第六話 罠Ⅲ
密談にはテントがうってつけ、という位にはまことに便利なわけだが。
そういうわけで俺は実験に付き合ってもらったエカテリーナと姫を伴い、テントで両手に花している。
実験の結果に解かったことを整理しておくと、一つには、二つのフィールドを挟んだ場所に移動したら手が出ない。例えばランスの野郎、今アイツは向こうフィールドのもう一つ向こう、居住区エリアに居やがるから、このチュートリアル草原地帯から奴に忍ばせたカケラへはリンク出来ない。
俺がルシフェルの陣地だったテント群のフィールドへ移動すれば、隣り合わせの居住区とはリンクが出来る。
けれどランスの野郎が、居住区に設置したテントの中やその向こうのフィールドへ移動したら、またリンクは出来なくなるってことだ。
後は、カケラのままで幾つものフィールドを移動することは可能ってのが解かった。
で、俺がカケラの中に居ることがバレた時の危険性だが、テントに逃げ込まれるだけ、あるいは一つフィールドを隔てられるだけで、俺は無力化しちまうってことが判明した。
カケラだけのスライムを捕らえておくくらい、わけはないからな。弱点、だ。
「この事実は、絶対に敵に知られちゃいけないわ。わたしたち三人だけの秘密、いいわね、姫。」
エカテリーナに促され、姫は意を決した表情で頷いた。
「で、第二のカケラはどこへ使ったの?」
「エリスにくっつけてある。恐らく、向こうから紛れ込んだスパイは彼女だけじゃないだろうからな。」
炙り出すには彼女の存在が逆に好都合ってわけだ。
「だから、わざと関係したんだぜ? 姫。」
「うそつけ。」
バレバレっすか。まぁ、ジョークは置いて、と。
「連中が嗅ぎまわってるうちは、迂闊に動くのは危険ってことだ。俺が直接スパイとなって紛れ込めるって事を知れば、それだけでルシフェルのヤロウはこの弱点にも勘付く可能性が高い。俺が不在の理由を作らないといけない、協力よろしく頼むぞ、二人とも。」
向こうのスパイが片付くまでは、居住区の情報を得られないが……仕方ないな。
「夜には裁判を始めるわ。それまでに何か動きが出るかしら?」
エカテ姐さんが言うのは、エリスのことだ。スパイ同士、繋がっているならそれまでに何らか動きがあるだろう。いっちょ、向こうの様子を覗いてみるか。
エリスは他の寝返り組同様、テントに拘束して隔離状態のはずだから、このままじゃリンク出来ないな。ここはこっちのテントの出入り口を開いて、オープン設定に。これでフィールドとテントは地続きだ。外から丸見え、会話ログも取られちまうけどもな。
「じゃ、一度向こうへ意識を飛ばす。しばらくの間、適当にくっ喋っててくれ。」
準備万端、カムフラージュOK、ではさっそく。おっと、姫の膝まくらを忘れずに、と。
「ちょ、どさくさ紛れになにやってんだ、デリー! おま、ちょっ、待、」
意識をエリスに忍ばせたカケラへ。ジャンプ。
◆◆◆
林の中の風景がいきなり視界に飛び込んできた。
俺はカケラをエリスの装備、腰当てに忍ばせている。身体に密着する籠手やボディアーマーはさすがにバレる危険が高いし、彼女は武器を頻繁にチェンジするからランスの時のようにはいかなかったんだ。
この下半身装備のデザインはちょっと変わってて、膝上丈のスカートに傘の骨みたいな六本の金属フレームが付いている。スカートとフレームは別装備だから、俺が取りついたのは腰フレームってことだ。
日差しが十分に降り注ぐ明るい木立。そこで、彼女は複数の女プレイヤーに囲まれていた。
「なにやってんのよ、アンタ達。わたしがアイツを誑しこんでも、意味ないじゃない、」
なにやら不服げにエリスが女たちに文句をぶつけた。
てか、見張りはなにをやってやがるんだ、コイツ等、テントから出ちまってんじゃねーかよ。
「誰も信じないんだから、仕方ないでしょ。逆にあなたが疑われてるのよ?」
「そうよ。あなたがビッチなのって、こっちでもバレバレみたいなのよね。仕方ないじゃない。」
嫌味な言い方だな。
「こっちにまでとばっちりが来そうでヒヤヒヤしてるのよ、あたし達。お蔭でぜんぜん動けないの。」
