第五話 スライム執事
馬車無しで進む俺達二人だが(一人と一匹とか言うな、外身はともかく俺は人間だ)、なんとかかんとか選んだルートの、最大難所へと辿り着いた。あの時点で取れる選択は二通りで、迂回して安全に街へ向かうルートと危険だけど近道出来るルートとがあったんだ。
俺達が選んだルートは危険な近道の方だ。あと数メートルも移動すれば、突然フィールドチェンジが来て、風景はガラリと変化する。峠道は両側が険しい崖だが、オートで絶対に落ちないようになってる。馬車が行き来できるくらいに幅もある。そんで多数の敵が涌きだす。フィールドダンジョンってヤツだ。
「この峠を抜けたら、いよいよ『始まりの街』だね。」
そうだな。
途中でエネミーに出くわすこともなく、なんとかここまでは無事に来れたけどな。
こっからが本番だぜ。
「あたし、奥の手出しちゃおっと。」
ルナがインベントリをがさがさと探りだした。うん、いつ見ても他人がインベを漁るシーンはシュールだよ。
上半身がどっか行って消えててさ、下半身だけがなんか探してる風な動きがかすかにするんだよな。
まぁ、魔法の四次元倉庫って説明だから、これが演出としては正しいのかも知れないけどさー。シュールだ。
俺がインベを漁ってる時なんかは、完全に姿が消えちまうっていうから、お互い様なんだけどさ。
いつか何かのネタに使ってやろうかとは思ってる。
「あったー!」
ようやくルナが全身現れた。ついでにもう一体、見知らぬ男も現れた。執事だよ。
チート様は金満プレイヤーかよ。
これもペットみたいなもんだ。召喚での呼び出しが普通だと思ったけど、なんでインベに入ってんだ?
「執事とメイドと、どうしても両方欲しかったのー。だから、かたっぽはサイトで買っちゃった。」
改造かい。よく見りゃオートブースター扱いだ。剣だよ、コイツ。
女の子が好きそうな黒髪メガネの黒服執事だけど、カテゴリとしては【剣】なんだ。なんてシュール。
サーバー暴走の状態だと色々と使えない機能が多いけど、インベは大抵の場合で使えたんだっけな。
オートブースターも使えるってことだな、そうすると。俺もバグ治ったら入手しよ。(正規品をな。)
オートは楽でいいもんな。普通はペット召喚は一匹までだけど、オートは二体まで場に置くことが出来るし。
物理攻撃しか覚えないのが難点だけど。
アイテム扱いだからインベに入れなきゃならないけど。
一体で8マスも取りやがって嵩張るけど。
やっぱ邪魔なだけだわ、やめよ。(俺は別にソリストじゃないし。)
因みに、アイテムだから剣とか盾とか変わったのだと魔法のランプだったりで、生物ではないって設定になってる。
だからこの執事型オートブースターは思い切りチート改造のシロモノだ。
マジモンだよ、この女。リアル小坊か、いいとこ中坊ってとこだろ。ズルはいけませんって教えとけ、親。
……早まったかも。俺。
「あれ? 動かない。なんで? 壊れちゃったのかな? 運営さんに言ったほうがいい?」
言ったほうがいいね。そんで垢 BANされちゃったらいいよ。無事にログアウトしたら俺が通報するけど。
垢BANってのはアカウント剥奪とか凍結って意味ね。違反者への罰だ。
「ああん、景虎動かないよー。」
上杉の美剣士様っすか、そーですか。毘沙門天にでも祈れば?
なんて言っても始まらん。今は戦力が一人でも欲しいとこだからな、直るもんなら直して使いたい。
俺は門外漢なんで、そんなに詳しくはないんだが友人にプログラム関連のヤツが多くてさ。内訳やら何やら聞かされてたりする。どうにかなるとかは思ってないんだけど。とりあえず。
ずりずりと這い寄って、中に入ってみた。うん、中は普通にポリゴンか。空洞で紙の断面みたいのがチラチラしてて、時々四方を真っ白な空間で囲まれる。貼り付けられたアバターの表皮の裏側ってヤツだ。
斬られたりした時だけ、傷口のちょいリアル画像が断面に貼り付けられるってことね。舞台裏ってのも面白れぇなぁ。システム面は別パッケージってトコか。
えーと、こっちのポリゴンを引き延ばして、さっき馬を包み込むみたいな事を執事の内部でやって、身体を膨張させる。皮だけならアウト、プログラムが生きてるなら引っ掛かって俺は弾き出されるだろう。
うーんとこどっこいしょ。あ、駄目だわ、こりゃ。ぴったりと貼り付いて皮の感覚が同化した。
「残念ながら、データ連動が来てねぇみたいだな。こりゃ動かねーわ。」
……。
「俺と連動したしー!」
なんつーいい加減な。
「手足も自然に動くっぽいし、なんじゃこりゃ。」
いかんいかん、落ち着け、俺。
しばらく喋ってなかったから、頭ん中で喋ってんのと口動かしてんのとがごっちゃだよ。
両手をぐーぱーと握って開いてたら、ルナが下から覗き込んだ。アングル、いつもの逆だ。