第九話 価値ある人Ⅲ
峠フィールドでの資金稼ぎは夕刻まで続いた。
コイツ等だけでなく他にも数組が出ていて、ここでもやっぱりエネミーの奪い合いになっていた。
たぶん他のフィールドへ出ることは禁じられているんだろう。
影響力が下がるからな。あまり遠くに離れられると。
なにか適当な理屈を並べて、あのテント群に縛り付けているんだろう。
日が暮れる頃に、なつきのチームは狩りを終えて帰路についた。
「今日はスムーズに動いてたな、なつき。」
「やれば出来るんじゃん、明日もこの調子で頼むぜ、俺達はお前頼みなんだからさ。」
調子のいい奴等、とか思ったんだが、なつきは本当に嬉しそうにうんうんと頷いていた。
必死に努力して、彼らに認められようとして、そしたらイジメられなくなると思ってんのか?
お前の努力は向かうべき方向からして間違ってるよ、なつき。
しかし、これでなつきがぐらついたりしねぇだろうな?
ヘンにほだされて、裏切るのを「やっぱ止める!」とか。言いだしそうでヒヤヒヤもんだ。
捨てきれない想い、か。秋津とかいうランスもそんな感じだったもんな。
前途多難だ、くそ。
疑う余地はない、ここまでやってやがるのを見れば、洗脳を含めても偶然なんかじゃないってのが丸解かりだ。
計算ずくでやりやがったんだ。支配しやすい環境を作るための一環だ。
嫌な方向に頭の良い野郎だ、中途半端に。
ここの連中は、自分自身で雁字搦めに自分を縛っている。そう仕向けてるのはあの野郎だが。
だから、さっさと枠組みをこしらえたんだろ? 外道が。
日が暮れて、薄墨色に染まる景色にテントの幕の隙間から漏れるオレンジの帯が連なっている。
ネオンサインみたいで、なんともいえない風景だ。
「ねぇ、あんまり遅くまでウロウロしてたら懲罰かけられるよ、どこ行くの?」
うるせぇ、お前が連中といつまでもくっ喋ってるからだろうが。
ようやく一人になったコイツの足を勝手に動かして、俺は目的の一つ、例のテントへ向かっている。
なんとなく、予想はついてんだけどもな。
「ここに用事? ボク、こんなだからなんにも出来ないよ?」
なんかやけに嫌がるな。まぁ、そのナリじゃ楽しい事は何もないってのも解かるけど。
『ここの事、教えてくれ。』
メモを見せた、ちょうどその時、テントの幕がばさりと開いた。
男キャラが二人出てくる。おっと、メモを引っ込めないとな。
「はー、いい汗掻いたぜー。」
「リラちゃん、マジ天使。」
リラって名前に聞き覚えがあった。
えっと? とか思ってると、ヤロウどもがこっちを見つける。
「お、可愛い子ちゃん発見ー、」
「て、ヤロウかよ。あっち行けよ、紛らわしーんだよ、ホモ!」
聞こえないくらい小さい声で、なつきが否定の言葉を呟いた。
俺が見る限りじゃ、なつきはカミングアウトしてないオネェキャラだ。女に生まれ損なった男。
女キャラを操る男プレイヤーなんてのは、キモオタだというのが一般の見解だ。実際は、オネェたちのご用達が圧倒的だし、自身の性差ギャップに苦しんでる若いヤツが次くらいで多い。VRは俯瞰型のかつてのMMOと違って"上から眺める"という視点じゃない、自分が女になりたい願望でもなけりゃ女キャラ選ぶヤツなんてのは稀だ。
ちやほやされるのが目的なら、イケメンの顔を作るだけのことだ。相当苦労しないと作れないからな、このゲーム。世間がキモオタ思考と思っているからこそ、それを隠れ蓑にしたいジェンダーコンプレックスな奴が女キャラを作って仮初めの自分を演じるんだ。オネェと思われるよりはキモオタの方がマシ、バレるよりは、と。
