第三話 リアル農場Ⅰ
作戦会議が終了し、テントの外へ出た俺をエロフが背後から羽交い絞めにした。
……いや、しようとしてぶら下がった。
「……何してんの? おまえ?」
「いーっ! なんでこんなに背ぇデカいんだっ!?」
そりゃ、リアルの俺が180越えだからだろ。ゲーム内で身長もイジれるんだから、ヤロウは大抵背がデカいぞ。
対人戦闘でもガタイ良い方が得ってのもあるし。
「で? なにがしたいワケよ?」
「ら、拉致ってやろうと思って……、」
羽交い絞めにして引きずってく予定だった、と。アホか。
俺が反転して、正面で向き合う。なんか知らんが話があんだろ、聞いてやるよ。
「拉致るって、何処へ? 何しに? お前、そんな事のためにわざわざ待ってたのか?」
「そ、そんな事ってなんだよ! こっちはものすごく焦ってるってのに! お前なんか、人の気も知らないで、次から次へと女連れ込んで!」
人聞きの悪いこと言うな、俺は救出作戦を展開してるだけだ。
まぁ、女率高いような気はするが。
なによ、お前、嫉妬してんの?
「それはお前がヤらせてくれねーからだろ。俺だってイイ女見つけりゃぐらつくし、脈のない女にいつまでも未練たらしくしがみ付いてんのは嫌なんだから、しょーがねぇだろ。」
「わ、わたしが悪いのかよ!」
悪くないみたいな言い方すんな。この件に関しちゃお前に100%決定権あんだろが。
「だから、お前の好きにすりゃいいって言ってんだろ、いつも。待っててやってんのに、何が不満よ?」
「浮気ばっかしてんじゃんか!」
「お前がさせねーからだろ!」
激高して顔真っ赤、だと思ってたんだが。
「そ……そんなに言うなら、いいかなって、思ってたのに。」
お?
「こないだだって、そう思って待ってたのに、姉御んトコ行ったじゃんかっ、」
ベソかきだしたぞ。 え? もしかして、あん時?
「おい、」
「不安だったって言ったじゃんか! 姉御のこと、好きになったのかとか思って! き、今日だって!!」
他の女に手ぇ出してた、か。
「えーっと、」
さて、どう宥めりゃいいのかな、と。
「だからっ! させてやるから、来いっつってんだろ、バカデリー!」
お前はもう少しデリカシーとかムードとか可愛げってモンをだな……、
ぐいぐいと腕を引っ張ってくもんで、なんか仕方なしに付いていく。
これ以上ヤケになられちゃ、なに仕出かすか解からんし。
しかし、俺としてはこういう、不安だからってのでお許し貰っても嬉しかない。
それも、デスゲになって死がちらついて不安ってのじゃなく、他の女の影がちらついて不安とか。
フザケンナ。
「させてやるとかヤらせてもらうとか、そういうのでいいのか、お前?」
とりあえず、落ち着かせよう。
立ち止まり、もう一度こっちを向かせて問いかける。
姫はぶーっと頬を膨らませ、そっぽを向いた。
都合が悪くなるといつもそうだ、すぐ顔ごと視線を逸らせて、話まで変更させる。
まだまだガキなんだ。
そもそも俺が好きだっつーてんのは、こっちの世界のエロいエルフ美少女じゃない。
リアルのご近所さん、鉄板胸で童顔でちんちくりんの背丈しかない、発育不良少女だ。
趣味悪いとかロリコンとかヘンタイとか周囲に言われつつ、じーっとお守りしてる幼馴染の女の子なんだよ。
七五三の時、7歳の姫はそれまでの俺の価値観を破壊するほどのインパクトを見せつけたんだ。
ロリコンじゃねぇ、俺はそんとき10歳だ。(名誉のために言っておく!)
神社の帰り、父親に手を引かれてご近所回りでウチにも寄った。
赤い大輪の花が咲き乱れる意匠の柄で、金糸銀糸に縁どられた晴れ着は高価なものだ。振袖に黒いポックリ下駄履いて、艶やかな黒髪と赤い紅を指した唇と。黒曜石の瞳に吸い込まれそうだった。
まるで日本人形みたいだった。
ソレが神社でもらった金太郎あめの棒を、ちっちゃい両手で掴んでボリボリ齧ってる姿ときたら……。ケージの中の小動物級ってヤツだ、庇護欲そそられまくりだろ!
……あんな固い飴をよくボリボリと齧れたもんだよなぁ、今考えると。
いまどき七五三なんてのも、俺の生まれ育った地域がド田舎で、都市部のような先進文明から取り残されていたせいだけど。介護ロボットや集配システムが無い代わりに、シアターや大型マーケットが残っている。
ネオトーキョーの方角は、夜になると明るく光っているからすぐ解かるんだ。
デスゲームの今、夜空はまるで田舎のそれみたいに綺麗な星空が広がる。どっち向いても、不夜城の輝きは無い。
そして、リアルとは似ても似つかない姫が目の前に立っている。
「繋ぎとめるための手段ってんなら、やめとけ。男なんて、ヤッたからってそうそう責任感じるようなモンじゃないんだから、勘違いすんな。身体の繋がりなんて、女が思うほど男は特別視なんかしねーぞ。」
「そんなんじゃねーってば、」
大都市に憧れて、若い連中はみんな田舎を出ていく。
俺も姫も御多分に漏れずってやつで、右に倣えして街を出たクチだ。
煌々と、夜の闇に輝いていた大都会は、中に入ってみれば、見た目ほど綺麗なモンでもなかった。
人間関係は希薄どころか完全に消滅して、バーチャルの中に人の繋がりを求めるような、歪な都市だった。
大学卒業したら、街に帰る。
そう言ったら、姫はヒステリーを起こして俺の頬を引っ叩いた。
「追っかけても、追っかけても、どんどん離れていっちゃう。せっかく、トーキョーに慣れて寂しさも薄らいできたのに、虎太は春になったら田舎に帰るって、勝手に決めちまったじゃんか!」
「ネオトーキョーは、俺には合わなかったんだよ。学校行って、就職して、婚活で結婚、子供が出来りゃ共働きだ、子供は施設で朝から晩まで機械が面倒みてくれて、夜は団らん、……そんで、歳取ったら病院の付属施設。」
まるでベルトコンベアに乗せられるみてーな、均一な人生。画一化された集合住宅に、システマチックな子育て。
俺はキャベツや白菜じゃねぇ。
「VR世界で自由に生きればいいじゃん、色んな人生を楽しめるよ! リアルはつまんない事ばっかりだけど、その為のバーチャル世界じゃんか。」
「だから、お前がネオトーキョーに残っても、バーチャルの世界でいくらでも会えるって言ってんだろ。」
「そんなの、我慢できないよ!」
俺も、我慢できないんだ。畑に植わって、空を羽ばたく夢など見たくない。




