第一話 戦後処理Ⅰ
戦後処理ってやつで。
こっちフィールドへ戻ったのは、人員整理が第一って事だ。降伏した連中を仕分けないといけない。
戦犯ってカンジ? 後々、裁判形式でキッチリ型に嵌めてやろうかとね。
「はーい、まずは適当にこっちのテントに入ってて! 元々こっちに居た知り合いと合流したプレイヤーは仲間と一緒にこっちへ出てきて連絡ちょうだい!」
エカテリーナが張り切っている。
やっぱ、デカいギルドの上層部ってのは頼りになるよ。俺なんか自分トコのギルドでも平社員で任せっきりだったから、こんだけいっぺんに人数が増えるとワケ解からん。
先程耳打ちされた通り、俺は憮然とした態度で連中とは距離を置いてる。
今のとこはまだ、俺が実は調子乗りのチャラ男だということは伏せておこうって話になってるわけよ。
あー、喋りたくてうずうずするね。けど、黙って眉間に皺寄せとけって言われてるから、我慢、我慢。
あー。早く終わらせて可愛い女の子に声掛けてーなー。ナンパも出来ないこんな世の中じゃ。ポイズン♪
マリーが俺に伝言を伝える連絡係をしてくれてるわけだが、そのマリーがなんか数人の女の子キャラを引きつれて俺の所へやってくる。サクラとリラが居るな、あの二人、なんとか丸く収まったらしい、仲良く手を繋いでる。
ほっと一安心してた俺に、マリーはまたしても難問を押し付けに来たことを告げたわけだ。
「エカテリーナが、この子たち宜しくって言ってたわ。例の、バグテントの被害者たちよ、アンタに任せるって。」
マリーが彼女たちを振り返って、さらりと言い放った。
おいおい! 一番デリケートで厄介な仕事押し付けんのかよ、男の俺に!
「ちょ、それってもっと人選無かったのかよ、俺でいいのか?」
「アンタなら、最終的には問答無用で押し切れるでしょ? 他に誰か居る?」
そりゃまぁ、俺が一番強いけども。なんか乱暴な論理だなぁ。
マリーはエカテリーナと共にサザンクロス内部でも群を抜いて強いプレイヤーだが、性格的にも両者はよく似てる。
サバサバと男勝りで、エカテ姐さんが姉御なら、こっちはキャリアウーマン、女社長の風格だ。女の強い時代だからなぁ。
マリー・アントワネットのキャラネームに恥じない衣装で、ド派手なドレスを着てて、頭には……えっと、なんで軍艦とか乗っかってんだろう? 俺の視線が頭に釘付けなのに気付いたマリーが品を作る。
「盛ってみました☆」
その感性がよく解かりません、俺。
なかなか本題に進まず、二人でくっ喋ってたからか、おずおずとサクラが一団から進み出てきた。妹のリラはまるで隠れるように姉の背中の後ろから俺を窺い見ている。
別に取って食いやしないよー、リラちゃぁん♪ なんてへらりと笑って手を振ったら、半べそに……ちょ、その反応って、なんだよ!? 姉のサクラが庇うように隠した。二人して……俺は人食い鬼じゃねぇぞ。
「折り入ってのご相談があって来たんです、いいでしょうか?」
改まってまたなんの話だろうかね、と。話を促すために軽く頷いた。全員を代表して、サクラが談判を始める。
「あ、あの。わたし達はあの事を騒ぎ立てて欲しくないんです。今後、向こうでの事を尋問するかも知れないって聞いて、それで、あの……、」
ああ、バグテントでの売春事件のことか。雁首揃えて直談判ってワケね。
後ろの少女たちは全員が、背を丸め縮こまった様子でビクビクと俺を窺っていた。俺、そんなに怖いかな?
「このまま、そっとしておいてくれませんか? 例のテントはバグで、ログとかも残らないって聞いています。だったら、このまま騒がなければ何もなく終わるんじゃないでしょうか? わたし達、あの事を忘れて貰えるなら、それが一番だと思ってるんです。どうか、あの件はもち出さずにいて貰えませんか?」
サクラは深く頭を下げ、俺に議題取り下げを願い出た。
んー、可哀そうだがそれは聞けない。
「サクラ、戦争始める前に言ったよな? 連中と戦う覚悟はあるかって。お前はあると答えた。そうだったな?」
「は、はい、それは確かに……。だから、こうして妹を救出する事も出来ましたし……、あ、お礼がまだでした、有難うございました、景虎さんのお蔭で、妹を救い出すことができました。」
ぺこりと頭を下げ、釣られた妹も慌ててお辞儀をした。微笑ましい限りなんだが、ね。
「うん。救出は出来たわけだが、まだ終わりじゃないんだ。あの環境で、止む無くああいう事をせざるを得なかったって人たちばかりだよな、ここに居るのは?」
「そうです、名乗り出てくれなかった子もまだ居るとは思いますが……。」
サクラは後ろの少女たちを気遣うように振り返って、頷いた。
この場に居る者たちは彼女に同意してるらしいな。
出来るだけ穏便に済ませたい、このまま有耶無耶に、無かったことに出来るなら、そのほうが……そう考えるのは至極当然のことだろう。けど、そういうのは後で禍根を残すんだ。
後に起きる問題を想定して、今のうちに処理しとこうって事で、俺達は動いてるわけだからさ。
「サクラ、それに皆も聞いてくれ。俺達としても、出来るなら君らの事には触れないでおきたいと思っているんだ。わざわざ傷口に塩を塗り込めるようなことなんぞ、したくはない。」
「なら、このまま済ませて貰ったほうがいいです、どうかお願いします、景虎さん。」
まぁ聞けっての、焦る気持ちは解かるけども。
「それは非常に危険な考えだ、サクラ。酷なことを言うが、そっちの子たちは何人の男と関わった? 全員、相手の素性やら何やら、把握してはいないだろう? 君らには行きずりでも、相手はそうじゃないかも知れない。もし、向こうが覚えていて、悪用することを考えたらどうなると思う? ……それなりの対策は必要だ。有耶無耶に済ませるわけにはいかない、必要最低限の手続きは済ませないといけないんだ。解かるよな?」
不安そうに、少女たちは互いの顔を見合わせる。そんな大事とは思わなかったんだろう。
だが、例えばどこかで彼女たちのリアル情報が漏れて、事情を知る誰かが聞いたとして、ソイツがそれをネタに強請りを考え付かないなんて保障はどこにもないんだ。
おまけに、ソイツはリアル情報を秘匿されている。彼女等は不特定多数を相手にしてる。もとより不利な醜聞ってこともあって、表沙汰にしたくなんか無い。ましてリアルの世界でなんてとんでもない話だ。
向こうの奴等なら誰でも知ってたとしても、単なる噂の域だ。噂で人を強請れるヤツはまぁ少ないさ。
けど、実際に自分が買ったって奴なら確証を持っている。
ソイツがアホウなヤツだったら、困るって話だ、要は。
ちょっと考えれば解かりそうな、被害者が警察に駆け込めば容疑者はたったの1000人に絞られてしまうっていう簡単な計算も出来ないヤツだって居るんだ。そんなヤツが起こす犯罪に巻き込まれたら悲劇だ。
泣き寝入りか、警察沙汰でニュース報道か、どっちにしても救われない。
「いいから。俺達に任せておけ。君らの名前は絶対に出さない。何かしようとする奴等を封じ込めるために必要な処置なんだ。一刻だけ、我慢してくれ。」
俺の説得に、黙って聞いていたマリーも肩を竦める。
彼女たち全員の了承を取り付けるのは、少々骨が折れるかも知れない。
そんな予感がした。




