第一話 魔王城Ⅰ
さて。俺がやるべき事を奇しくもなつきが代わりにやってくれたわけで。
俺は当面、暇になったな。
どうしようかね……。
姐さんにお誘いかけてみるかな、ちょっと脈アリみたいな態度だったし。
いや、その前にゲスヤロウの陣営を偵察すんのが先か。
本当なら、向こうの陣地へ出向いてって、地続きの場所からカケラを操るのがいいんだが……。
リスクは仕方ない。まずはあの女どもの一人にくっつけたカケラを操作して、待機組を仕切る連中の誰かに移動しないとな。下っ端じゃない、出来れば姫香の側近あたりがいいんだが。
スライムのままフィールドの隅に来た。同じスライムが攻撃してきやがった。
体を膨れた餅みたいに変形させ、タコの頭みたいな突起を振りかぶってアタックしてくる。一発殴るといったん縮んでまた膨らんで……反撃で触手伸ばして叩き潰してやった。プルプル震えて消える。
こっちのフィールドは雑魚とはいえ、敵エネミーが沸きやがんだよなぁ。どうせダメージはゼロだから死ぬとかのリスクはないが、エネミーが群れてりゃ嫌でも人目を引くからな。
以前より、確実にスパイはやりにくくなった。
あ、そういえば雑魚の沸かない絶好の場所があったんだっけ。城壁通路。
そうとなれば急いで移動だ。
城門に突入、群れ襲ってくるエネミーを無視してトレイン、教会敷地から正常な街フィールドの一帯を抜けて、城壁通路へ移動。適当なロケーションの地を選んで待機、よし、これで意識を飛ばせばOKだ。
エリス同様の特殊な形状の鎧を纏っていた女プレイヤーにくっつけておいたカケラに意識を移す。
ちょうど良くフィールドに居てくれたようだ。
まぁ、いざとなりゃカケラを切り離して、ミニスライムの状態で逃げだしゃいいだけなんだけども。
そうなると、バレて二度とスパイが使えなくなる危険性のが高いんだよな。
便利なだけにずっと使い続けたい。
そうそう、ヤロウは最近、こっちに城を構えやがった。
居住区には家を建てられるんだ。自分の好きなデザインで。
そのためには土地を購入する必要があり、金額しだいでどんどん広く出来る。建物以下オブジェクト設置もすべて金が必要だ。
小さい一軒家を建てるだけでも中堅プレイヤーが苦労するって程度には金がかかる。小さい家から三段階で豪邸になり、豪邸もどんどん大きく出来て、最終は城になる。小さい家一軒で約100万掛かるって言うから、相当な金額だ。
総額で何十億というゲームマネーが流れ込んだはずだ。
周囲の土地を買収しないといけなくなるし、そこに住民が居れば掛け合うなり勝負仕掛けて落札するなり、他の土地を入手してトレードするなり、とにかくゲーム内通貨をじゃぶじゃぶ使わないといけないシステムだ。
普通はギルド単位で土地買収ゲームから始めて、気長に城を目指すって感じなんだが。
ヤロウは一足飛びでいきなり城にまでしやがった。
つまり、プレイヤーから徴収した膨大なアガリで建てた城ってことだ。
ルシフェル組総本部会館とでも呼んだほうがしっくりくるよな、ヤクザと変わりない。
内部はどうなってんのかは知らない。分身で移動すんのはリスクが高すぎるってことで敬遠して、ランスの野郎が城へ向かうたびにリンクを切っていたからな。
だが、今は実験済みだ、戻れないだけでカケラのコントロールに問題はない。
この女はどうやら単なる下っ端だったようで、行列従えた姫香の、その行列でも後方の位置でしかない。
せいぜいクソ女をチヤホヤと褒めたたえる程度の使えないプレイヤーだった。さっさと移動するか。
姫香が一人になる隙を見せれば、話は早いんだがなぁ……。
残念ながら、ゲーム世界には排泄処理なんてものは最初から実装されていないもんで、トイレに立つなんて事はありえない。つまり、『絶対に一人にならざるを得ない機会』ってのが存在しない。
だから、俺がこういう形で直接スパイ活動が出来ることは秘密にしておきたいわけよ。バレたら警戒されて色々と手を打たれるだろうし、悪くいきゃこっちが罠に嵌められかねんからな。
