第四話 リアル農場Ⅱ
「景虎、……あ、エロ女。」
おーっと、またややこしくなる要素が登場。
姫は慌てた様子で、両手で顔をごしごしとこすって涙を誤魔化した。
こっちを向けば、もういつものクソ小生意気なカオだ。バーチャルはいくら泣いても目が赤くなったりはしない。
「エロ女は御挨拶だねー、チビ助。」
「ふーんだ、エロエロ、乳牛、そんなでっかい胸、すぐ垂れてきちゃうんだからねーっだ、」
ふっ。残念だなルナ。姫のあの乳は偽乳だから将来も垂れようがないんだ。バーチャルの夢の産物だから。
俺の考えを見透かしたのか、口元に微妙な笑みを浮かべた刹那、姫が殴りかかってきた。慌てて防御。
おまえ、ほんとに暴力エロフだな!
「今、ものすっごく失礼な想像しただろ、デリー!」
「リアルじゃ垂れようがねぇなとか正直なトコを考えただけだろが!」
「うぎー! 言ってはならん事を言った! 許すまじ、女の敵!!」
「それは景虎が悪い! デリカシーない!」
なんだ、ルナ、お前どっちの味方だ!?
「女の子にペチャパイとか言っちゃダメなのよ!?」
「そーだ、そーだ、傷付いたんだからなっ!」
なんか知らんがいきなりタッグ組みやがった! きたねぇぞ、お前ら!
「実はイイ子だったんだね、ルナ。」
「今さら気付いたの? 乳牛とか言ってごめんね。」
美少女二人がぴったり寄り添って、なんかヤバめな雰囲気に。
お前ら、それ、嫌がらせだろ?
「お姉さまと呼んでいい?」
「いいわよ、可愛いルナ。」
「やめれ。」
見つめあうな、ムード作んな、背中がぞわぞわする。
「ルナ! お前はまた、なにしに来たんだ!?」
俺に用事があるとかじゃねーのか。こんな三文芝居で俺に嫌がらせする為じゃねぇだろ、少なくとも。
「あ、一緒に寝ようと思って。わたしたちだけ除け者なんだもん、ずるいっ!」
びしっ、と指差しで糾弾にもならん言葉を吐きやがった。
割と深刻な話をしてたわけで、お子様には刺激が強い話とかもあったんだから仕方ないだろうが。
「何でもかんでも話せるわけないだろ。最少人数に留めるべき深刻な事柄とか、色々とあったんだよ。明日は皆を集めて事情を説明するつもりだ、お前たちにもそん時に話す予定だったんだよ。」
「うん、解かってる。エカテリーナはサザンクロスの代表格だからでしょ、そんでサクラちゃんとあの新入りの子は向こうの人だからでしょ。解かってるけど、ルナも一緒に居たかった。」
役に立てると思ってた、てか。
ガキに聞かせる話じゃない、てのを言ってしまうわけにはいかないな、こりゃ。
アホの子なのかと思ってりゃ、急に大人びた事を言ってみたり、ルナはなんか正体が掴めねぇな。
本当の歳も解からないし、リアル小学生くらいかとか思ってたんだが中学生かもな。
「ルナちゃん、ごめん。今夜だけはコイツ、わたしに貸しといて。」
姫がやたらと真剣な顔して言う。もうその話は終わっただろ、と反論しかけて止めた。
じっ、と。俺を見る目が、縋りつくみたいな、こっちが不安になるような色合いで揺れている。
「デリー、こっち来て。……お願い。」
「あ、ああ。」
なにを言うつもりなのか、漠然とした不安がいきなり湧き上がってきた。
半分予測してた通りで、姫に連れられた先にあったのは、例のバグテントだ。
こっちでも頻繁に使用されているようだが、向こうとはかなり趣が違う。暇な奴らがナンパの挙句に利用する事が多く、向こうで見た陰惨なイメージはなかった。ヤってる事は同じなはずなのにな。
「ちぇっ、全部使用中かよっ、」
正直、胸を撫で下ろしてる俺とは対照的に、姫は憎々しげに地面に八つ当たりだ。
「だから、俺はこういうのは……、」
「デリー! ううん、虎太。お前が言うのって、こういう意味だろ? こっちのわたしはわたしじゃない、って。」
そんな事も言ったっけな。
「けど、わたしは、リアルの自分が大嫌いなんだ。背が低くて、色気もなくて、ちっとも可愛いくない。」
目の前の金髪美少女エルフは、グラマーで、色気があって、切れ長の目がクールだ。リアルの姫とは真逆。
リアルの姫だって、美少女だ。俺から見てだから、本人はそう思ってないかも知れない。
スレンダーで、折れそうな身体は小さくて、黒目がちな大きな瞳が印象的で。腰まで伸ばした黒髪はしっとりと濡れたような艶で光を反射していた。十年以上の月日が流れても、日本人形は、日本人形のままだった。
一番似合う服はきっと、あの日に見た華やかな振袖で、古い絵巻物から抜け出てきたかのように幻想的だろう。
和物の美少女は、けれど、派手な洋物のアイドルに憧れる普通の女の子だった。
似合わない自分がコンプレックスで、バーチャルの世界で夢を叶えようとした。
木立の合間の、わずかな空間を見つけてテントを取り出す。四角い箱のようなアイテムで、投げればテントになる。
この立地はアダルトバグの起こる条件を満たしている。たちまち、テントが現れた。
姫は一人さっさと幕をめくって、中へ。テントの上に白いカウント数字が輝いている。0が1になった。
立ち尽くしている俺に、普段ならせっかちな姫が即刻と顔を出して遅いのなんのと文句を言いそうなものだが、今夜は静かだ。怖いくらいに静まったまま、彼女は顔を出さなかった。
デスゲームが始まる前は、二人でヘラヘラとレベル上げの為にダンジョン周回をしていたのに。
なんだか、遠い昔のことのように感じる。
どんな顔して待ってるんだか。
どんな顔して入ればいいのか。
軽い気持ちで、成り行き任せで、どこか片隅では無責任なままでラッキースケベとか期待してた。
こんな風に身構えられると、逃げたくなる。
他の女にちょっかい掛けるから、とか。
そうじゃなくて、今がデスゲームの中だからだ。
突きつけられて、やっと解かった。
幕を上げて中へ入ると、ビキニアーマーのままで姫は奥に向いて、正座で座っていた。
「姫、」
「……ここから、出られないかも知れない。無理に出ようとして、死んじゃうかも知れない。」
背を向けたまま、姫はテントの壁に向かって、まっすぐに顔を向けている。
「明日は、ないかも知れない。」
みんな、デスゲームの中に居る。俺以外は。