「せっかく姫香さんが良い智慧をくれたっていうのに、あなたが淫乱女だって知れ渡ってるせいで、生かしきれないのよね。人選を間違うと、素晴らしい策も台無しだわ。」
色仕掛けで俺から情報を聞きだし、ついでに強姦されたと偽ってこっちを混乱させる……悪企みの発案者は姫香か。しかも、自分や手下は使わずに、気に入らない相手にやらせる。さらに貶める為に。
なかなか陰険な手を考え付くもんだ。嫌な女だね。
エリスの声が震えている。
動揺を隠しきれてない、こんなに露骨に敵対してくるとは思わなかったようだな。
「なんですって……? わ、わたしは嫌だったのよ? スパイの為だからって、あんな事までしたっていうのに、なんなの、その言いぐさ!」
「えー。だって、あなたって尻軽で誰とでもすぐ関係するんじゃなかったのぉ? そう聞いてたわ、あたし。」
「やだぁ。大したことないんでしょ? だって、スパイの為っていっても、普通は出会ってすぐの男と関係なんて、ねぇ?」
女のいやらしさ全開だな、こいつら。
「ルシ様も可哀そうだわ、一刻とはいえ、付き合ってたんですものねぇ。こんな女だなんて知らなかったわけだし。ショックだと思うわー。」
「売春してたんでしょ? 聞いてるわよ、姫香さんから。落ちるとこまで落ちると、惨めなものねー。」
「あんた達……!」
エリスが自らの拳を握りしめ、わなわなと震えている。なんともまぁ、残酷な光景だな。
「あのヘンタイスライム、相手は選ばないって聞いてたけど本当だったみたいねー。なにせ、あなたみたいな淫乱女でも構わないっていうんですもん。さすがはドヘンタイよねー。」
「スライムとエッチするなんて、あなたもそうとうの好きモノだもんねぇ? 強姦されましたって言っても、誰も信じやしないんだもの、びっくりよー?」
さすがにこの位置からじゃ、エリスの表情までは伺えない。さっきから黙りこくってるが、大丈夫なのか?
女どもはまるで、獲物を半殺しにしていたぶるケモノのように、生き生きとした目をしている。笑顔を貼り付けて、その笑みは卑屈で醜く歪んだものだ。
小さく、エリスの嗚咽の声だけは聞こえる。押し殺した、懸命に悔しさに耐えている気配も。
「あらやだ。この子、泣いてるわ。おっかしい。」
一人が気付いて、バカにするようにそう言った。
「ほんとの事を言っただけじゃない? 泣いたら同情を引けるとかって思ってるんじゃないの?」
「そうかも。厭らしい性格してるわよねー、可愛い子ぶって。こういう子ってさ、リアルブスなのよね、だいたい。リアルじゃモテないから、こっちじゃ遊びまくってるんだってー。」
エリスが悔しさのあまりに見せた涙は、女たちの歪んだ勝利感を増幅しただけだった。
パーツは悪くないのにパッとしないヤツってのは多いよな。そういうヤツは、内面がブサイクだから表面に反映されちまうんだよ、多くは。そんで、パーツが壊滅なんてカオはほとんど居やしない。内面というハイライトが掛かれば、大抵の顔には魅力があるんだから。
俺は相手を選ばないとか買いかぶりだぜ、ブスは御免だからな。
「もう戻りましょ。慰めてあげるにしても時間が立ち過ぎたら疑われるわ。」
「あなたもぐずぐず泣いてないで、ちゃんとしてよね! ロクな情報も聞きだしてないんだから。役立たず。」
エリスの被害供述が認められないことを逆手にとって"友人"全員で出てきたってわけか。
「ああ、そうそう。あなた、あのスライムとエッチしたんでしょ? ヘンタイプレイもOKです、だなんて、信じられない。汚らわしいから、今後一切、ルシ様には近付かないでよね。ヘンタイ。」
「姫香さんとルシ様って、やっぱりお似合いよね。どこかの誰かさんは、身の程を弁えるべきだったのよ。」
……会話の内容から分析して、大した情報は洩れていないと見て良さそうだな。ついでに、こいつらを返す理由も出来た。向こうの待機組管理のお偉いさんにカケラを運んでもらうとするか。
腐れ女、よろこべ。お前のとりまきは返品してやる。




