第四話 歪な影響Ⅰ
奴は、俺とサザンクロス、それにチート連中くらいしか戦力になる者は居ないと踏んでいやがる。
新人がそこに加わるとは思ってもいないんだ。
そりゃそうだろう、あの街の状態を見りゃ、レベル上げが出来るなんて思わないものな。戦争が始まったとしても、まるで役に立たない、それどころかお荷物にしかならない程度の防御や攻撃の奴等だ、使うとは思わないよな。リアル死がかかってるようなこの状況下ならなおさらだもんな。
エネミーも涌かないフィールドの隅っこで肩寄せあって縮こまってると考えてんだろう。手に余ると判断したからこそ、放り出した連中だもんな。
新人連中は来ないと踏んでる。だったら、幾らチート連中が攻めてこようが支配が崩れる心配はない。
なんせチート使ってる連中だ、その理由で追いだした連中だ、こっちの奴等は認めやしない。自分たちが虐げられていても、自分たちが虐げたことの非を、認めたりはしないよな。今まで我慢してきたのも、それがあるからだもんな。
お前が説明してやるまでもなく、勝手にそう思うんだろうさ、こっちの奴等は。
居ないということを、都合よく解釈するんだろうさ、"奴等も新人を虐げている"てな。
そんで、俺やチート連中を憎むことで自分の正当性を取り繕おうとするんだよな。
よく解かってやがるよ、本当に。外道が。
それにしても静かだな、こっちは。向こうはそれこそ夜でも大騒ぎだったりするのに。
あちこちで女口説いてたり、男口説いてたり、取り合いしてたり、痴話喧嘩で暴れてたりするんだが、こっちはそういうのどころか、見回り以外では誰もウロウロしていないんじゃないか?
妙だな。
娯楽のはずのゲームに閉じ込められて、ここが生活の場になっちまってんだから、みんなもっと暇を持て余してるもんだと思うんだが。俺達の陣営はそれで恋愛くらいしかすることないからって毎晩酷い騒ぎだってのに。
エカテ姐さんが余計な知恵をつけるから……、(ブツブツ)
24時間ってのは、他に何もすることがなけりゃ、恐ろしく長いんだ。
あっちにバグテントがあるな。木立の中にポツンと、あのシチュエーションはバグ利用のテントだ。
幾つか同じようなテントがある、しかも何人か出入りしてるようでもあるが……なんか、嫌な予感がするな。
アダルト仕様のバグテント、中で誰が何をしてる……?
正面から景虎で殴り込みかけてやってもいい。が、あの野郎に二度同じ手が通じるもんとも思わねぇな。さっさとヤバいモンだけ引き揚げて証拠隠滅ってのも考えられる。やりそうだ、あの野郎なら。
もうちょい様子見といくか。朝になったら、どういう状況か、少しは見えるだろう。
この静けさはどうもヤバい。
お、誰か来た。ここなら見えるわけないと思うが、なんかまっすぐこっちに来られると、見つかったかとヒヤヒヤするな。騎士に戦士、男ばっか四人とちょっと離れて女の子が一人。この距離じゃさすがに性別アイコンまでは見えん。
全身鎧タイプの盾職の女の子キャラだ。隙のないガッチリ鎧でも女性用はそれなりにカッコ可愛いんだよなぁ。
ヤロウのほうは……視界に入れたくない、拒否。
女の子は、ピンクの髪色をした子だ。これ、課金の色なんだよな。ふわっとした髪型で、耳の横の後れ毛がくるくるカールになっている。課金フェイスはやっぱ普通以上に可愛い。ぽちゃっとした唇が。おおぉ。
普通は自分自身の顔を苦労の末に改造かカタログにある無料フェイスから選ぶもんで、だから似た顔だらけになるんだよな。
感動してる俺のちょうど真下あたりに五人はやってきた。
「おい、」
アゴしゃくって、男どもが女の子を呼びつける。
見つからないように細長くなって城壁の端っこから下を覗いた。声はよく聞こえるんだが。
おずおずと女の子が出てくると、いきなり突き飛ばしやがった。
倒れた女の子に、連中が容赦ない蹴りを浴びせ始める。顔面とか止めてやれよ、お前ら。
連中の顔はよぉく覚えておこう。そんで戦争の時に三度は殺す。
とか誓ってる間にも、連中は女の子キャラに暴力を加え続け、蹴りながら怒鳴りつけた。
「お前が! ちゃんとやんねーから! 解かってんのかよ、ああ!?」
「ご、ごめんなさい、」
「盾だろが! 盾ってのは要だろ、しっかりしろよな!」
「迷惑かけてんじゃねぇよ! ヘタクソが!!」
寄ってたかって女の子を蹴りまわしながら、男どもは口々に罵りの言葉を浴びせる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、もっと巧くなるから、ごめんなさい、」
彼女は必死に謝り、頭を両手で庇うように小さくなって、それを連中は力一杯で蹴り続ける。
「俺らはお前に掛かってんだよ! お前が巧く守備してくれねーと、最終攻略で支障来すだろ!?」
「お前と心中なんて御免だからな! 死ねよ、ヘタクソ! 盾なんて選んでやがって、俺らはとんだ貧乏くじ引かされちまってよ!? お前みたいなヘタクソと組まなきゃならないとか! 死ね! クズ!」
よぉし。お前らの顔は覚えた。優先的に殺しに行ってやる。
いっそのこと、景虎被って殴り込んでやろうかと思うんだが、この距離だ、間に合うかどうか。
そんで躊躇してる間に暴力は収まってきている。
最後にツバを吐きかけて、四人は女の子を置いてテントの方へ帰っていった。
ムカムカする。こっから壁を伝い降りることが出来たら、即、助けに行ってやるのに。
残念ながら、地続きではあっても障害の扱いがスルー禁止になってる。これもリアルとゲームの差異だ。現実なら壁を飛び降りれば済むが、バーチャルではそこは禁止事項で境界線は超えられないんだ。
イジメの発生もあるだろうとは思っちゃいたが、こうもあからさまとはな。
「う……、うっ、えぐ、」
女の子は可哀そうに倒れたまんまで泣きじゃくっていた。
もうしばらくの辛抱だ、すぐ、解放してやるから。
俺達の陣営と、こっちの陣営の大きな違いは、俺が居るかどうかってことに尽きる。
向こうの連中は、こっちに比べてずいぶんお気楽に見えるが、それも当然のことなんだ。なんせ俺という超絶チートが居るから。ご都合主義の塊みたいなのだからな、俺は。
こっちの連中は絶望してるんだ、大きな犠牲を払わなきゃこの世界からは逃げられないと思ってる。むこうは、俺がどうにかしてくれると思ってる。その違いは大きい。
女の子が立ち上がった。虚ろな目をして、ずいぶん危険な状態に見える。
早まるなよ、俺が助けてやるから、もう少しだけ我慢してくれ。祈るような気持ちで観察を続ける。
「こんなの……、死んじゃったほうがマシだ……、」
ぽつりと、呟いた。




