがないから、人が居りゃ丸わかりだし、俺は座った状態でボーッと空を見上げてたから、丸見えだったんだろうけど。
ダレ?
「おやぁ? 口が利けないんだったかな? そんな情報は聞いてないんだけどな、君、景虎くんで合ってるよね?」
「俺の名前を知ってるって、あんた、ダレだよ?」
警戒のシグナルが派手に鳴りだした。肌が粟立ってやがる。まさか、プロだったりするか?
視線を相手に合わせれば、ステータスを見ることが出来るこのゲームだが。
おっさんのステ欄は開かなかった。だから当然、名前もレベルも解からない。
「そうだね、試合でいうところの"先鋒"って感じかなぁ。」
デフォの笑い顔が微妙に歪む。俺からは、殺気で捻じ曲がったように見えた。プロだ。
俺が勘付いたことは知らせないように、嘯いて答える。
「この街がバグってるって話、聞いてないのかい? 危ないぜ?」
おっさんは、街の内側から声を掛けてやがるんだ。周囲はエネミーだらけ。
何処から入ってきやがった? それ以前に、周囲のエネミーはなんで騒がねぇんだ。
「危険などないよ、大人しいもんさ。認識されなきゃ、何も問題はない。」
大袈裟な身振りで肩を竦める。コイツは、バグ持ちか。いや、プログラムを操作したチートだな。
「そろそろ試合開始といこうか。後がつかえている。」
俺の実力を測っておこうって腹ですか。小手調べってとこだな。
複数の刺客が送り込まれたってことを堂々と宣言するかね、舐めやがってよ。
「第一回戦だ、先鋒戦。用意はいいかい?」
「気が向いたら降りてやるよ、」
こっちは"大将"一人っきりかよ。フザケんな。
やれやれ、そんな感じのおっさんのジェスチュア。そんで、いきなり壁にぶっ放ちやがった。
壁には穴が開き、奇妙な形に歪められ、内部に白い空間が覗く。
バカでかいエネルギー波の塊。こんなの、このゲームの魔法スキルにゃねぇぞ?
てか、詠唱すらしなかったな。ルール無視もいいトコだ。くそったれ。
おっさんの右腕が伸ばされて、こっち向いた鎧の袖あたりになんか筒状のものが見え隠れしている。
チート機材を幾つか持ち込んでるってことか。この世界に存在しない攻撃を警戒しなくちゃいけない。
「これで気は向いたかね?」
おっさんと、奇妙に歪んだ壁のポリゴン断面を交互に見て、最後はおっさんに視線を固定して。
「何しやがった?」
「プログラムをちょっと分解しただけだよ。なぁに、自動修正が効く範囲さ、すぐに元に戻る。」
それって、プレイヤーが食らったら、ひとたまりもないって意味だよな。
ネットゲームは複雑なプログラムによって成り立つから、そうそう簡単に細工は出来たもんじゃない。けど、複雑で人が直接意識を繋げるものであるから、念には念を入れて万全を期している。プログラムに不都合が起きれば、都度に修正がいくようになってる。
サブルーチンの一つ二つが欠けた程度で、ゲーム全体がフリーズするんじゃ安心して遊べやしないからな。だから、世界の修正力は大きく、個人単位で何かをしても緩やかに訂正が入ってバランスはキープされる。
けれど、プレイヤーの操作するキャラとなると、そこまで厳重なシステムは組まれていないんだ。
「じゃあ、降りてきてもらおうか?」
おっさんのあの余裕は、このせいか。




