第六話 パズルのピースⅢ
「ところで、秋津さん。ルシさんに何か用事があったんじゃないんですか?」
一人がなにげに思い出した様子で、そう尋ねた。
聞いて初めて、奴も思い出した感じだ。
「ああ、そうだった。いや、大した用事じゃないから、また後にするよ。邪魔して悪かったな。」
軽く会釈して、その部屋を出た。
そんで、独り言だ。
「そうか、今度は姫香とか。お盛んなことだね。」
呆れられ気味なのは、こっちでも一緒らしい。
秋津はほうぼうを一通り回ってから、城の外へ出た。
件の庭園は敷地だけで、造園のほうはまだ全然手つかずって感じだ。土台だけしかない。
ぽつん、と噴水だけが正面に鎮座しているのが見えた。
「こんなモンの為に……、」
そこまで呟いて、秋津は口を閉ざす。
ヤツは庭園に目を向けたまま、俺は視界をぐるりと回して背後の城を見る。
白亜の城。怨嗟の声が聞こえてきそうな、壮大なスケールの建物だ。
拡張工事が続いてるって事は、姫香主導での搾取はまだ続いてると見ていいんだろう。
徴収できる相手が少なくなったからな、どういう手に出るか。
そもそも、ルシフェルと姫香では物の観方から違っていそうだけど。
ルシフェルのやつは此処、ゲーム世界には完全に見切りを付けていると踏んでんだが、姫香の方は逆に、まるで此処にずっと居るつもりのようにも見える。……混乱するはずだよなぁ。
最初はぜんぶがあのヤロウの思惑で動いてんのかと思ってたからな、どうにもチグハグで妙だと思ってたが、姫香との二重支配ってことなら納得だ。ヤロウにすりゃ、姫香の協力は必要だろうし、譲らなきゃ仕方ない部分なんだろうが。
そしたら、あの女はどうしてあそこまでの権力を得てるんだ、て話だな。
ルシフェルなら解かる、口の巧さと頭の回転の速さ、それを洗脳紛いで最大限に生かしている。
あの女がどうやって人心を掌握したのかが、謎だな。
本来なら、このままコイツに貼り付いといてあのヤロウと接触すんのを待ちたいとこだが。
どうせ密談すんのはコイツとに決まってるし、ログの取れないテントを利用するはずだから、必ず出てくるとは思うんだが。ヤロウは焦ってるはずだ、計画はズレ込んでいるだろう。
そろそろ何らかの指示を出すと踏んでんだが……あの女の動向も気になるな。ちくしょう、身体が二つ欲しいぜ。
こっちも制約が掛かる。情報は常に選択されたものだけだ。
今、この瞬間だって、ヤロウがあの女と枕詞で交わす密談を俺は知ることが叶わないんだからな。
こっちにはリーダーが二人居る、先手を取るのは難しいぜ。
姫香にチェンジしてみるか。(幾ら何でももう終わってんだろうし。)
気になるのは、あの女がどういう手法で人々をまとめ、操っているか、だ。ヤロウのようなカリスマは無いしな。なにかやってる。やってるはずだが、想像が付かない。
意識を飛ばす、城の中なら一つ区画を挟むだけだ。すんなりと見える景色が変化した。
お? 城の中じゃないな、ここ。裏手か。そんで、会話が耳に入ってきた。
最初はぼそぼそと聞こえないくらいの雑音みたいなボリュームで始まるんだ。リンクの都合だとは思うが、だんだん発声がはっきりして、映像よりテンポ遅れで音声も通常の状態に戻る。まぁ、瞬間ってくらいの時間だが。
リンクを繋ぎ直してるってのが丸解かりだからな、実際のとこ、俺もかなり心的ストレスが掛かるんだ。
このまま途中からバグり出したらどうしよう、なんてのは、誰でも考えるだろ。実はヒヤヒヤもんだ。
街にせよ、システム面にせよ、俺自身にせよ、最初に派手なバグり具合を見せただけで、後はピタリと止んでるってのも、考えて見りゃおかしな話なんだけどな。
普通は、ここまでバグれば連鎖して他でもバグが多発していくはずなんだが。
妙に、ご都合な気がしてならない。なんか不自然だしな。
外のことは、中からはまるで解からんから、どうしようもないが。
「あの泥棒猫に思い知らせてやりましょうよ、姫香さん!」
雑音がきちんと変換された。ようやく聞き取れる程度になって、最初に耳に飛び込んできたセリフだ。
「ダメよ、彼女は攻略組のメンバーだもの。」
姫香が毅然とした態度でぴしゃりと言った。
よく言うぜ、本当に駄目だってなら、わざわざチクるかよ。
「でも、姫香さん、」
「彼女が何を言ったのかは知らないわ。ルシーは困ってた、わたしが急に部屋へ行ったから悪いの。彼、きっと罪悪感があったのね、ごめんって言ってたわ。」
絶妙のタイミングで、姫香の声は涙声に代わり、手が挙がるのが見えた。涙を拭くんだろう。
俺からはこの女を取り囲んでいる複数の女の表情しか解からないが、女どもは同情の表情を浮かべ、すぐに怒りの表情に変化させた。怒りとないまぜの、嫉妬心。
女たちが互いに目配せをしあう。
そして、姫香には勤めて優しい顔と声を作り、安心させるような口調で言った。
「心配しないでください、姫香さん。わたしたち……そんな酷いことはしませんから。」
する気満々だよな、女たちの笑顔は目が笑っちゃいねぇ。
人間、責める理由がある時にはその残虐性はMAXにまで容易に跳ね上がるもんだ。
あの時の女、危険だな。一旦景虎に戻って、直接で殴り込みかけるしかねぇか。
知った以上は、放置はできねぇ。
「お願いよ、皆。皆の気持ちはすごく嬉しい、けど……酷い事、しないであげて。」
ふん、お優しいお姫様、か。言葉巧みに女どもをけしかけやがった。




