第四話 お茶会
「あたし、ここの銀行に食材詰め込んであるわよ?」
姐さんの一言は、俺を脱力させるに足るものだった。
皆のストレス状態がヤバいレベルだって話から始まって、気晴らしになんかイベントしないかって誘ったんだが。
「姐さん、」
「だって、銀行インベって不便じゃない。銀行間のやり取りは出来ないし、取り出すのに手数料取られるし。ペット買わせるための戦略だってのは解かってるけど。」
銀行には個人に貸し与えられるインベントリがペット二匹分くらいはあるんだが、それはその街の銀行でしか出し入れが出来ない仕様になっているんだ。しかも、預ける時にも取り出す時にも金を取る。どんだけ業突く張りだっての。
俺もこの街の銀行には不要な記念衣装とか、ゴミしか入ってない。今着てるアサシン用装備だって、俺のメインのキャラにはまるで似合わない衣装だから、ここに突っ込んでたわけでさ。
だって、俺のもともとのメインであるデリー松本って、ゴリラだもん。(いや、ホントはドワーフ族なんだが。)
ドワーフはパワーファイターだし、俺の性分に合ってんだよな。主にハンマー担いでましたぁ。姫には"ハンマーゴリラ"なんてあだ名で呼ばれてたっけな。
エカテの姐さんは肩を竦めて、周囲の同じギルド員たちに視線を向ける。
「ねぇ? こんな街に用事なんて無いもの、ゴミとガラクタしか詰めてないわよね、皆。」
うんうん、とほとんどの連中が頷いている。廃人どもめ。
「あたしは料理スキル上げる時にこの街を拠点にしてたから、余りモノ素材は全部銀行に突っ込んであるのよ。」
「俺もそうだな。この街は食材がほとんど揃うから、用済みになった食い物を全部放り込んで次の街行った。」
赤毛の幹部で盾職のヤツも同意する。
他にも数人が、我も我もと申告する。
ゲーマーの思考でいえば、プレイキャラは複数作るのがセオリーなのだ。それぞれ得手不得手があるし、どのタイプが使いやすいかとか、パッチ当たるたびに優遇されるタイプがあるしで、強者になると全種類揃える。
キャップ上限まで育てちまったら、無駄を嫌う連中はせっせとサブキャラ育て始めるんだよな。その為に、余り素材も出来るだけストックして取っておくってことは多い。また集めるの、面倒だし。
ID同じならサブキャラでも銀行やペットのインベは開けるからな。
「料理にブースト付いてるのがあるじゃない? 中レベくらいで作れるようになるヤツで。あれに用があるのよね。」
ブーストドリンクで、コーヒーやオレンジティなど、種類で違うけど攻撃力や防御、スピード上げてくれるような料理があるんだ。他の手段との重ね掛けが可能で。
内部データになるけど、命中率とか器用度なんかのパラメータにも関わるから、廃人ほど多くのスキルのレベルアップをしているんだ。上げすぎてもダメだったりで、Wikiによると料理スキルは中程度にしとくと一番パラメータ数値がいいらしい。考証する暇人が居るんだよな……。
「ブースト料理も、せいぜい中盤までしか用がないから自然とこの街へは来なくなるわ。いちいちブーストするのも面倒になるもの。で、魔王城あたりに到達してまた必要になるのよね。」
上位用フィールドでの狩りになると、ブースト手段は何でもすべて使わなきゃ追いつかなくなるからな。そんで、彼等くらいにレベルが上がるとまた不要になる、というわけだ。
「皆で順番に街に入って、素材取ってきましょうよ。景虎は何でも作れるわけだから、それで御馳走作ってもらって、皆でパーティなんてどう?」
さんせーい、と拍手が沸く。
俺も思わず拍手しちまったけど、よくよく考えたら、その負担はぜんぶ俺に圧し掛かってこないか?
銀行までのガードに、調理に、給仕も? しまった!
「まぁまぁ、お前ばかりに大変な目をさせるのも申し訳ない。俺達は俺達で【木工】使って、テーブルや椅子を用意してやるからさ。」
表情に出てたかな。俺の肩を鷲掴んで、赤毛の騎士がそう言った。コイツの名前は「ネロ」だ。大帝ネロ。なんだかな……。
【木工】というスキルもある。大工仕事のスキルだ。エルフは全員持ってんだろう、なんせ上位クラス弓矢の調達に必須だからな。このゲームは基本的に、自給自足に近いんだ。もちろん、木工スキルも内部パラメータに関連している。そんで、MAXまで上げたところで何の恩恵も無い。
攻撃力は大したことないがやたらとキュートな弓が作れるんだっけな、MAXで。
話が纏まれば即行動、なのが廃人ギルドだ。
俺は愛用のナックルをルナに預け、素手で街へ突入したついでで道具屋へ。道具屋には料理用の鍋とかオタマが売っている。それを装備して帰りのエネミーをボコり続ける。収納は無理だ。俺のインベが小さいのが悪いんや。
「オタマで殴られて消えるエネミーが哀れさを誘うな。」
苦笑浮かべてネロが言う。そういうヤツだって、愛用の盾と一緒に今装備してるのは樵用の斧だけど。
一緒に行った他のプレイヤーたちも、インベに食材詰め込んで、手には俺用のキッチンツールを装備してくれてる。
包丁やら手延べ棒を手にした廃人プレイヤー。皆、一角の有名人で憧れてる奴も多いんだが。見たくないだろうなぁ、コレ。エカテリーナ姐さんがエネミーをまな板でボコボコに殴りまわしてた。
元から色々とテキトーなゲームだけど。ぱかーん、と俺も骨犬をフライパンで叩いた。右手におたま、左手にフライパン、キッチン二刀流だ。
街から戻り、別のメンツを引き連れ再びIN。そんなことを繰り返す俺達古参組に、新人さんたちは疑問符を頭に浮かべたような顔で見送っている。実はナイショだ。サプライズ・パーティなのだ。
ルナには内緒、海人はグル、でせっせと準備を進めて……。
狂った世界のお茶会だ!
「ようこそ、紳士淑女の皆さん。今宵は新人歓迎パーティだ、大いに飲んで、食ってくれ。」
久々の執事服に着替え、人々の前で優雅に腰を折る。(銀行から取ってきて海人に預けておいたんだ。)
魔法のように、突如として現れたセッティングに新人たちは驚嘆の声をあげる。
大テーブル、木製のチェア、そして並べられた料理の数々。
グラタン、シチュー、丸焼き肉には香菜を添えて、銀鮭の餡かけソテーに、煮込みハンバーグ、サラダ、ポトフ、おでんにたこ焼き、なんでもござれ。コーヒー紅茶はあたりまえ、オレンジジュースに酒類も取り揃えて、作れるメニューは全部テーブルに並べてやった。
ほれ海人、食いたがってたチキンレッグだぞ。山盛りだ、よろこべ。(ドヤ顔)
「うわぁ、なんてゆーか……、」
ルナが目をキラキラと輝かせ、絶句した。