なつきはそこらの女プレイヤーより女らしいところあるからな。俺の勘は当たるんだぜ。
二人の姿が完全に消えてから、改めてメモを見せる。ここの事を教えてくれ。
思い出したけど、リラって名前はサクラの妹と同じ名前だ。嫌な予感がして、そわそわした気分になる。
「ここは、えっと、その、ホテルっていうか、中に売春したい女の子が待機してるんだよ。峠フィールドでもなかなか稼ぐのが大変だから……、あ、参加費ってレベルが低いほど高くなるから、何でもやんなくちゃいけなくなっちゃうんだ。」
リアル女性プレイヤーなんてのは、大半がライトプレイヤーでレベルも低い子ばかりだろ。
足元みてやがる。弱者を徹底的にしゃぶるつもりか。
『中に入ってくれないか?』
「い、いいけど……、」
戸惑い気味に、それでもなつきは俺の指示通りに動いてくれた。
幕を上げて、中へ。
中はアダルト仕様で薄暗い。真ん中に囲炉裏のように丸い暖炉があるのは同じだが、敷かれたラグはもっとふわふわしていて、色合いもどこか官能的なチョイスだ。その空間の奥に、一人の女の子キャラが蹲っていた。
膝を抱えて、真っ裸で、顔を膝に埋めて、小刻みに震えている。
「お姉ちゃんが悪いんだ、お姉ちゃんが……、お姉ちゃんのせいだ、」
ぶつぶつと呟く声だけが、呪文のように室内に流れていた。
なんてこった、くそったれ共。未成年てのが丸わかりになるように、強制ロリ設定なんだぞ。ルナと同じくらいの年齢設定のキャラだ、10歳くらい……実際は16、7かも知れねぇが……犯罪だろ。いくらバーチャルでも、許されることと許されないことくらい、区別付かねぇのかよ。
『連れ出せないか?』
「え……、それは、本人の了解があればいいけど……、この子は動かないって聞いてるよ?」
『なんでだ? 向こうへ逃がしてやりたいんだ、協力してくれ。』
「それは、……無理だと思う。この子、仲間に見張られてるんだ。なんでも、お姉さんが裏切ったから参加費が倍ほども掛けられちゃって、それをこの子に返済させてるって。姉のした事だから、妹が責任取れとか言われてるって聞いた。」
俺たちはぽそぽそと、リラには聞こえない程度に声を落として話を続ける。
ふと、彼女が俺達に気付いた。
「あ。……やるの? 一回3000Gだよ。フェラは別で1000G、それから……、」
抑揚のない声で、自身の値段を読み上げる少女。虚ろな瞳が、なつきを映している。
「ね、ねぇ、もう帰ろうよ。ボク、なにも出来ないし。」
なつきの声は半分泣き声だ。何も出来ないの意味は、違ったんだ。
バレかねない台詞を残して、なつきは逃げるように立ち、テントを飛び出してしまった。
すっかり暗くなった草原地帯。変わらないのは、羊や牛の鳴き声だけ。人影はない。
『嫌なモン見せた。すまん。』
なつきはこくりと頷いて、そのまま歩く。
だから嫌がってたのか、悪かったな。
差別ってのは、どうしても男より女のほうが悲惨になりやすい。見なくて済むなら、見たくねぇよな、何にも出来ないって解かってるなら特に。お前の置かれた状態も似たようなモンだ、なおさら辛いよな。
一人二人の悪党が悪事をしてるなんていう、単純な構図じゃない。
ルシフェルのクソ野郎は、何も手を下していない。赦してるだけだ。それぞれが、それをいい事に調子に乗ってやがるだけだ。
しょうもねぇ小悪党だらけ。弱い奴らが、さらに弱い者を強請っていやがる。
こういう時は、どう解決すりゃいいのか。すっきりと解決出来る手立てなんか無いかも知れない。
参加費なんてのも、きっとルシフェルが考えたことじゃない。アイツはただ、知らんフリをしただけだ。
自分の手は、決して汚さない。




