第十話 裁判Ⅳ
「景虎。俺は、正直、お前のやり方ってのは生ぬるいんじゃないかと思ってる。向こうで起きた事を考えれば、とうてい許されていいようなものじゃないのに、なんだって隠蔽に走ってんだかよく解からない。説明してほしいところなんだけどな。」
不機嫌そうなツラして、近付いてくるなりネロはそう言った。
まぁ、こっち連中の中にも同じように不服そうな顔の奴等は居るよな。気持ちは解からんでもない。
正義というか、義憤というか。サクラや被害にあった子たちの話を聞いてりゃ、とうてい許せるもんじゃない。けど俺は、実はバリバリの保守派なんだよ。悪いな、ネロ。
「俺だって、人の弱みに付け込んで、未成年にまで売春やらせやがったような奴等を、許したいなんて気持ちはさらさらないんだ。だけど、外の、リアルの方を考えた時にな、もっと許せない連中が頭に浮かんだんだよ。」
「リアルでって?」
「デバガメみたいな世間の連中だよ。糞どもだ。」
俺が言う言葉の意味が解からないんだろう、ネロは訝しむ表情で、それでも先を促した。
「知る権利があるだの、なんだの、当然みたいな顔でしゃしゃり出てくる恥知らずどもだ。興味本位に首突っ込みはするが、本当に興味だけで何の解決策を捻るでもない、力になるでもない、何の為に連中は知ろうとするんだ? ああ? ゲスがデバガメ根性で知りたがってるだけだ、人の不幸は蜜の味なんて感覚で、事件に巻き込まれなくて良かった、なんて笑いやがって、俺はそういう奴らが何より嫌いなんだよ。」
「世間に知らしめる意味はあるだろ。知らなきゃ、第二第三の同種の犯罪に世間は警戒出来ないんだぜ?」
「少なくとも模倣犯は生み出されない。」
「極論だろ、それ。」
ネロは苛立ちと半分呆れの混じった声で、俺との会話に付き合ってくれている。極論ってか、偏ってるってのは自覚してる、だからコイツがキレて怒り出さずにいるのは俺からすれば不思議なくらいだ。
「ニュース報道の価値否定論なんて、初めて聞いたぜ。」
「事件の全貌なんてのは、被害にあったモンと、その家族くらいが知ればいい話で、世間の人間全部が知る必要なんかないって思ってんだよ、俺は。」
「それじゃ、犯人には社会的制裁は加えられなくていいってのかよ。」
「要らねーよ。なんの為に刑事罰ってのがあるんだよ、それじゃ。リンチを防止するために、司法ってのは権力に委ねられてんだ、一般市民が自由に行使していいもんじゃねーだろ。だから、裁判員なんてもんも、本来は不要なもんだと思ってるぜ、俺はよ。」
歪んでるか、俺は? そうとでも言いたそうな顔でネロは眉を顰めた。
「家族はなんの関係もない。なのに、犯罪者を出しただけで世間から冷たい目で見られる。世間なんてのは、ピンからキリまで、いっそ頭イイヤツだけに知る権利を限定すりゃいいんだよ、アホウは知らなくていい。」
「思いっきり差別発言かましてんぞ、お前。」
半笑いの顔で、ネロは俺が真面目なフリして茶化してるもんだと判断した。
いや、至って大真面目だよ、俺は。
守りたいんだ。片方で裁かれるべき罪があり、片方では異常事態という理由がある。一人一人のプレイヤーには善良な顔と悪辣な顔の二つの面が確かにある。罪は裁かれるべきだが、同時に彼らは被害者でもある今回の事件は、とても深刻な問題を抱えているだろう?
そういった深刻さ、複雑さを理解する者になら、語りも出来るだろうが、そうじゃない奴等が表面だけで理解した顔をしてモノを言えば、どうなる。
好奇の人々の無遠慮な目に晒し上げたくない、そう考えることも罪か?
ただ、守りたいだけなんだ。社会の正義を蔑にしてでも。
「ま、お前自身になんかよほど嫌な思い出でもあるみたいだし、これ以上は平行線だわ。けど、隠蔽なんかしようとしても無駄だと思うぜ? 俺は。」
「出来るだけのことはしたいってだけだ。正義の味方を気取ったって、しゃーないさ。」
やるだけやったって、自分に言い訳が立つようにしたい、それだけのことだ。
後でぐじぐじ後悔すんのは嫌なんだよ。俺は。
納得したような、してねーような。曖昧なままでネロは下がってった。引き際はあっさりだな。
エカテ姐さんが御贔屓にするはずだ。くそ。(負けねーからな!)
「あ! 景虎! 居た!!」
おっと、姫に見つかった!
「ちょ! なんで一目散に逃げだすんだ、お前!?」
なぜって、決まってるだろう、お前が追いかけてくるからだ!
「あ! さてはお前、また浮気しようとか考えてんだろう!? テメー!!」
後方からいきなりの【ストレンジアロー】が! おま、凶悪ヒットスキル使って攻撃とか、どんだけマジだ!?
さすがにそれ、当たったら痛いことは痛いぞ!?
「デリー! この浮気もんがー!! わたしの処女かえせー!!」
「人聞きの悪いこと言うな! お前がくれるっつったんだろうがぁ!!」
やめろ、ネガキャンだぞ、女の子たちに聞こえるだろうが! 営業妨害で訴えんぞ、コラ!
「まーたやってる、あの二人。」
「仲良いんだし、ほっとけよ。」
そんでネロがまた間男モードに! やめろ、その女は俺んだ!!




