第十話 外の情報Ⅰ
意識を飛ばしてすぐに見えた景色は赤い絨毯の廊下だ。
秋津の野郎は城内に居やがったらしい。
「秋津、渚が居ないんだが見なかったか?」
立ち止まってるランスに、近寄ってきたルシフェルがいきなりで尋ねた。
渚って、確かあの黒いドレスの女プレイヤーのキャラネームだったか。
「渚なら、景虎の陣営に向かうのを見たぞ。」
おいおい、やけにあっさりと答えたな。ルシフェルのヤロウが露骨に眉を顰めやがった。で、あの黒ドレスの女は逃げた、か。賢明な判断だ、帰ったらよくやったと褒めてやるぜ。
ざまーみろ、ルシフェル。また寝盗ってやらぁ。(悪趣味だね、俺も)
「なぜ止めなかった、」
「姫香に睨まれて、酷い目に遭わされると知ってるのに、か?」
だいぶ険悪になってきてるな、この二人。
秋津は退く気もない、以前なら顔色を見るようなところもあったのに。
「彼女は俺が止める。」
「止め切れてないだろうが。」
睨み合いが少しの間、続く。
堪りかねたというように、秋津がついにボスに噛みついた。
「エリスの時も、リラの時もそうじゃないか! なんであの女をそこまで庇うんだ!? 口に出しては言わないけどな、みんな、忌々しく思ってるんだぞ!?」
身振りまで加えて、激しい口調で秋津はルシフェルに詰め寄るが、ヤロウはあまり堪えちゃいないようだ。
しらっとした顔をして、腕を組んで思案顔になる。
「そうか。……じゃあ、そろそろ良さそうだな。」
なにげに吐かれた言葉が、コイツの場合は聞く者に不安を与えるんだよな。
「なんだよ、お前また何か企んでるのか!?」
「人聞きが悪いだろ、ちょっと来い。」
そう感じるのは俺だけじゃなかったらしい、秋津もあからさまに後ずさりでヤツと距離を取ろうとした。
それをヤロウが引き戻すみたいに腕を取って傍に来させた。
秋津は躊躇している、もう、コイツを信用しきれないんだろうな。
「……お前を信頼している。お前だから話すんだ、来てくれ。」
言い含めるようなルシフェルの台詞。
後は、来ると信じ切ってるかのように、振り返りもせずに一人勝手に進んでいく。城の玄関ホールに向かってるってことは、外へ出るつもりか。
ため息を一つ吐いて、秋津はけっきょく従った。
二人が向かったのは、居住区から少し離れた森林地区だ。ここも、居住区の一画のはずだが、どうやらルシフェルはテントバグの特性を維持するために、わざわざこういうフィールドを作り上げたようだ。
森林公園のような場所でないと、バグは発生しないからな。
てことは、おそらく城の中は密談に向かない……運営にログが残ってしまうんだろう。
ヤロウ、なんでそういう情報まで知ってやがるんだ?
テントに入って、二人は炉を挟んで対面に座った。
「秋津、実は俺は外部と連絡を取ることができる。」
単刀直入で、ルシフェルが言い放つ。……今、なんて言った?
「な、どうして!? どういう事だ!?」
「それを今から話すんだ。」
中腰に、詰め寄ろうとした秋津を片手で制して、ルシフェルは宥めるような声で言った。
「結論から先に言おう。……今回のデスゲームは仕組まれたものなんだ。ある組織が依頼を受けて、ゲームのプログラムを改竄した為に起きた。海藤グループの名前くらいは聞いたことがあるだろう?」
「大財閥の? 日本を代表する世界有数の巨大複合企業だ、それが関わっているのか?」
マジかよ。なんか話がいきなりバカデカくなりやがった。この鯖暴走は、偶然で起きたものじゃなかったのか。けど、何の目的でそんな大企業がこんな陰謀染みたことを?
耳をすませろ、俺。タネ明かしはコイツ等がやってくれる。
「海藤グループ総帥、海藤帯刀には二人の息子が居る。だが、長男は数年前に事故で死んでいて、次期総帥は弟の鳴海氏と目されていた。ところがその鳴海氏が、突然、病死してしまった。一年前のことだ。」
「心臓発作だって、ニュースで聞いた覚えがあるけど……。それが今回のデスゲームとどう繋がる?」
まさかそれまで陰謀でした、なんて言うんじゃないだろうな。
「俺も細部に関しては何も知らない。鳴海氏の死に関しても、色々と黒い噂は流れたようだが、それは後の状況から言われた事だ。よくあるお家騒動、ただ、規模が桁外れというだけだ。」
「そりゃ、海藤グループの総本山ともなれば、当然そうだろうけど。」
疑い出したらキリがない。財閥の内部抗争なんてのは本当に表には出てきやしないけど、相応にエグいもんだって話だからな。ヤクザに犯罪組織、政治や、時には外国の影響まで絡む。
いったい、大財閥のお家騒動とこのデスゲームと、どう繋がってるっていうんだ?
「次期総帥とされていた直系の子供がいなくなった。けれど、帯刀氏には息子たちの残した5人の子供……帯刀氏にとっては、孫が、残されたんだ。海藤家は明治から続く華族の血筋、政財界への影響力も、海藤家自体の財力も桁違いだ。その当主となる者が、そのまま海藤グループ全体の覇者となる。」
「一番の年長者が受け継ぐものじゃないのか?」
「そう。本来なら簡単に済む話だったらしい。5人には、それぞれグループ内で対立する後ろ盾が存在するが、年功序列というかで、一番年上で、なおかつ長男の息子でもある芳人氏が継ぐのは確定と思われていた。内心、気に入らないとしても、波風の立たないところで騒いでも分が悪い、他の擁立者たちも黙って引き下がるしかない状態だった。」
「だった、て事は、なにか起きた? それがこのデスゲームに直接関係する原因か?」
秋津が枝葉を取り払った核心を尋ねた。気が急くな。答えを教えろ、ルシフェル。
「もう一人、強力なライバルが出現したんだ。実は、帯刀氏にはもう一人、周囲に知らされていない隠し子が存在していた。今年18になる少女、三兄妹の末っ子ということだな。」
「帯刀氏の三番目の子供か? とすると、孫よりもその少女の方が遺産相続の権利は格段に大きい?」
ダークホースの登場か。それで、お家騒動勃発ってことか。なるほどね。
「待てよ、18って……、まさか、じゃあ、姫香が?」
「俺はそうだと睨んでいる。」
「凄いな! じゃあ、救い出せば、本物の英雄だぜ。」
「ところがそうはいかない、」
「え?」
「接触してきたのは、帯刀氏じゃあないんだ。」
どんでん返しだ。なに? ちょっと、待て。情報を整理させろ。
ええと?
海藤帯刀氏については、齢80を過ぎて第一線を退いたって話くらいしか知らない。
で、5人の孫が、その後継として名が挙がっていたわけだな。それぞれのバックには対立する後ろ盾もある。
そこへ、突如、ダークホース……死んだ兄弟の末っ子が現れた。相続順位は第一位のはず。
無理に抑えていた相続問題、派閥抗争が軒並み火を噴く事態に陥った、てなところか。
そして、ここが肝心なんだ、ルシフェルに接触してきた連中は、帯刀氏の勢力じゃない。
恐らくこのデスゲームを仕組んだ連中って事だろうが、それは姫香の……ダークホースの存在で窮地に陥った誰か、てことだ。
けど、姫香は第三銀行頭取の娘って触れ込みじゃなかったか?
どうなってる?




