第二話 実証Ⅱ
暗黒竜は、俺の皮の傍を通っても無視した。
「どうやらお前の抜け殻はオブジェクトとして認識されるらしいな。」
ランスがそう言った。そういえば、コイツのステータス欄は見たことがなかったな。
名前、秋津、か。だいたいネーミングセンスを見れば、問題のあるなしは解かるからな。
暗黒竜が俺達のいる地点から一番遠い広場の端っこへ移動した。見計らうように、ランスは俺に背を向けて歩き出した。
『何処行く気だ?』
こっち向け、メモ見ろ。
「帰るんだよ。……報告しなきゃいけない、」
視界の隅に映ったんだろう、顔だけこっちに向けてヤツが答えた。
『あんな野郎に、これからも付き合うつもりか?』
メモ書きを見て、ランスは少し困った顔をした。
「あんな野郎だけど、友達なんだ。」
『向こうはそんな事、思ってないぞ。』
「……そうかも知れん。けど、こんな状況になる前は、普通に付き合っていけるヤツだったんだ。」
コイツは、あの野郎を信用してない。信じられないと解かってるのに、どこかで信じようとしてる。
利用されてるだけなのに、そうじゃないかも知れないと、奴への希望を捨てきれずにいる。
ヤツを見捨てることが出来ないでいる。
解かってるくせに。
「じゃあな、今度会う時は協力出来る事を願うぜ。」
互いの陣営が協力してあのデカブツに立ち向かえれば、そりゃ、それが一番いいに違いないけどな。
そうはならないだろうと予測してる俺と同様に、コイツもそう思ってるだろう。
次に会う時も、きっと敵同士だ。
暗黒竜が休止モードに入るのを待って、俺も戦場を離れた。景虎の回収に少し手間取ったりして。
適当な場所から屋根に上り、景虎にリンク。少し、考える時間が欲しい、皆の許へ戻る前に少しだけ。
追いすがるエネミーを斬り倒しながら、城壁の上にまで移動した。
ここもエネミーがうじゃうじゃと涌いて出る場所だが、そこからさらに移動したところの教会敷地内に、エネミーの涌く拠点はなかった。
小さな噴水がある。そんで、ベンチが囲うように四つ配置されている。
どっかと腰を下ろして、そこで俺はようやく一息吐いた。
ひどく疲れた。
街の中に入れば、そこでセーブが行われる。セーブといっても、簡単に現在地と各種ステータスの数値が記録されるだけのことだ、復活の際に巻き戻しが起きないようにする程度のものだ。続けてプレイしてりゃ、どんどん更新されるようなモノだから、バグるほど複雑な記録じゃない。
バグった街の中で死んだら、どうなるんだ?
俺達も、覚悟の上でレベル上げの方策として利用しちゃいるが、危険度が高過ぎて実証なんて取れやしない。慎重に慎重を重ねてるからこそ、盾職人を多数揃えて守りを固めて掛かってるんだ。
他の街やダンジョンでは問題ないらしい事は解かってる、プレイヤーの証言がある。
もう一度、ルシフェルのヤロウを監視しに行かなくちゃいけないな。
あのチーム、誰か一人でも復活したんだろうか。
教会の屋根に上り、景虎を引っ込めた時に、奇妙な感覚を覚えた。
この感覚、前にもあったぞ、フィールド移動の感覚。もしや……!
スライムの姿で、教会の屋根から城壁通路へ移動した。
すぐ隣の服屋の屋根へ移動しようとしたが、見えない壁に引っ掛かって進めない。
やはりだ。
教会の屋根から城壁通路の一部までは、バグってない普通の街区画だ!
よし。
あの野郎が気付けない死角を見つけた。
スライムの俺は城壁通路を移動しても、身長が低すぎて完全に姿が隠れている。城壁からテント群も見える。
反対側、街側の壁へ寄ろうとすると、またフィールド移動の感覚。そして、バグった街の風景が見える。
つまり、テント群とこの通路の外半分は、フィールド上の地続きってことだ!
テントの城が見える。ヤツの根城。
意識を飛ばせば、潜ませておいた俺の半身にコントロールが移る。一方は敵の涌かない街フィールド、こっちはカケラほどの小さなボディが、テント中央の暖炉の火に紛れ込んでいる。これで何の気兼ねなくスパイが出来るぜ、見つけられるもんなら、見つけてみな。
奴は俺に気付くこともなく、侍らせた女といちゃついていた。こないだ見たのと違う女だ。
まったくいい御身分だぜ。テメーのせいで、人が死んだかも知れないってのによ!
そこへ、あの秋津とかいうランスが入ってきた。俺と別れてずいぶん経つ、遅かったな。
血相変えて、入ってくるなりルシフェルに向けて怒鳴った。
「おい、突っ込ませた連中、誰も生き返らないぞ!?」
「そうか。」
奴は平然としてる。
「バグの具合からして、そうじゃないかとは予測していた、慌てることはないさ。おおよそ、ダメージがデカ過ぎてリアル死したか、バグに絡まって永久ループに入ったか、とにかくボス戦で死んだらアウトだって事がはっきりした。
ついでに、連中は魔法陣が動作不良を起こすことも確認してくれたんだってな。感謝だな。」
上機嫌に笑って、そう言いやがった。
「て、お前、それ……、」
ほれ見ろ。ソイツはそんなヤロウだよ。
お前が期待するような、そんな良いトコなんて欠片も残っちゃいないんだよ。
落胆したような声音が、ヤツの勘に触ったんだろう。奴は急激に不機嫌になった。
「ん? なんだ、何か言いたいことがあるならはっきり言えよ。俺はそういう態度が一番嫌いなんだ。」
かつて友達だった奴に掛けられる憐みに似た視線ってのは、やっぱアイツにとっても痛いもんなんだな。
でなきゃあんなに怒りをあらわにすることはない。
ランスの野郎は、俯いて首を横に振った。
逆らったら次は自分がやられると悟って黙ったんだろう。
「そう、それでいい。俺の言うとおりにしてりゃいいんだ。そうすりゃ、無事に脱出させてやるんだから。もし、俺の邪魔をしやがったら、許さない。そん時は、仲間だろうが永久ループの中に叩き落してやるからな、覚えておけよ?」
これで、二人の間にあった友情は、完全に壊れた。
今の二人は、支配する者とされる者との関係だ。
追いついてきたので、一話ずつ更新します。




