第四話 罠Ⅰ
「あんなヤロウの事なんざ、さっさと忘れちまえよ。」
元気付けるつもりで言ったら、ある意味予想通りの答えが返ってきた。
「ルシーはこっちで言われるほど酷い人じゃないわよ。ほんとは、優しいし、人を傷付けることを恐れて……こっちの人たちと争うことだって、彼は本当は嫌でしょうがないのに。悲しんでいるの、可哀そうな人なの。」
恐怖支配に洗脳、ついでに恋愛感情まで加わったら、ここまで強固な盲従を生み出すってか。
論点がズレてるよ。
俺はなにもヤツの人間性を否定してなんかいない。気に食わねぇヤロウとは思っちゃいるが。
やってる事に対する正しい認識を持とうと努めてるだけだ。
家庭環境だの事件状況だの、情状酌量だのってのは、違うと思ってるだけなんだよ。
「彼と直接、話したこともないあなたには、きっと言っても解からないわよね。」
冷めた目になって、エリスはそう言った。
話してんのを聞きはしたが、会話ってほどのことはしてないからなぁ。
話しても多分、解かりゃしなかったと思うけどもな。
「俺に相談ってのは?」
「じ、情報を提供したでしょ。」
取引か。そういうモンは普通、応じてから話すもんだぞ。
「これ以上の話は、ここじゃ出来ないわ。ログが残るもの。だから、……ね。」
そっと、俺の上腕に触れ、何事か訴える目で見上げてくる。そして、チラリと奥へ視線を流した。
バグテントで痛い目を見てきたくせに、まだ利用しようって?
やっぱ胡散くせー女だな。この女には用心が必要だ、なんか、引っ掛かる。
周囲を窺ってから、エリスは俺の腕を捕らえて、先に立って歩き出す。
バグのシチュエーション、林立する木立の中に手持ちのテントを放り投げた。
そして無言で中へ入る。
これもヤツの指示だとしたら、ずいぶんと酷なことをやらせやがる。
俺に取り入ってスパイをさせるつもりにしても、俺に強姦の濡れ衣を被せてダメージ謀るにしても。
ふむ。おおよそ、仕掛けるとしたらそれくらいしかねぇよなぁ。
だったら。
やっぱ、食っちまお。
少し遅れて中に入った俺を、彼女は裸になった状態で待っていた。
緊張したカオで、恥じらいなのか、腕で胸と前を隠すようにして座っている。正座を崩した横座り。
隠そうとするあまり、前屈みになって縮こまってる。恥ずかしいのか、顔が真っ赤だ。
女ってのはそれぞれで反応が違うよな。
エカテ姐さんに恥じらいなんてもんは無かったし、マリーも同様、姫は確か後ろ向いてたっけ。
他の女の子も様々だ。バグテントで脱いだ時の反応ってのは、性格がモロに出る。
……食いまくってますが、なにか?
「そ、そんなトコでぼーっと突っ立ってないで、座りなさいよ! ニヤニヤして、いやらしい!」
「視姦って言うんだよ、観られてると興奮しねぇ?」
「最低!」
「んなもん、先に脱いでるから悪いんじゃねーか。なんていうか、サド心を刺激するよなー、お前。苛めたくなるの解かるわ。」
「あんたって、噂通りの男なのね。女ったらしでヘンタイだわ。」
おーっと、ヤロウと比べるなよ? 胸糞悪い。アイツは正真正銘の最低野郎だからな。
それと女ったらしってのも、違う。もてあそんだ覚えはない、誠実に全員と付き合おうと思ってんだから。
「自分だけを見てくれとかって願いは聞けないが、それ以外でなら出来るだけ要望に添うようにしてんだけど? 気の多い男は嫌いか? だったら、深い入りせずにこのまま別れたほうがいいぜ?」
勝手に近寄って、火傷しました、なんてのはさすがに責任持てないからな。
「ずいぶん、自信過剰なのね。わたしが惚れるみたいな言い方だわ。」
エリスはまた、強気な視線で俺を見る。
「気が強い女は好きだぞ? 挑発されてんのかと思うとゾクゾクする。」
特にこういう、なんか企み持った相手との駆け引きなんかはいいね。
「上目使いで涙目になって睨みあげてくるお前の視線は、煽情的で色っぽいよな。もっと泣かせたくなる。言われたりしねぇ?」
片膝だけ床について、上から覗き込んだ。
エリスは赤い頬をさらに赤くして、そっぽを向いた。照れてやがる。
ルシフェルのヤロウとは寝たのかな。他人の女となると、さらに燃えるね、奪い取ってやりたくなる。
何が狙いかなんてのも、充分視野に入れて。俺を嵌めようと思ってるんなら、無駄だと思うぞ。
女癖が悪いなんてのは、すでに周知だからな。
「なぁ。」
細い顎に手をかけて、こっちを向かせて。
「なんか、お前見てるとやりたくなってきた。やらせてくれよ。」
「なにそれ? 酷い口説き方。」
ちょっと拗ねた。俺の手から逃れて、顎を引いて、また上目遣いだ。
「……いつまで、服着たままなの。わたしだけこんなカッコで、冷めるわ。」
誘い文句も女それぞれ。
「なんせ朴念仁なもんで。……脱ぐのは服だけか? 皮も?」
「ヘンタイ。」
そう言うエリスの瞳のほうが、欲情で濡れた輝きを宿していた。
んじゃ、食う。




