第八話 価値ある人Ⅱ
「おら! なにウロウロしてんだ、お前! もうノルマ達成したのかよ!?」
「ま、まだです、ごめんなさい、」
廃人クラスのプレイヤーが怒鳴りつけた。装備を見れば割と一発で見分けがつく種類のヤツだ。
廃人っても色々と居て、いかにもってレア装備で全身固めて自慢げな野郎とか、コイツのことだが。エカテ姐さんたちみてーに、ステータス見ないことにはまるで普通ってヤツまで、ピンキリだ。
慌ててなつきは小走りに、フィールドの隅へ駆けていく。
牧草地のあちこちに点在してる採取ポイントか。薬草が取れるってのはあるが、なんか、奪い合いに近い。
なつきがしゃがみ込んで草をむしってたら、別のヤツが割り込んで、取り合いになって。両方必死だ。
普通は先人が居たら譲るんだけどな。
必死に仕事してる奴等と、見張りでうろつき回ってる奴等とが居る。
一部の廃人や上位連中は優遇されてるらしいな。
「ほれ、しっかり働けよ! 俺らが頑張って攻略してやるんだからな! しっかり働かないと、参加費が足りなくなっても誰も貸しちゃくれねーぞ!!」
なんだと?
参加費、の一言で察しがついたぜ。
コイツ等は思った以上に腐ってやがる。どうせ全員でかかる算段のくせに、上納金を搾り取ろうって腹か。中途半端なレベルの奴等は、あのアホ犬相手には手も足も出ない。だから、足元を見やがったのか。
上位の連中に好き勝手やらせて、それもルシフェルの求心力になるってか。
コイツ等にすりゃ、ここまで非道なことでも許してくれるヤロウは、ルシフェルさまさまってとこか。
いや、恐らく奴は聖人君子の皮を被ってやがるんだ、腐った連中は配下のレベル上げと称してヤツを騙したつもりでいるし、下の連中はヤツを騙したコイツ等をこそ憎んだとしても、あの野郎を憎む道理はないってなもんだ。
野郎が直接に命を下したわけじゃない。知らないフリをしてるだけ。ヤツのイメージは、クリーンなままだ。
人の弱みに徹底的に付け込む、ほんとうに嫌な野郎だぜ。
業突く張りが、弱い奴等を虐げて搾取する。
運営は今回の事件でロストした分のあれこれは保障してくれるだろうし、増えた分を無しにはしないだろう。
経験値、アイテム、そんで、ゲーム内通貨。
コイツ等はログが取られているだとか、そんなモンは考えにもない。
野郎ほど用心深くはない。
けど、こういう単純な小悪党ってのが、一番、凶悪になるもんなんだよな。
運営なんぞ怖くないって状態で、悪事の限りを尽くす。
ルシフェルも騙してるって、コイツ等自身はそう思ってやがるだろう。巧い事やった、と。あの野郎が知らないはずはなく、知った上で見逃してるなんて、搾取する側もされる側も気付いちゃいないんだ。
される側は特に、気付いていて知らん顔してるなんて、夢にも思っちゃいない。
気付かないから、気付いてくれることを祈り続けているんだ。無駄な祈りだ。
ヤロウは最後にどんでん返しをするだろう、得意の演説で。
済んだことだから、もう言わないが。と。
気付くのが遅かった、済まなかった。と。
クソ野郎。
午後に入って、なつきは何人かと示し合わせて峠ダンジョンへ入った。
あん時の連中だ。奴らはもう忘れちまったのか、平然となつきの肩を抱いて笑いかけている。
なつきはさすがに引き攣りぎみのお愛想笑いを浮かべるだけだが。
こんなモンだ。イジメの構図なんてのは。
ストレス発散だ、皆がヒエラルキーの中で自分の位置を維持しようと躍起になってる。
他者を卑下し、いたぶり、自分のほうが上位にあると確認して安堵する。確認の為の儀式が、イジメだ。だからエスカレートしていく。態度も、意識も。
根底に差別の意識が横たわる。
気に入らないというだけで殴る蹴るが出来るのは、相手をもはやオブジェクトと見なしてしまっているからだ。
人間だという意識が、ソイツの都合次第で突然どこかへ消え去る。棚上げになる。
だから昨夜は殴る蹴るだったコイツ等が、今日には笑いながら肩を組んでくるなんて、おかしな事になる。
本気でコイツ等は昨日のことなど覚えちゃいない。
「今日は頑張ってくれよ、なつき!」
「効率よくいこうぜ、5人分だとあと何日かかるかなぁ?」
なつきは嬉しそうな顔をした。
5人、自分が入ってたからだ。そんな些細なことが嬉しいなんて、どうかしてるぞ、お前。
コイツ等は本当にイジメの自覚なんかないんだな。
あれだけの暴力を振るっておきながら、なんでだか、大したことじゃないと思い込んでる。
明確な非難がなければそうなるのは当然なんだ。人間は、慣れるからな。
思考停止で想像が連鎖していかないんだ、相手が人間だと意識していれば連鎖で罪科を思い浮かべる、けど、ゲームのように相手を物扱いしていれば、途中で人間か物かで認識がスライドする。都合次第でな。
自分を上におくために、上下という意識がそうさせる。それは差別の芽だ。
ストレスで苦しい、だからそれを軽減しようとして、逃げる。思考は停止してる、友達でも平気で八つ当たり出来るようになる。その時だけは"物"に見える。
『自尊心』が、『自分という人間には価値がある』という輝かしい自信が、人を差別する温床だ。
ありもしない『価値』を、上下という明確な位置付けで確認しようとした時、『差別』は発生するんだ。
下に見た相手はやがて『物』にまで格下げされる。ここみたいに枠がキッチリと敷かれていればなおさらに。
負のスパイラル。