行列をぞろぞろと引き連れて、姫香はまるでお姫様の扱いだ。そのまま通りを練り歩き、城へ向かっている。
城は、威容を湛えて、それだけ見ればセンスあるデザインなんだが。内訳を知ってると魔王城としか見えねぇなぁ。白亜の城。シンデレラ城とか、ファンタジー映画とかで出てきそうな、乙女チックなデザイン。
いや、シンデレラ城の元になったドイツの城をそのままパクッてんだろうなぁ、て感じだ。
城の、御大層な正面玄関ホールを抜け、真っ赤な絨毯の敷かれたやたらと長い廊下を進む。
天井にはシャンデリアが煌々と輝き、闇と光のコントラストがいかにもな中世風を演出する。
広々とした廊下、両側に両開きの重厚な扉が等間隔で並び、スケールの大きさを想像させる。よくもまぁ、こんな無駄なモン建てたな。敗走する前から作ってたのは知っちゃいたが。
「姫香さん、エリスの件はどうします? あの淫乱女、まんまと景虎を誘惑したみたいなんですけど。」
「気にしなくていいわよ。こっちにはあの子の友達がまだ残ってるんだから。いざとなれば、あの子を条件に戻ってこさせればいいわ。」
あん時に見たもう一人の女か。あの子も相当ひどい目に会ってると見てよさそうだな。
「あの二人、険悪になってたから、どうですかねぇ?」
「友達って、そんなものじゃないのよ? 喧嘩別れしても、心のどこかで気に掛けているわ。こっちで彼女たちは肩身の狭い思いをしてたでしょう? なんか、イジメられてるなんて、勘違いしちゃって。気にならないわけないわ。だって、友達じゃない、わたしなら助けたいと思うわよ。」
「さすがは姫香さん、わたし気が付きませんでした! イジメられてなんていないのに、勝手に僻んじゃって、嫌な感じってくらいにしか思ってなかったです!」
「姫香さんはやっぱりすごい人だわ、気配りも出来るし……なんて優しい人なんでしょう!」
「そんなことないわよ。皆だって気付かなかっただけで、今はそう思うでしょ?」
なんだろう。この気色の悪い感覚は。ぞわぞわしやがる。
なにをこの女どもは笑ってやがるんだ? 自分がイジメやってるくせに、自覚してるだろうに、なんで他人がやってて同情してるみたいな言い草なんだ? 意味解かんねぇ。
「姫香さんを裏切るなんて、恩知らずな女ですよね。せっかく、姫香さんが庇ってくれてたのに……、何かにつけて助けてもらってたくせに、忘れてるのかしら?」
「いいのよ。バカな子だから仕方ないわ。自身も顧みずにルシーに近付いて……皆が反感持ってるくらい、気付けばいいのに。ああいう、協調を乱すようなお馬鹿さんは、自滅するしかないのよ。」
さりげなく取り巻き連中にも牽制かけやがった。まぁ、クソはクソなりに理屈は通ってるわな。
てか、このクソ女、実は頭良いんじゃねぇか。いや、普通レベルの考え方も出来るのかよ。
よほどのバカ女だと思ってたぜ。
「これから大事な用事があるの。皆とはここでお別れね。お疲れ様。」
「はい、姫香さん。じゃあ、これで。」
「さよなら姫香さん。今日は楽しかったです、それじゃ。」
お、姫香のやつ、人払いしやがった。ラッキー。
城の内部まで入ったのは初めてだが、会話から察するに、頻繁に行う行事のようだな。その度に人払いもしてるらしい。一人きりで、何を日課にしてるって?
女から離れる。廊下の影に潜んで様子を窺ってみた。どこへ引っ付いてやろうかねぇ。
服……は、ヤバそうだな。以前見た服と違う、取っかえひっかえしてる可能性が高い。武器なんてのは、最初から出してもいやがらねぇ。頭のティアラ、イベント優勝賞品のヤツか、これは前も見たな。とんでもないレア装備で、サーバーでも数えるほどの人数しか持ってないはずだ。
見せびらかし装備なら、おそらく外す予定はないだろう。
するすると壁を伝い天井のシャンデリアに紛れる。タイミングが肝心だ、体をひらべったく伸ばし、後ろから滑空し、気付かれぬようにティアラの上に舞い降りた。そのまま同化。
思わぬとこで、最良のスパイターゲットに近づけたな。




