第三話 馬車トラブルⅠ
各町を繋ぐに便利なショートカットの手段ってのが、本来なら幾つかあるはずなんだけどさ。
残念ながら今回の暴走ではそれらが全部アウトになったらしくて、皆が徒歩だ。
まぁ、俺なんかはそれらが無事でも、利用できたかどうかなんて解からないんだけどさ。
ペットはペットでもせめて馬くらいならこんな事には……。しくしく。
全チャンネル合わせて常に1万人近くはINしてるサーバーだから、事態が収拾するまでに相当日数がかかるだろうな。サーバーは複数あるのが常識で、さらに各サーバーはチャンネルっていって階層を分けてあるのが常だ。一つのサーバが暴走しても他のサーバーは無関係ってこともあるし、全部イカれてることもある。
データの大部分は各ユーザーの端末にあるから、各家庭で電子技師を呼んで手動切断ってのもアリだ。最終手段だけどな。運営はものすごい損害が出るから、その方法は取りたがらないってだけ。
いつだったか裁判になって、手動切断は基本自己負担の判決が出た時は世論が沸いた。
まぁ、とにかく、中に閉じ込められた奴には、何も解からないってことだ。
可愛い金髪女騎士さんと平和的にお別れした後、俺はそのまま森を進んで行ったんだ。近場の街を目指して。
◆◆◆
ぬ? お約束の展開ですか?
馬車が横倒しになって、二つのパーティメンバーが睨み合ってる。馬の取り合いってとこか。
おそらく騎士含む向こうの4人が襲ってきた連中で、こっちの女の子4人が馬車の持ち主だろう。立ち位置的に。
ちょうど俺が、森を抜けて街道に出たところで遭遇したわけだが。森の中に通ってる馬車道だ。
なんか面白いことになってんなー。
「だーかーらー、タダでなんて言ってないじゃないすか。ほら、お金は払うんだから譲ってくださいよー。」
紙切れみたいのをピラピラ振って、伝説の防具セット一式を身に纏った騎士様が言った。あの紙切れ、小切手だわ。初めて見るかも。金満プレイしてるヤツくらいしか使わないアイテムだ。課金廃人かよー。あの鎧、めっさ性能がいいんだよな。でも最高レベルに到達してないと装備出来ないから、あいつらはたぶん全員高レベルだ。
譲っときゃいいのに、あの子ら、なにを抵抗してんだ?
「だめなんだ、悪いんだけど。この馬はペットでINしただけの、俺達の仲間なんだよ。売るなんて出来ない。」
おお、俺と同じ境遇のやつが居た。てか、あっちの4人は男の娘か。がっかり。
ネカマってわけでなくても、こういうゲームじゃわざと本当の性別とは違うキャラメイクをする連中が結構居るんだよな。混乱を防ぐ為に頭の上にアイコンがあって、プレイヤー自身の本当の性別は識別出来るようになってる。目立たないから傍まで近寄らなきゃ見えないんだけどな。目一杯、触手を伸ばしてこっそり確認した。
どっちでもいいんで早めに決着付けて出発してくんないかなー。
こっちはすでに馬車に紛れ込んでスタンバイオッケーだよ。
「ペットでINした? そりゃ不運だったな。けど、それならそれで余計な手間が無くていいじゃん。この小切手と馬車を交換するだけで済むし。」
プレイヤーが召喚してる馬だったら、譲渡なんて出来ないから、誰かがトレードされることになる。けど、馬自身がプレイヤーってんなら、馬車の定員数4人にぴったりだから、そのままで街まで行ける。ちなみに俺はカウント外ね、これもバグだったりする。荷台にゃ乗れないから、幌の上によじ登って待機してんだよ。
上から口調で金満チームのリーダーらしき騎士が言い放つ。
「お前らは歩いて街まで行って、お馬さんは向こうで待ってりゃいいじゃん。俺達さー、社会人なんだよねー。これ以上会社を休むことになると拙いんだよ、解かるでしょ?」
不味いんならネトゲなんかしなきゃいいだろが。ニュースで散々騒いでたってのに。
最近、ゲーム暴走が多いってことで、真面目な社会人の中では泣く泣くそれまでやってたタイトルを引退したって奴らも結構聞くぞ。だいたいコイツ等、頭悪いだろ? これ、召喚ペットだったら、トレードの末に一人残される仲間は針のむしろに座るようなもんだが、まるっきり考えてなかったんじゃね?
