第十一話 密談Ⅱ
「おい、ルシー。ほんとに大丈夫なのか?」
「なにが?」
軽い仕事のように言ってやがったが、問題は何をさせようというのか、だ。
言葉通りの簡単な仕事ってわけはない。コイツのことだ、命懸けのことをやらせるつもりだ。実験のために。
宿屋で寝ているっていうコイツの仲間のことが脳裏によぎった。実験なんだ、きっと。
ランスは堪りかねたような表情と口調で、訴えかける。
そいつには良心なんぞないから、無駄だと言ってやりたいぜ。
「だって、広場には暗黒竜が居座ってんだろ? 無事に帰ってこれるわけないじゃないか、もし死んだら生き返れるかどうかも解からないって、お前が言ったんだぞ?」
「そうだよ、暗黒竜の攻撃なんか食らったら、まず間違いなくリアル死だ。けど、それが確かかどうかは解からないだろ? 何事も検証が必要だ、誰かがやらなきゃならない事なら、同じことだろ?」
「え!? 魔法陣の検証じゃ……?」
「そうだな、それも解かるなら有難いかな。でもまぁ、彼等だけじゃ無理だろう? ダメージ検証の方が叶えば御の字だね。」
コイツ! やっぱり、と思う反面、予想以上の危険思想に身震いした。
さっきのヤツを、暗黒竜のダメージ検証に使う気だったんだ! 人体実験だぞ、解かってんのか!?
「そんな……!」
あっちも気掛かりだが、こっちも拙い空気が流れている。なおも下がらないランスに、周囲の二人が眉を顰めた。
ルシフェルは平然と顔色も変えない。隣の二人が動くことを知ってやがるんだ。
危険だぞ、お前。やめとけよ。
「うるさいな。なんなら、お前が代わってやるかい? 俺は別にどっちでも構わないよ?」
「い、いや、俺は嫌だけど、」
声が弱くなる。いや、本能的にコイツの危険性を察知したんだろう。
それでいい、今は逆らうな。
「そうさ、誰もが嫌がることだ。だから、俺があいつらに行くように仕向けてやったんじゃないか。」
暴君の論理。コイツは、自分が狂い始めていることに気付いていない。
ここはバーチャルだと自分で言っておきながら、自分が作った枠組みの役割に捕らわれちまってる。
「そういやお前、【隠密】持ってたよな? あいつらの確認してきてくれよ。どこで死んだか、死んだ時の敵と、受けたダメージと、死んだ後にどうなったかのデータが欲しい。」
「お、お前って奴は……、」
迷っているランスに、他の二人はすでに冷たい視線を向けている。完全に洗脳状態だ。自分の判断なんてものは、もうない。王がYESと言えば、全員がYESになる。王自身も、だ。見えない手が動かし始めるんだ。
【隠密】か。アサシン系のスキルだが、職業による制限を設けていないこのゲームでは好きなようにスキルはチョイス出来る。それに、衣装や武器類に付いている場合もありで、わりと自在に組み合わせが効くんだ。
プレイヤーのスタイルによって、幾つかの"型"は存在するけど。
「早く行け、見失ったら、また別のヤツを行かせるぞ。」
冷酷な言葉に、後ずさりながらランスはしぶしぶ頷いた。
巧い手だ、離反しそうだったあの男を共犯者にしやがった。
他の連中のような無意識の共犯じゃない、はっきりと意識のある、首謀者の一味に引きずり込んだ。
洗脳ってのも、掛かりやすいヤツ掛かりにくいヤツが居るってことだな。
俺もこうしてはいられない、意識を本体に移動させて周囲を確認する。幸い、見張りの類は見えないな。
さっきの男、マジですぐ突っ込んで行ったりしてないだろうな?
……ちくしょう。
俺の、責任もあるんだ。
こんな状況になったのは、俺がぐずぐずと理想ばっかり考えて動かなかったのもあるんだ。
誰かを犠牲にする覚悟で暗黒竜に挑んでりゃ、とっくに終わってた事かも知れねーんだ。
全員一緒に街に入ってることが最低限の条件だ。そんで、決死の数人で掛かっていれば、俺は確実に暗黒竜を倒せたんだから。今となってはどうにもならないけど。
全員揃って助かりたいって考えたせいで、後手を踏んだ。
ルシフェルという基地外を生み出した。
もう、作戦のなんの言ってる余裕はねぇ。即座に景虎を引っ張り出した。
「侵入者だ! あ、か、景虎だー!!」
引き攣った見回りの声。
邪魔すんな、殺すぞ。
戦争に向けて用意した、PK用の装備を手にした。双剣、『無敵』――バグった街の雑魚エネミーの中でも特別のヤツが落とすドロップ品、わずか0.2%の確率でしか出ない上位武器だ。
固定ダメージ、という、俺に打って付けの性能を持っていてな。最大まで強化済みだ。
「景虎だ!」
「多人数で取り囲め、盾! 盾が要る!」
大騒ぎになった。さっきヤロウのテントに居やがったランス以外の二人も駆け寄ってくる。
お前らに時間割いてる余裕はないんだ、悪ぃな。
一撃で苦しむ間もなく殺してやるよ。
「テメェ、いったい――」
何しに、か? 言い終わる前に掻き消えた。
この武器は遠距離投擲可能なんだよ。ぶん投げた剣が頭部にめり込んだ瞬間にプレイヤーは消えた。
ブーメランのように手許に戻る剣を片手で受け取る。
「う、わ、」
「ば、バケモノ、」
「そうだ、俺はバケモノだ。だから近寄ると死ぬぞ。リアルでもな。」
怯んだ隙に包囲の一角に突っ込んだ。
悲鳴と怒号が入り混じる。
盾構えて、それで通せんぼのつもりかよ。
カウンタースキルで身構えてんのは解かってる、ネロの奴も試技戦で俺には通じないって知るまでは何度も仕掛けてきたからな。無駄なんだよ。
激突する瞬間、俺は剣ではなく、手の甲で盾をぶち抜く。【ダメージゼロ】発動、スキル相殺。
盾が衝撃を吸収するが、しきれない分はプレイヤーにダメージだ、ぶっ飛べ。そんで消え失せろ。
通常ルールは通用しない。俺はバグってるからな、優先順位はすべて俺のスキルが上だ。
直接攻撃すべてに優先されるはずの【カウンター】に関しても、な。
「無茶苦茶だ!」
「カウンターだぞ!? スキルが効かないなんて!」
「バグだ! 奴に触るな、バグだ!!」
パニックが起きれば瓦解する。雪崩れるように道を開ける群れ。
人々が逃げる中を突っ切って、城門へ突入する。刹那。
憎悪の篭った眼差しを感じた。ちらりと視線を投げた先に、ルシフェルが居やがった。
……あの外道。
今度会う時は、殺し合いだ。覚えとけ。ゼスチュアで宣告した。




