第十話 価値ある人Ⅳ
「どうしようもないんだよ、」
ぽつり、となつきが零した。それから、涙で潤んだ目を片手で拭った。
『どうしようもなくはない。』
「あの子、助けるつもりなの? もしそうなら、手伝うけど。」
『いや、今は無理だ。先にお前を脱出させる。』
なつきは怪訝そうな顔をした。
今は無理だ。あの子となつきと、さすがに両方ってのは厳しい。
どうやら敵は、ルシフェル一味だけってわけでもなさそうなんでな。
今すぐ、あの子に救いの手を差し伸べてやりたいが、もし騒がれたら、今協力してくれてるなつきさえ救えなくなる。それに、あの子を助け出すのは、どうも俺じゃないほうが良いような気もする。
俺があっさり助けてしまえば、姉を深く恨んだまま、姉妹の確執は行き場を失ってしまうだろう。
サクラが、妹を救わないとダメなんだ。余計な手出しはこじれる。
「次はどうするの?」
周囲を注意深く警戒しながら、なつきが指示を仰ぐ。
そうだな、次は。
『ここを脱出する。最後にもう一度聞くが、仲間には裏切り者扱いされるが、それでいいんだな?』
なつきがこくりと頷いた。
「いいよ。ボクが居なくなったら、別の盾職と組めるんだもん。そっちの方がいいよ。」
健気なもんだな。今日見た限りじゃ、そうはならないと思うけどもな。
ルシフェルや側近連中以上に、他の外道どもはもっと悪辣だと思うぜ。きっと、一人を逃がした責任をその仲間に問うだろう。
ケースが違うと思ってんだろうが、姉が逃げだしたリラと同じ立場に置かれる。
こいつは視野狭窄に陥ってて、そういう思考の連鎖が出来なくなってるけど、恐らくは同じだ。
リラは、他の下層階級への見せしめでもあるんだろう。
惜しむらくは、悪党どもが視野狭窄で本性を現しても恥じないのと同様に、多くの搾取されてる連中も視界が狭まってて、見せしめの意味が解かってないってことだけどもな。遠まわしなことしても無駄なんだ。
だから、なつきにも彼女のケースを自分に重ねる想像力はない。
人々にそういう想像力があるなら、この状況は生まれてないんだ。
『じゃ、怪しまれないうちに脱出だ。』
教えないでおく。コイツはたぶん、それを教えたら残ると言いだす。
俺としては、あの野郎どもがどうなろうが、知らん。
『走って、まっすぐ城門に突っ込め。』
「解かった、」
ちらりと、なつきは視線をテント群へ走らせた。
様子を窺うためじゃない、名残惜しそうに、仲間の居るテントを探していた。
『すぐまた会えるさ。そん時は、お前の盾でぶっ飛ばしてやれ。
一度壊して、もう一度、作り直すんだ。連中との関係を。』
こくりと力強く頷き、「光の翼!」なつきはスキルを発動させて走り出した。
城門へ突入するなつきを、誰も止めもしない。
発作的に突っ込むヤツなど居ないのか、そういう奴は放置されるのか、なんにしても腹の立つ奴等だ。
自殺行為と解かっているだろうに、気付いた見回りの誰も、追おうともしなかった。
フィールドチェンジ。
街に入った途端、俺は身体を膨らませ、バルーンの状態になってなつきを包む。
このまま転がってく方が手っ取り早そうなんでな。
ほーれ、どかねぇと骨センベイにするぞ。
俺は今、気が立ってんだ。
バキバキ、ゴキ、ベキ、と派手な音響を響かせ、俺ローラーがエネミーをひき潰していく。
なつきが走りやすいように巨大化してるからな、ものすごい数のエネミーが下敷きだ。
広場を迂回して、アホ犬の索敵範囲の外側を突き進む。
あん時のスフィンクスがじゃれるように飛び付いて、そのまま引きずられて転げた。
うーん、なんかこういうゲームがあったような気がするな。当たり負けしたゴーレムに乗り上げる。踏み越える。はっはっはっ。
半分はヤケだ、くそったれ。
街フィールドはけっこう広い。しばらくのマラソンをして、ようやく反対側の城門へ辿り着いた。
トレインしながらだ、引き潰したり、押しのけたり、後ろのヤツが引き返してくのも見えた。
ゴール!
「うわ!」
城門からいきなり巨大ボールが転がり出たもんだから、びっくりしたこっちの連中が逃げ出した。
おーっと、ストップ、ストップ!
「おかえり、景虎!」
「デリー!」
ロリとショタとエロフのお出迎え。お前らの顔見たら、ちょっとホッとした。
けど、俺が囲ってる男の娘を見るなり、ロリとエロフが眉を吊り上げた。
頼む、もうちょっとだけ感動させといてくれ。色々あって疲れてんだよ、俺。
「あー! また拾ってきた!」
「デリー! お前、わざと女だけ助けてるだろ!!」
バカモノ。男の娘は女ではない。
そう、喩えどんなに可愛くてもだ! 悔しいぞ!
「景虎! おみやげ! おみやげ!」
海人だ。駆け寄ってくるなりそれか、お前は。
ほれ。ギブミーチョコレートなショタにいちご牛乳を投げよこし、喚き立てるエロフとロリの頭上へと大量の牛乳パックを雪崩れさせて黙らせる。インベ1マスに20個のストックが出来る、超優良アイテムだよな。何時の間に、とかは考えてはイケナイ。(なつきが牛の傍を通る度に触手伸ばして乳搾りしてたのだ!)
そんで俺は巨大スライムボールを縮ませて、なつきのアンダーウェアにもどった。
「あら、景虎、おかえりぃ。朝までゆっくりしてたら良かったのに。」
姐さん、ほんのり色香でナニしてたか丸わかりだぞ。
ほんとにこっちの連中は自由だなぁ。
喧嘩してるヤロウども。女の取り合いに、男の取り合い。いかがわしい賭け事始めてるヤツ。何処で入手したんだか酔っ払いがクダ巻いてて。ソイツを掠め取ろうとにじり寄るヤツ。
枠がないってだけで、大してやってる事は変わりないんだが。イメージの違いは雲泥なんだよな。
なつきはあんまりな状況に固まってしまっていた。




