第四話 パズルのピースⅠ
しっかし。近けーよ、ゲロりてぇ近さ。
なんだって俺が、大嫌いなこのヤロウをこんな間近で見てなきゃなんねーんだよ。ティアラの話題なんか出しやがって、バレたかと思って一瞬ヒヤッとしたじゃねーか。
ヤロウはおそらく、姫香の言葉になんぞ耳を傾けちゃいない。まったく聞いちゃいねぇ。
もう、頭の中はヤルことだけだ。男ってのは難儀なモンでさ、そこに女が居る、"穴"があるってなると、入れずにはおけねぇんだよな。パズルみてたらウズウズすんのと何も変わらねぇ。
女って、男にとっては1ピースだけ外れてるパズルなんだ、自分の持ってるピースを嵌めたくなる。
女をパズルと、モノと思って見てるわけじゃないんだ。ただ、女ってのは凄い数のピースが嵌ったパズルみたいなもんで、ひとつひとつのピースの形はどうなってんだろうとか、いったい何ピースあんだろうとか、ピースひとつひとつに景色があって、意味があって、なんていうか、女って生き物は不思議だ。
さっきの台詞。
引っ掛かる言い方をしたのは、きっと、何か言いたいことがあったはずだが、女の方でも子宮に頭を乗っ取られちまって、なぁなぁだ。
子宮になっちまった女は、なんていうか、生臭い存在だ。パズルだった時の神秘性はどこかへ成りをひそめる。あとは生臭い男女の嬌声にすり替わる。
「可愛いよ、姫香。」
「いやぁ……、あんまり見ないでぇ。」
視点が逆ならまだ耐えられたんだが。ヤロウの頭しか見えねー今の状況はなんのコメディ映画だ。
やってらんねー。くそ。……帰りてぇ。
フィールドチェンジしてくれねーと戻ることも出来ねーし。拷問だわ、他人の濡れ場とか。
ああ。ここは地獄也。
ちっと危険だが、ランスの野郎にチェンジしてみようかな。カケラからカケラへの移動ってのは、実はまだ試してないんだよな。なんせ、失敗したらそれでアウトな状況なモンで、迂闊に実験紛いのことなんざやれんのよ。もし、移動に失敗したら、ヘタすりゃ俺は永遠にプログラム内をループするわけでさ。
確実に、実証済の事柄の範囲内、あるいはリスク覚悟で実験して、その結果を踏まえた行動範囲内だけが、ゲーム世界で動ける範囲になるんだ。
デスゲーム状態ってのは、リセットがない。リアルと同じ、失敗したらそれでおしまいって世界だ。斬り合いで殺し殺されても死にはしないけど、目新しいことやって失敗すりゃ、死ぬ。
ごっこ遊びで使ってる拳銃はゴム弾だ。けど、たまーに、実弾が入ってる。
姫香がアンアン言いだした。
もういい、俺はこの地獄を耐えるよりは、死の危険に挑むぜ!
ちゃんと城の中に居ろよ、ランス! チェンジ!
