第五話 月の夜に
「明日は、ないかも知れない。永遠に今日が続いて、ある日、いきなり全てが終わるかも知れない。」
リアル社会に戻ることも出来ず、こっちで四苦八苦しているうちに、ある日突然電源が落ちる。
有りえなくはない未来だな。
俺というチートが居なけりゃ、有りうる未来だ。
いや、魔法陣に居座るアホ犬をなんとかしたとして、本当に脱出が可能かはまだ解からない。
そう考えると、不確定要素ばかりの現状では、俺の存在も何の慰めにもならないか。
「虎太。お前がわたしのこと、大事にしてくれてるってのは、すごくよく解かってるんだ。それに甘えて、ワガママばっかり言って、ワガママ聞いてくれたらすごく嬉しくて、またワガママ言って。」
俺の愛情をそうやって試してたんだよな。知ってる。
「ご褒美みたいで嫌だったんだ。わたしだってロマンチックな事に憧れたりするし、ワガママ聞いてくれたご褒美みたいで、そんなの、汚くって嫌だったんだ。……夢見すぎだったのかな。」
小さな女の子の背中を、強く意識した。リアルの姫の背中は、もっと小さいかな。
身体を餌にいう事を聞かせる女ってのは、女の耳にもそのやり方ってのは届くわけだ。それとは違うって、利用する為、打算の為に、俺にヤラせるみたいなのは嫌だっていうんだろ。
処女ってのは、もう、面倒臭いもんだよな。
なんにも問題がない時なら、きっとお前は俺を生殺しにしたままで、他の男と成り行きでヤっちまってただろう。
なんとなく、これは俺の勘だけど。
どこまでも俺に甘えて、俺が他の女になびきそうになったら慌てて引き戻して、そういう女だ。
自己中で、取り巻きが多くて。俺はキープ君かとそう思ってたよ。
姫の傍に腰をおろした。背中合わせになって、背中に彼女の体温を感じる。
べつに、それでもいいかな、なんて……奇妙なことに、納得していたんだよな。
お前はそういう女だし、慣らされてたのかも知れない。
「お前って、遊んでる女だと思ってた。すまん。」
清楚なフリして陰では取り巻きをとっかえひっかえしてんだと思ってた。
そんな女は珍しくもないし、男の方だってそうなんだから別に構わないと思っていた。
いや、嘘だ。気に障ってた。
「虎太のこと、ずっと好きだったから。カッコイイ彼女になりたかった。」
「そうだな。手慣れたタイプの女ばっかと付き合ってたかな。」
別にこだわりがあったわけじゃない、なんとなくそういう遊び慣れた女と縁があっただけなんだけど。
ああいうのに憧れられても、俺としては困るな。
別にああいうタイプが殊更に好きってわけじゃないんだし。
背中の体温が離れた。姫が、振り向く気配。
「ここはバーチャルだし、わたしは全然わたしじゃないけど、……もし、明日がないんだったら、後悔したくない。」
俺の首に両腕をまわして、背中に抱き着いて、切羽詰った声がそう告げた。
俺は臆病だ。
今、デスゲの中で弱気になって、自棄になりかけたコイツに付け入ることを考えてる。
否定の心は逆に、この状況を脱した後のあれこれを計算している。
「大事にしてきたつもりだったんだけどな。」
しがみついたまま離れようとしない幼馴染の体温が背中に染みて、何とも言えない罪悪感を覚えた。
俺は、間違ってたかな。
もっと追い詰めて、甘い顔して許したりせずに、二人向き合って、きちんと付き合うべきだったのか。
居心地のいい関係性に妥協して、なぁなぁで済ませてきたのは俺の方だ。
ずっと、待ってたのか?
「宙ぶらりんは、もうやだよ、虎太。」
しがみ付く腕を引き剥がして、引きずるようにこっちを向かせた。俺の正面に、伏し目で俺をうかがうエルフの姿が、リアルの姿に重なる。
「このアバターは、まるでリアルのわたしとは似つかないけど……、それでも、繋がりたい。虎太と一緒になりたい。……ダメ?」
「いいや。ごめんな、俺が朴念仁なせいでお前ばっかりにこんな事言わせてるな。」
姫からの、軽い正拳突き。ぽこん、と俺の胸を打った拳の小ささに、なんだか感動した。
「解かってんなら、そっちから誘えっ、バカデリー。」
はいはい。
あぐらかいた俺の、片方の膝の上に座らせた。ぐらつく上体を片腕で支えて、そんで、後れ毛を撫でて。
彼女は俺にもたれかかって、体重を預けて、間近に顔が寄る。美少女なエルフの涼しげな瞳。
「デリー、なんかさ、その姿ってリアルの姿に似てるよな。」
「俺はリアルでイイ男だってか? 今さら気付いたのか。」
ちょっとスカした事を言ってみる。
「ん。」
素直に頷かれても、なんて続けりゃいいんだか、焦るんだが。
苦笑で誤魔化して逃げとく。
姫はいつものペースを取戻し、俺の膝に陣取ったままでインベを操作する。上半身が消えて、
「バーチャルの夜は短いんだから、ちゃっちゃとやる事やろっ。」
「だから、もうちょっとロマンとか……、ああ、もう、いいです。」
バーチャルだから脱ぐのは簡単だ。一瞬の着脱。魔法のように裸のエロフが膝に乗っかってた。
別にストリップが見たかったわけじゃねーけどさ。
「ほら、デリーもさっさと脱げよ。」
ぐいぐいと俺の首巻き布を引っ張る。
お前って時々、俺以上に男らしいよな。へこむわ。
「脱ぐって、皮?」
ちょっと意地悪くニヤけた顔でそう言ったら、エロい事を耳元に囁かれた。
「スライムで本番できんのかよ……?」
耳に息が吹き込まれる。ぞくっと来た、コイツはどうしてこういう事知ってるかな、処女らしくない。
「痛いのなんのと、言うなよ?」
「言うもん。痛くないようにヤれ。」
挑発的な眼差し。
ええい、もう後先考えんの面倒になった。
食う。