プチンと切れたような顔して、先頭の男の娘が怒鳴った。
「俺らだって、大学の休みが終わって単位ヤバいんだ、そんなのお互い様だろ!」
いや、すんません。コイツラどっちもどっちだった。
俺もリアル大学生だけどさ。休み挿んだ10日程度で単位がヤバいなんてほど、サボってねーぞ。呆れた。
社会現象になりつつあるからな、VRトラブルって。大抵の会社や学校がこういう場合の保障はしてくれる。今やVR機器なしでの生活は成り立たないんだから、当たり前か。会議とか授業とかフツーにVR空間利用してるもんな。
最大手のVR機材管理会社にもなれば、トラブっても即座に電子技師を派遣する。企業の財力が違う。だから弱小の多いゲーム運営なんかは、論ずるまでも、てな。それでも保険は充実してるし、さしたる問題はないはずなんだが。
「とにかく、馬車は譲れない! お前らは元々徒歩だったんだから、歩いていけよ!」
「そーかよ! せっかく人が平和的に交渉してやってんのによ! 力ずくのがいいんならそうしてやるよ!」
いいぞー、やれやれー。人間、切羽詰ると本性丸出しで面白れーなー。
そんで早い事決着付けて出発しよーぜー。
どーせ死ぬわきゃない、どいつもこいつもそう思ってるから通常運転だよ。緊張感まるでなし。
そん時だ。いきなりコボルトの集団が涌いた。
「う、わ! しまった、タイムテーブル!!」
「くそ、なんだってこんなタイミングでここに出るんだよ!」
剣を交えていた連中が一気に離れて自軍で固まる。こんな時くらいは協力しあえばいいのになぁ。
涌いて出たコボルトは、『雑魚の代名詞のコボルトってネーミングはただの飾りです』ってくらいにベツモノ、なんちゃってコボルトと陰で呼ばれてる凶悪な奴等だ。レベルで言えば、あの金満チームの連中より高い。フィールドの何処に出てくるか解からない、いわばジョーカー的な連中で、かち合ったら最後、まず勝てない。こういう底意地の悪いことを平気でするタイトルだから、チート武器でズルをする連中が減らねーんだよな。
まぁ、タイムテーブルとか喚いてんの聞けば解かるよーに、プログラム解析に命懸けてる連中が、コイツ等の出現パターンとかを解析していて、今では何時何分のレベルで何処に現れるかまで解かってんだけど。
攻略Wikiに載ってます、ちなみに。
おらお前ら、誰かこういう時のためにってチート武器の一本くれえ持ってねーのか? リアルマネーで買える最強攻撃力の武器、ペナルティも入手難易度も関係なし、始めたばっかの初心者だって扱える一撃必殺の武器をよー。
どーせ持ってんだろー、金満プレイじゃデフォだもんな、とか思ってニヤニヤと見てたら。
ヘンなこだわりでもあるらしく、金満チームのくせに武器はノーマルばかりだった。あ、こりゃ全滅だな。
馬が走っていこうとするもんだから、あわてて拉致った。こっちは範囲ズレてるからギリギリやりすごせるんだよ、勝手に出ていって巻き込まれるんじゃねー!
コボルトは手にした棍棒で無差別にプレイヤーを襲う。一匹だけならなんとかなるかもだが、相手は十数匹だ。応戦してる横から別のコボルトが襲い掛かる。うーむ、連係プレイか? AIの癖とか今のうちにしっかり解析しとこう。
まぁ、アレだ。ここで死んでもセーブ箇所まで戻るだけだし、滅多にはリアル死とかないからー?
あんまりさっさと死ぬんじゃねーぞ、データ取る間くらいは生きてろよ?