浮遊感。そんで、一瞬後にはもう別の景色だ。
視点の位置まで変わっちまうから、違和感に慣れるまでが結構大変だったりする。今までは姫香の頭部装備の位置で、いきなりランス野郎の武器装備の位置へ。槍の持ち手付近に潜んだから、視点は腰あたりで低い。まぁ、コイツが城の中まで武器携帯しててくれて助かったわ。
しかし、カメラ位置が急に変わるとほんとやりにくいよな。
「ルシのヤツ、何処へ行ったんだ?」
きょろきょろと部屋の中を見回して、中に居た奴にランスこと秋津は尋ねた。
なんか、あのヤロウの事を探してるらしいな。
「あ、秋津さん。ルシーさんなら、姫香さんと奥に……。」
下卑た含み笑いを瞬時に浮かべて、そのプレイヤーが訳アリなあのヤロウの状況を仄めかす。
秋津は顔をしかめた。
部屋は、なんの目的か正面が鏡張りでドアから覗く秋津の姿は丸写しだ。さっき姫香が居た部屋とは違い、華美な装飾は何もない殺風景な部屋だ。赤レンガの壁がむき出しでドアに対面で壁一面が鏡になっている。
中には数人のプレイヤー、いずれも男だ。ソイツ等は武器を手になんかしてたらしく、全員がドアの方へ顔を向けている。
「それより秋津さん、俺のフォーム観てくださいよ。どっか、バランスが悪いみたいで、テンポがズレるんですよ、なんとか治りませんかね?」
一人のプレイヤーが剣を構えて、鏡に自身を映した。背中で秋津に問う。
「無理はするなよ。どうもリンクがズレ始めてるらしいんだ、ログアウト出来ない影響かも知れん。」
「え、それって大丈夫ですよね……?」
秋津の返事を聞いて、場のプレイヤーたちの声が急激に沈み込んだ。
俺達の側で起きてた問題はやはりこっちでも起きていた。俺が調整出来たから向こうじゃ大した騒ぎにはならなかったが、こっちはこの問題をどう片付けるつもりかね。
ずいぶん、こっち世界にも慣れちまったように見えるが、それでも皆、本心は不安でどうしようもない。普段は意識して忘れるようにして、ようやく平静を保ってるだけだ。どいつもこいつもが、ヘラヘラ笑ってるけど、本当は、怖くてしかたない。いつ何が起きるかも知れない世界に閉じ込められてんだからな、そんなの、当然だ。
打つ手がないはずのこっち陣営。ルシフェルのお手並みはどういったもんかね。
場合によっては、取引のカードに使えるかも知れないな。
急激に空気が嫌な具合に沈んで、フォローでもするかと思えば、秋津はさらに深刻度を増すようなことを話しだした。
「脅すつもりはないんだが、本当によく解からない状態なんだ。戦闘時には特に敏感に感じてしまうんだが、確かに何かがズレてきているんだ。プレイキャラとのリンクなのか、プログラムの誤差か、原因は解からない。」
「どうしたらいいですか、秋津さん、俺達……、」
質問したプレイヤーは半泣きだった。
このプレッシャー、じわじわと寄ってくる死の恐怖、きっと外の連中には想像も付かないよな。
「早く向こうの連中と合流しましょうよ、早く攻略戦を始めないと……!」
「そうですよ! 何が起きるかも解からないのに……もう待てませんよ!」
こっちじゃどうしようって腹なのか、その辺りが聞けそうな流れになったな。
「連中は連中で勝手に攻略するだろうから、もう、放っときゃいいじゃないすか!?」
「駄目だ。あの街はバグってる。攻略戦から脱出までは、ほとんど賭けだ。あの暗黒竜を排除しても、それで本当に全員が脱出出来るかどうかも解からない。何も信用出来ないのが現状だ。」
焦るプレイヤーたちを、秋津はぴしゃりと抑えた。
そりゃそうだ、焦って突っ込んでっても、ロクな結果にならない。
「そ、それは、確かに。」
「ルシが言ってたろ、現状はバグだらけ。何が正しく機能してるかさえ定かじゃない。もしかしたら、一度目の脱出だけが有効で、後は完全にバグって魔法陣は機能しなくなるかも知れない。」
秋津の言葉に、全員が沈黙した。
最悪のケースも想定して、出来る限り、最良の選択を選び取らねばならない。全員脱出を目指すのもその為だ。最初から低く見積もった志じゃ、結果はもっと下になる。
正しく状況を把握し、幻想を捨て、希望的憶測などに惑わされないように。さすがにルシフェルのヤロウも、その辺りは心得てるようで安心したぜ。
秋津が動揺するプレイヤーたちを睨み回して言った。
「俺達は、向こうを合わせてもたったの1000人なんだ。たったの、1000人しか居ないんだ。生き残るためには、よくよく考えて行動しなきゃならない。助けは来ない。外なんか、もう頼りになるもんか。」
そうだ。俺達はおそらく、リアル社会から見捨てられている。
どうしようもないと、匙を投げられている。
見捨てたくて見捨てたわけじゃないだろうが、打つ手なんてのもないんだろう。
そんで、外の連中は片隅で俺達を斬り捨ててる。何億という人類のうちの、たったの1000人。




