第七話 女の嫉妬Ⅰ
急がないとヤバい! あの女どもは恐らく待ったなしだ、一旦立ち止まって考える事さえなしにいきなり行動に出るぞ。姫香のほうでも知っててチクりやがった。
もともとストレスのはけ口を探していたところだ、渡りに船って程度のモンで、正義なんてもんは最初から伴っていない、けど構いやしない。女ってのは、そういうところがある。男よりもストレートだ。肚が座ってんだ。
姫香のやり方は、これまたエゲつない手法だ。
女どもは、自分を正義だと思ってやがる。姫香を中心に、アイドルスターの親衛隊気取りでルシフェルを祀り上げて、自分たちを正当化してやがる。結束を乱す者を悪として断罪するわけだ。
自分たちがルール。外部の意見も、憲法も、何も関係ない。
あのヤロウに絡めりゃ、どんな悪事も正義に変換される。この無駄な城も、その為の搾取も、凄惨なイジメも、何もかも。あの女どもにはそれは"正義"なんだ。団結した仲間、同じ価値観の者だけを信じているから、そこから外れたモノは全て異質で、自身には当て嵌まらないものと認識する。内輪だけで完結させてる。
普通の人間が変貌する。価値観が、麻痺していくことで出現するモンスター。サイコパス? 違うね、生まれつきでおかしいヤツより、後からおかしくなったヤツの方が凶悪だ。
正直、ルシフェルの洗脳よりもタチが悪いぜ。ナチス・ドイツか共産主義か、てとこだ。
突出した一人のカリスマが存在すれば、カリスマ本人が動かなくても、否定さえされなきゃ成り立つ、取り巻きの共同体による支配形態。姫香本人にはまるでカリスマ性が無くても成立する。
意識を再び飛ばして城壁通路の角で目覚める。飛び起きて、走った。
エネミーを掻い潜り、街を突っ切って、そこからさらにフィールドを走って……ええい、もどかしいな!
フィールドチェンジで風景がガラリと変わる。居住区へ入った途端に、見張りと思しき二人と出くわした。
「うわ! か、景虎が!?」
「敵襲、敵襲ー! 景虎だー!!」
すまんね、今はお前らに構ってやれねぇ。
気まぐれで攻め込んで来たってことにしといてくれや、ルシフェル。
悟られないよう注意しないとな。滅茶苦茶で暴れ回ってりゃ、女どももイジメてる場合じゃなくなるだろ。
敵が増えてくる、造園予定地に入るころには群れなす人々の波が出来ていた。
こういうの見ると、勝手に血が沸騰するよな。
「ヒャッハー! いいね、どんどん来な!」
あれ!? 俺、無意識にヒャッハー言ってんじゃん!? なつきのオマケども、すまん、お前ら正しかった。
「景虎ぁ! 単独で来るとはいい度胸じゃねぇか!!」
「追い返せ! ヤツの好きにさせるなぁ!!」
まずは素手で相手してやんぜ。殴ると死ぬからな、投げ限定だ。
斬りかかってきた一人の剣先に沿うように腕を伸ばし、そのまま手首を捕らえた。どうするかって、もちろん、このまま振り回すんだよ。おら、ジャイアント・フル・スイング!
「うわぁ!!」
手首を放したソイツがぶっ飛んでった。
二、三人が巻き添えで激突して転がってく。向かってくる人の波、勢いは止まらねーな。
怒りのボルテージが上がってく。今、こっちに居るのは曲がりなりにも上位の連中、それぞれ矜持持って強さを自負してる奴等ばかりのはずだからな。前回のように総崩れってことにはならないだろう。
ヤロウも欲張らなきゃ、コイツ等率いてさっさと脱出戦に掛かってれば、勝てるだろうに。ままならないもんだな、人間ってのはよ。
「なにしに来た、テメェ!?」
「何って、挑発に決まってんだろうがよ!?」
思い切りバカにした良い笑顔を作る。
お前らがこっち陣営無視って出てくことは負けなんだと印象付けて足止めだ。
マジでバグるかも知れないからな、出てく時は一緒がいい。仲良くやろうや、なぁ?
適度に暴れて、場所を移動しながらあの時の女を探す。
どこだ? あの女ども、ちゃんと顔とか憶えとけば良かったぜ、誰が誰だか解かりゃしねぇ。
造園予定地の中を移動しながら、散発的に戦闘をこなし、奥へ移動していく。あまり長居は無用だ、ぐずぐずしてたら目的があると疑われちまうしな。
くそっ、あの女ども、どこなんだ!?
どの女プレイヤーも、ぜんぶ、あの時の誰かに見える!
城の横手から奥に向かっては居住区の家々が立ち並ぶ。家の横の通路を適当に走り回る。
迷子になりましたーっ、なんてな。顔が焦ってるから、意味ないかもな。
「ちっくしょう、出口何処だよ!?」
わざとらしかったか?
俺は突然目の前に現れた光景に、身を竦めて立ち止まった。
なんだ、あれ。
死体かと思った黒いドレスがもぞもぞと動いた。……よかった、生きてたのか。
一見すると、大したことはないのかとも思った。後ろ手に縛られたあの時の女プレイヤーが地面に転がされてただけだ。手足の自由を奪われて。それで、こんな場所じゃ大した拷問なんかは無理だと甘く考えた。
女は転がったままで呻き声を上げて、それで不審になって、よくよく見直して気付いたんだ。
舌の中央に、なんか、刺さってる。
痛みに耐えて、女は涙を流しながら、舌を引っ込めることも、口を閉じることも出来ずに息を吐き出していた。
「あ、ぁぁ……、」
駆け寄ってみて、刺さってんのが食事用のナイフだって事が解かった。
なんて酷ぇ真似しやがる。
必死に伸ばした舌の真ん中あたりに、血濡れた銀色のナイフ。




