第七話 恐怖政治Ⅰ
順調に新人のレベル上げが進んでいたある日だ。
「景虎!」
訓練から帰ってみたら、エルフ姫が待っていて手招きで呼ばれた。
「景虎、こないだ引き抜いた見張りの人がさ、ちょっと話したいんだって。」
「ああ?」
なんだ? 向こうの連中で、こっちに来たそうな顔してるヤツが居たら、そのまま引っ張ってくるように指示してたんだが、何か問題でも起きたか?
「最近さ、連中の様子がなんか変みたいなんだ。サザンクロスの人らも言ってなかったか?」
「いいや? 聞いてないぞ。」
もしかしたら、とこの時に思ったのはあるが。
あの野郎のことだから、そのうちこうなるんじゃないかと予測はしてたんだ。その時期が早まったのかとな。
ピン、と来た。
「なんかさ、今朝もわたしが声をかけた見張りの人がさ、頼むから声をかけないでくれって、泣いてお願いしてたんだ。これって、おかしくね? なんで、あんなに怖がってんだろ?」
「やっぱりか。あの野郎、ついに正体現しやがったな。」
俺がそう言うと、姫は首をかしげた。意味が解からんか。そうだろうな。
早かったんだろうか、それともこんなもんなのか? こっちとあっちで分断されて、早二ヵ月だ。
差別の枠組みが作られたなら、次には序列とか階級が出来上がってくるのは当然の流れだ。
だから言ったのによ。自分が"何を"してるか解かってんのかって。
二ヵ月、その間にじわじわとプレイヤー同士の関係は崩され、変化していったはずだ。
急激なものなら気付いても、ゆっくりと、少しづつなら勘付かれないものらしいからな。洗脳ってのは。
俺達が呑気にやってる間のことだもんな。あっちとこっちで、この差、か。
もうこっちが居ようが居まいが関係ない。自分たちの陣営内で、差別の構図は出来上がってるだろう。
ヤツを頂点に、ピラミッドが出来ていて、逆らう事など出来ない身分制が敷かれてるはずだ。下層に居る連中は日々戦々恐々としてるだろう。逆らえば、脱出させてもらえなくなる、排除のターゲットが自分に移る、そう信じさせられてるはずだ。(その為に俺達は最少派閥にされ、排除された。)
最下層の連中といえ、全体の半数は居る。ソイツ等は、チート連中よりはマシだと溜飲を下げて我慢し続ける。だから、こっちと交流を持たれるのは不味いってなものだ。ヤロウ、今度は何を仕掛けた?
「で、どこに居るって? 他の連中には聞かれたくない話なんだろ?」
姫はこくりと頷いて、こいつには珍しく深刻な表情で俺を見た。
テントの幕をばさりとめくって中へ。
姫は外で待機すると言って、入らなかった。中には一人の女の子キャラが心細そうに肩を丸めて立っている。
一ヶ月……いや、もうちょい前に姫がこっちへ誘った女の子だな。
どうしたんだ?
おかっぱ、とかは言わんのか、ショートボブ? ぱっつんに切った前髪に、横は耳が隠れて後ろ頭が刈り上げに近い感じ。黒髪っていうか、カラスの濡れ羽色とかいうんだよな。つやっつやなキューティクル。
可愛い顔とかいうのは、もうバーチャルでブサイクな女探したって無駄だろ。魔法職なのか、ローブを纏ってる。
彼女は俺を見て、すぐに姿勢を正した。
「あの、初めてお会いします。て、あの、前からお姿は拝見していたんで、その、」
「あー、固いことは無し無し、普通にしてくれ。俺も話しにくい。」
「いえ! あの、そういうのは、駄目です。ちゃんと分を弁えておくべきです、」
はーん、こりゃかなり洗脳入ってんな。向こうへの反感がものすごかったから誘ったとは聞いてたが、それでもこのくらいには影響されてんのか。礼儀作法だのなんだのかんだの。支配はまず権威付けから始まるもんだ。
「あー。あのさぁ、君、」
えーと、名前は、とステイタス欄を見ようと思った矢先で彼女が答える。
「はい! サクラといいます、妹はリラです。あ、もちろんこちらでの名前で、リアルでは違いますが。……なんでしたら、リアルの名も名乗った方がよろしいでしょうか?」
「いやいやいや! おかしいって!」
なんでリアルの個人情報とか喋ってんの!?
「あのさぁ。君は見たところ、俺に尊敬の眼差しみたいなの送ってくれてるけど、俺のリアルの名前なんて知らないだろ?」
「はぁ、それはもちろん。」
「だったらさ、なんで君がリアルを喋らないといけないんだ? そんなものは無くても、何も差し支えないだろ? いや、リアル情報を教えあうなんてのは、それはルール違反だよ?」
「ルール違反……、」
なに、そのびっくり顔は。こっちがびっくりだよ。
「敬語にしてもそうだ。そりゃ、いきなりタメ語とか使うのはどうかと思うが、普通の目上に対する態度じゃないだろ、それ? ここはバーチャルだぜ? 俺だって、下手すりゃ君より年下かも知れない。目上への礼儀っていうなら、これほど基準のはっきりしない場所はない。君は、何に対して敬意を払っているんだ?」
「えっと、あの……、」
サクラちゃんが怯んで一歩後ずさる。別にイジメるつもりはないんだが、ちょっと畳み掛ける口調になったか。
彼女は遠まわしに、ありもしない"権威"を植え付けられているんだ。最初は、『人に対する礼儀』という皮を被り、そのうち、『目上への当然の礼節』『上司に対する服従』、そんなところの、リアル社会ならば当然必要とされるルールをこっちに持ち込む理由付けにされてる。必要最小限でいいはずの、リアルでのルールだ。
「よく思い出してごらん。君は、同等の友人関係に対して、そんなよそよそしい態度なんて取っていたか?」
リアルとは違う。バーチャル世界は、上下関係など存在し得ないことが最大の特徴だ。ごっこ遊びの中でのルールとして、必要最低限での上下を、その時々、演じる役割に応じて決めるだけのことだ。
対等な者同士での、普通の礼儀さえ弁えていればいい話なのに、なぜそうなるか、だ。
「バーチャル世界では皆が対等なはずだ。それがここでのルールだ。人を下に見ることもルール違反だから、対等な者に対する礼儀は弁えなきゃいけない。目上など存在しない。君は誰にそんな嘘を教えられたんだ?」
強く。
間違いだと断定する。
洗脳を解くには、否定と、疑心への誘導が要る。
以前の、自身の持っていた価値観を思い起こさせるんだ。




