第十話 終戦
主戦場からかなり離れた。もう二人の嗚咽の声も聞こえない。
そこまで来て、ようやくコイツは歩く歩調をゆるめる。逃げるような移動を終えた場所は、人が少ない。
「秋津さん! 撤退してください、ルシさんはもう下がっています!」
「そうか、すぐ行く。」
伝令らしきヤツが駆け寄って、ランスにそう伝えた。やはり戦争のシミュレーションは組んでやがったか。
そんで、撤退時の手筈も付けてあったって事だ。
なら、巻き返しの策もとうぜん、考えてあると見るべきだな。コイツに憑りついといて良かったぜ。
おそらく、敵陣営のスパイもしときたかったんだろうな、奴にしてみたら。
だが、それは出来なかった。
こっちが和気あいあいとやってる姿なんぞ、向こう陣営の誰にも見せるわけには行かないだろうからな。
洗脳には、外部情報の遮断が不可欠。隔絶させ、向こうはどうかと勝手に想像させ、都合のいい思考に導く必要があるんだから、真実は見せるわけにいかないのは当然だ。
よほど盲目になってるようなヤツでもなけりゃ、すぐに寝返っちまう。
俺やサザンクロスの連中は、コイツ等をひどく憎んでいるだとか、嫌っているだとか、そんな吹聴をして向こうの陣営から抜けられないように縛っていたはずだ。そうじゃないと解かれば、洗脳が緩む。逃げ出す。
ヤツ自身もこっちの情報を得られなかったってのが、痛恨になったな、ルシフェル。
今頃、どんなカオしてやがるか、再会が楽しみだぜ。
秋津が向かったのは、峠フィールドとは別の方角だ。
俺がこの街へ向かうのに避けたもう一つの迂回路、プレイヤーの居住区を通るルートだ。
居住区の隣にまた別のフィールドがある。洞窟ダンジョンがあるから、奴らはそこで物資調達が出来るな。
そのフィールドは、峠フィールドと繋がってるからこっちからも何らかのちょっかいは掛けられそうだが。
あの野郎のことだ、今後、どう出るか。
逆襲するか? 総数を五分に持ち込んだだけだ、充分考えられる。
講和を申し入れてくるにしても、策略込みに決まってんだろう。
ヤツの手の内を知りたいとこだ。
思案を巡らせてるうちに、また、別のヤツが走り寄ってきて伝令を叫んだ。
「秋津さん、退いてください! 居住区まで撤退です!」
「解かってる!」
ランスの声はずいぶん苛立ってるな。
いい加減、ヤロウにもうんざりしてきてんじゃねーのか?
おっと、こっちもいつまでもコイツに付き合ってるわけにいかねぇ。
そろそろ向こうに戻って総仕上げの段階だ。奴らが撤退したなら、こっちも長居は無用。
完全に両陣営を分けて、一旦、仕切り直しに持ち込まないと、寝返った中からまた裏切りが出るかも知れん。アイツ等は日和っただけだ、まだどっちが得かでグラグラに揺れてやがるだろうからな。
意識を本体へ戻す。木の上のポリゴンから落下し、景虎を引っ張り出す。
よし。こっちフィールドに居残ってる敵残党の始末が先だ、逃げるなり寝返るなり、決めてもらわんとな。
ちょうどいい具合に、例の4人組が見えた。
おー、あと一回ずつPK残ってたな、てなモンでいそいそと駆け寄ってったんだが。
「あ! おまえら!」
「も、もうカンベンしてくれよ!」
「降伏する! だから……!」
赤旗立ててやがった。お、お前ら、この、根性なしがぁ……。
なつきはお前らにいたぶられても、ずっと耐えてたんだろうが。
なのにお前らときたら、数時間の逆境すら保たねぇとか。(がっかりだよ)
半べそになってるから、まぁ、許してやるけども。
「けっ! さっさと消えろ、胸くそ悪ぃ!」
双剣振り回して追い払う。
いや、邪険にしとかないとな。ほら、俺は今、"凶悪プレイヤーキラー"だから。
奴等は慌てて走り去る。その背中にとどめとばかりに罵詈雑言をありったけぶつけてやった。
アイツ等というより、その周辺の連中に知らしめる為だ。
敵陣営の奴等はドン引き、味方陣営の奴等はニヤニヤ笑いで俺を眺めている。
俺に殺されるってのは、こっちの連中にとっては普通のPKとは違う特別の意味がある。
リアルで死ぬかも知れないってことだからな。
一度目、二度目は生きていられた、けど次は解からない。
まるで死神に憑りつかれたみたいに怖かったろう。
実は嘘です、ってのを知ってる俺陣営の連中はニタニタ笑って聞き流してる。
見回せば、戦闘は散発的なものになり、フィールドは赤い旗のプレイヤーばかりになっていた。
ルシフェル陣営の奴等はほぼ撤退したようだな。
そろそろ潮時だ。
撤退の合図を送り、皆が伝達していく。武器を上にあげて、ぐるぐると振り回す動作だ。
こっちの陣地も頂くが、まずは整理の為に向こうフィールドへ戻った。
これからがまた、ひと山あるんだよな。




