第七話 潜入Ⅰ
そもそも計算すりゃ解かりそうな事なんだ。あのレイドボス、暗黒竜のHPと、総員で掛かった時の攻撃力、必要回復量、何人が攻撃に使えて、他をサポートに回して、何時間かけりゃヤツの体力削り終わるか……そういう計算だ。
相手は所詮プログラムだ。対応さえ間違えなきゃ何てこともない、単純な事故処理と思えばいい。少しばかり危険が大きいだけで、本来、絶望するほど酷いケースでもないんだ。皆、冷静さが足りない。
例えば俺がソロで攻略する場合、景虎では無理だって結果が出てるけど、こっちのスライムでなら解からない。それこそ蚊が刺す程度のダメージしか与えられないにしても、ヤツから食らうダメージはゼロだからな。何日掛かるか解からんが、リアルで衰弱死するまでには倒せるだろう。
最終手段だ、それ以外で手がないかと頭を捻ってるわけだ。
草原地帯を行けばすぐ見つかるに違いないから、俺は迂回のつもりで街の中を通ることにした。
問題はこの姿の俺はこういう場所での集団戦にはまるで向いてないってことだ。ここの連中はさすがにスライム如きの手に負える奴らじゃないし、とにかく攻撃受けながらで、来るヤツを片っ端からトレインで引っ張って進む。
ぞろぞろと俺の後ろに金魚のフンみたいにエネミーが数珠つなぎで追いかけて、これがトレインって状態ね。さっきからポコポコ殴られてんだが、バグスライムは幾ら攻撃受けてもダメージはゼロだからな、効かねーぜ。メンタルでは相当カッカしてるんだけど。ああ、うぜー。
前も見えないくらいに敵がうじゃうじゃ。入れ替わり立ち代わりで俺を殴って別の奴と交代。(うぜぇ!)
ぼっこ、ぼっこと武器が当たるたびに、俺のボディがぶよんぶよんとたわんで、ぼよんぼよんと音が鳴った。魔法、特殊効果、打撃武器はまるで効きません、はは~ん。(斬撃タイプが居なくて良かった。)
レイドボス、暗黒竜の姿が見えた。アイツにも【ダメージゼロ】は有効かどうか、試しておきたいとこだが。
迂回するかと逡巡して、ままよ、とばかりに突っ込んで行った。
【暗黒竜:ランクAAA 2500/AT 6000/DF 5960000/HP 268000/AP】
【スキル:WOU SFA SO】
敵エネミーはプレイヤーと違って、ランクとステータスで強さが決まる。
因みにトリプルAが付いてるエネミーは魔王とコイツだけだ、今のところ。
そしてステータスで、攻撃、防御が共に4ケタなのはコイツだけ。破格の強さだ。しかも、まだ調整中だとかの噂で、それを裏付けるようなキッカリした数字が並んでいる。バランスが相当悪いって言われてるボスだ。
おまけに、回避率がチートクラスの数値らしい。内部データだからプレイヤーから見ることは出来ないが。回避ってのは、アレだ、確実にヒットしてるような攻撃すら内部計算で「無し」にされちまうんだ。一瞬、画像がブレる演出のたった一度で。
あまりに強すぎるって事でプレイヤーには人気がない。廃人ご用達とか言われてる。けど、不満の原因は強さだけじゃなく、もっと根本的なところにあったりする。実装された当時は『カッコカワイイ』なんて価値観が流行っていたもんだから……。
俺を見つけた暗黒竜は起き上がり、ぴんっ、と背筋を伸ばした。尻尾がぱったんぱったん揺れる。
そうなんだ、このレイドボスがプレイヤーに不評な最大の理由はそのモーションにある。動きが、『アホ犬』としか呼びようがないんだ。外見は非常にいいデザインなんだが、動きだすと威厳だとか品格だとか言ったものがまったく消え去ってしまう。廃人どもがネタ代わりにプレイ動画を上げてて、割と皆に知られている。
史上稀にみる残念なレイドボスだっ。
【スライドオブジェクト】なんてカッコイイ技名が付いてても、実際の動きは【スライディングおすわりっ】て感じだ。
色々と萎えること請け合いだから、幾つか確かめたいこと確かめたら、さっさと逃げようと思う。
暗黒竜ことアホ犬は、さっそく身を低く、飛び掛かりの姿勢で俺の方向へ向いた。
俺は大量の雑魚エネミーをトレイン中だからもうどーにもならん。
ぴょん、とひと跳ね。来るぞ、ボスの全体攻撃スキル、ワールドオーダーアウト!
いや、プレイヤー間ではこの技、『わぁい おさんぽ うれしいなっ』なんて揶揄されてんだけど。
そこら中を駆けまわり、転げまわり、エネミーも俺もないまぜで蹴散らして暴れ回る。
ほとんど狂ったような動きで、軌道がまるで読めない、防御も吹き飛ばす威力。ひとしきり暴れ、所定の位置へ横滑りで戻っていく。俺が引っ張ってたエネミーはこの攻撃で全滅、すべて消えてしまった。
この技に関してはまだいい、回避に徹すれば逃げ切れるだけの余裕がまだある。
問題はあと一つ、シャイニングフォースアタックと言われる技だ。
プレイヤー間ではもっぱら『シャニング伏せっ』とか言われてて、そっちのが通用するけど。
どうやら俺は、奴に踏まれようが噛まれようが、まるでダメージを受けないらしいってのが判明した。奴の攻撃に斬撃系がない限り、スライム状で不利な場面は無さそうだな。景虎なら回避が可能だ。問題は――
左右に軽くステップ、そうこう考えてるうちに来た、問題のスキル、『シャイニング伏せっ』だ!
高く飛び上がり、そこから空中で高速回転、丸い球体のようになったドラゴンの身体が発光し、閃光を放つ。
同時に無数の光の針が四方へ飛び散り、全方位の敵を地に縫い付け、テンポ遅れで爆発する。
これだ、コイツが回避不能の凶悪スキルなんだ。
すたっ、とばかりに着地した時の姿勢がまるきり『伏せっ』の状態だからそう言われるが、実際の威力は笑い事じゃ済まないレベルだ。景虎でもおそらく一発食らえば表面上はズタボロにされるだろう。まだ景虎のダメージデータは万全じゃないからな、危険は回避したいところだ。
幸い、スライムの俺はやっぱりでダメージゼロだ、その代り、爆発で派手に吹っ飛ばされた。それも、連続の爆発に巻き込まれて揉みくちゃの状態だ。
お? 俺のこと、見失いやがった。ギリギリ認識判定範囲外に転がったか?
そのまま所定の位置へ戻ってくれれば、離脱出来る! よし、とっておきのバグ技を!
ふはははは! 雲隠れの術!!(いや、インベの中に入っただけだけど。)
あとはアホ犬が間違って踏んずけない限りは見つからないはずっ!
お前と遊んでる暇はない! さっさと帰らせてもらうぜ!(見つかったら面倒すぎるんだ、あのアホ犬は!)