第九話 女の嫉妬Ⅲ
城の中へは正面玄関からまっすぐで突っ込んだ。
遠慮する必要、皆無。
「景虎!? やめて、ここは貴方の来る場所じゃないわ! 入らないで! 出てって!!」
姫香が素手で掴みかかってきやがった。
なんなんだ、この女。イカレてんのか? 目を吊り上げて、まるでキチガイだ、俺の服を掴んで滅茶苦茶に揺さぶりをかけてくる。
「入らないで! ここはルシーの城よ! 貴方には相応しくないわ! やめてー!!」
うるせぇ! 片手でしつこい女を弾き飛ばした。
「きゃあっ!?」
「痛ぁ、い、」
もんどりうって倒れた姫香が、わざとらしく腕をさすってやがる。か弱い女のフリをする。
知るか。お前の正体は残念ながらもう解かっちまってんでな。可哀そうとも思わねぇよ。
舌打ち一つ残して、そのまま城へ突入。中でもかなりの抵抗を受けた。
さすがに不平不満の下層連中とは違う、こっちに来てる連中は強い上に根性も座ってやがるから、俺に殺られたらヤバいなんて程度じゃ、怯えはほとんど見えない。死ぬことが怖いなんて感じるマトモな人間は廃人にゃ近付けないからな。
城の内部を駆け抜ける。玄関ホールは三層ぶち抜きの荘厳さだ。
一階。中央を大きな通路が通り、等間隔でそれより少し狭めの通路が伸びる。床は毛足の長い濃厚なエンジ色をした絨毯だ。まるで血の色を思わせる色だ。それに相応しい曰くも持ってる城だからな。
天井にも等間隔のシャンデリア、最初は気付かなかったが細かな装飾が施され、金の彫刻が入っている。
まぁ、姫香のセンスはかなり良いと認めざるを得ないところだな。
一つ一つの横通路にまで調査を入れてる余裕はない。恐らく、最初に見たのと同じで幾つかの小部屋がある。
目的はそれじゃない。
中心あたりか? 急に視界が広がり、三層ぶち抜きのホールがまた現れた。ホールの中央には泉と噴水。上は天窓でドームになっている。明るい中庭兼第二エントランスだ。
なるほど、こうなってんのか、正面から群れでプレイヤーが殺到してんのが見えた。今は構いたくねぇな、Uターンで逃げちまおう。
再び玄関ホールへ戻るまでに数人を双剣で斬り捨てた。上階も調べておきたい、玄関でまたUターンだ。
建物は三階建て、階段は広くゆったりとした段差でスロープになり左右の壁を大きくカーブして上階とを繋ぐ。三人が横並びで歩いても通れるだろう。
二階へは階段の段差を無視して一気にジャンプ、ここは正面玄関を起点にぐるりと内部を一周する形で廊下が通っていた。横通路はなく、いきなり左右に扉が等間隔にある。三階も同じ造りだ、そんで、正面玄関ロビーが吹き抜け状態で三層を繋ぐ。中央の噴水の場所は、上層の廊下からじゃ行けないらしい。三階から一階へ飛び降りた。
簡単な造りさえ解かりゃそれでいい。
戻った一階中央廊下。噴水より奥、突っ切って走った一番のどん詰まり、そこにあるのは一際大きな両開きの扉だった。
ここだろ、たぶん。
そして、脚で蹴り開けた扉の向こう側にあったのは、お目当ての場所、大広間だった。
よっしゃー、これで目的は果たしたも同然、解かりやすい造りにしてくれて感謝するぜ、姫香。
ここへ向けて進撃すりゃあいいってことだ、大人数での戦闘が可能な、城内唯一の場所。
御誂え向きに、広間は壁を隔てた向こうが庭と来てる、いちおう、実験しといてやるか。
装備を剣からナックルへチェンジ。
「うぉりゃ!」
掛け声一閃、壁に向けてナックル装備の拳を叩きつけた。
派手な音響と共に大穴が開く。吹っ飛んだカケラが庭に向けて飛び散った。散弾銃みたいだな。
よし、OKだ。壁の向こうの庭とは地続きの同じフィールド扱い、戦闘の際にはこっちも考慮に入れていいってことだ。
さらに庭から外の居住区内へ出られるかを試したが、これは無理だった。
城は庭園含めて敷地全部が一つのフィールド扱い、つまり、壁をぶち抜きゃ戦闘用フィールドがどこでも確保可能ってことだ。庭の木々は二段植えで奥の列が通過禁止オブジェクト、境界線だ。
偵察完了、じゃ、引き揚げるとするか。
ぐるりと周囲を見回して、ふっと、誰もそこに居ないことに気が付いた。
お? 奴等、俺を見失ったらしいな。喧騒は遠く聞こえるが、俺を探す怒鳴り声ばかりだ。ちょうど俺も城の側面あたりの敷地に居るからな。いつまでも中を探したって無駄だぜ。
……しめしめ。
さっさと景虎を脱いで、俺はスライムへ戻る。
庭の木々に紛れて、安全圏を確保すりゃあ、もう少しの間くらいはスパイが出来そうだな。
緑の木々に青いボディを溶け込ませるなんてのは、さすがに不可能か。カラフルすぎんだよ、このスライムのボディは。綺麗な色の青。緑一色に近い庭の景色じゃ浮きすぎだ。
どこか保護色になる場所を探さねぇと……。
そこで俺はピンときたね!(さすが冴えてるぜ、俺。)
俺のボディカラーと同じ、綺麗な青色のペイントをされた箇所があるんだよ、この居住区には!
ずばり、アメリカンな家々のカラフルな屋根だ! 俺と同じライトブルーな屋根に貼りついてれば、ちっとやそっとじゃバレやしねぇ……! ボンクラどもは気付くはずもない、完璧な作戦じゃねーか、我ながら!
そうとなればさっそく青い屋根に載って、身体を薄く延ばして、と。
ふはははは、忍法、雲隠れの術パート2!
よっしゃ、あとは意識を姫香か秋津に飛ばして……、
「景虎はどこだ!?」
「いねぇ! ちくしょう、あの野郎、何処行きやがった!?」
へっへっへっ、ご苦労さん、せいぜい徒労を重ねるがいいぜ。
「屋根だ! ヤツは青いスライムだ、きっと青い屋根のどれかに紛れてやがるぞ!」
うげ!
「登れ! 屋根に上って、歩けば野郎をふんずける!!」
バカばっかりだと侮り過ぎていたぜ! こ、こんなに簡単にバレちまうとは!(やりおるわ……!)
こっちに来る前になんとか……、お。
「居たか!?」
「いや、居ない!」
「ちくしょう、何処消えやがった、あのクソスライム!」
……お前の足元。
いやぁ、池のあるお庭ってステキだね。
水草の影に隠れて、じっとしてりゃ、こりゃバレっこねーわ。
バグ以前に、スライムは水中とかまるで関係ないからな。知らないヤツ多いけど。
「景虎がダンジョンフィールドに現れたらしいぞ!」
誰かが叫んだ。
「追え! 今なら追いつく!」
「ヤロウ、舐めやがって、逃がさねぇぞ!」
「ちくしょう! ぶっ殺してやる、あのフザけたスライムもどきがよぉ!」
すんげぇ激怒してんな、皆。
まぁ、自分の本陣荒らされて怒らないヤツが居たら、見てみたいとこだが。
足音と喧噪が遠ざかる。
どこからか、ガセネタが涌いて連中は出ていったようだ。
さて、ようやく騒動も収まったところで、情報集めの再開だ。
まずは……秋津。
連中と一緒になってヒートアップでダンジョンに飛び込んでんじゃねーぞー?




