第九話 タラシの面目
「ルシー、何処なの? また入れ違いなの?」
最下層で発見した姫香のプレイキャラは、見ている限り延々とこのダンジョンを歩き続けそうな雰囲気だった。
城のダンジョンは管理ギルドがその構造すら自在にデザインが可能だから、ルシフェルはここをループ型に設計したらしい。あちこちが上下三層構造のダンジョンで繋げられ、容易に迷い込んだ二人が出会えないと見える形になっている。
姫香は騙され、居るはずもない男を探して三階層を行ったり来たりしていた。
半分、気付いているんじゃないかと勘繰ってみるものの、この女は狂気に支配されているから実際は解からない。外側、電脳空間からじっと様子を窺ってきたが、諦める様子は見えなかった。
……そろそろ出るか。埒が明かない。
「姫香、俺の可愛い姫。お待たせ、お迎えに上がったよ。」
騙されてくれよ、お姫さん。
「ルシー! 良かった、やっと会えたわ、無事だったのね!」
満面の笑顔で姫香が駆け寄る。よし、なんとか信用させたか。
だが、彼女はピタリと立ち止まった。
やっぱりどこかにボロが出ていたか? バレた?
「あなた、ルシーじゃないわね?」
冷ややかな視線で、姫香は言い放った。笑顔も潮のように引いた。
くそ、なんで解かるんだ、女の勘ってのはコワいな。
「あなた、景虎でしょ? ルシーに化けるなんて、やっぱりルシーが言ってたのって本当だったのね? あなた、エージェントなんでしょ、救助活動を始めたはずだって彼が言っていたわ。」
"敵"指定はされてなかったか、じゃあ、なんとかなりそうだな。
俺はコピーを解除し、元の姿を姫香の前に晒した。
「やっぱり。どうしてルシーのフリをしたの? 彼は何処? ちゃんと脱出出来たの? どうせ、彼に頼まれてわたしを助けに来たんでしょう? 彼はきっと、先にダンジョンを抜け出てしまって、焦ったのよね、それであなたにわたしの救助を依頼したのよ、きっと。そうでしょう?」
淀みなく口をついて流れだすセリフは、まるで感情というものが感じられない平坦な口調の上に乗っていた。
いったいどういう口車に乗せて、ここへ放り込んだのか。すぐには予測出来ない状態だ。
「彼といつ、入れ替わったの? 以前から、なんだかおかしいような気がしたのよ、いったいいつ、彼はあなたと入れ替わって居なくなっていたの? いつ、入れ替わりなんて出来るようになっていたの?」
恐るべし、女の直感。
姫香は、いつの間にかルシフェルが乗っ取りに遭っていた事にさえ気付いていたのか。
恐怖がこの女を狂気に駆り立ててたって事なのか?
出来るだけ、平静を装って。
「入れ替わりなんぞ起きちゃいない。俺は、奴に頼まれてお前を脱出させに来ただけだ。お前を待つと言っていたが、時間的にもそれは無理な相談で、代わりに俺が来ただけなんだ。」
テロリストの件も、この女は知っていたかも知れないな。
いや、いずれはバレる話だ、肝心なのはヤツの死に勘付かれないこと。
「彼、先に帰っちゃったのね……。」
ひどく朧な表情を見せた。捨てられたと思っている、てのはあながち嘘じゃなかったのか。
「後悔してたぞ、」
「嘘つき。……けど、そうね、後悔してたらいいわね。そう信じるわ。」
素直に従ってここを出てきてくれるんだろうか、この女。
女タラシとしては、どうにか騙しきりたいところだぜ。ヤロウに出来て、俺に出来ない事はない。
タラシの面目に賭けて、この女は騙しきる。
「時間がない。ヤツがどういう説明をしたかは知らんが、今回の事故はオクトパシィとかいう連中が仕組んだ事だ、奴等はテロリストだったんだ。ルシフェルの奴も利用されていた事に気付いて……、」
「知ってるわ。彼、騙されたって言って、ショックを受けていたもの。自分の責任がすごく重いって、そう言って、ここへ入って行ったんだもの。……自殺するつもりだと思った。だから、わたしも追ったのよ。」
そうか、そういう設定を組んでここへ閉じ込めたのか。
じゃあ、この女はアホ犬が復活してることも承知か。奴は、脱出劇に間に合わないように、わざとここへ閉じ篭ったっていうフリをして、この女は自らの意思で道連れになったと思い込んでるわけだ。
「すまんな、ヤツは重要参考人だ。勝手な真似を許すわけにはいかないんだ。俺が先に保護して、第一陣と共にリアルへ戻した。その時にお前が居ない事に気付いて、後を追ったんだろうと推測したアイツに事情を聞いて助けに来たんだ。だから、ヤツは先にログアウトした。お前を救ってくれと頼まれた。」
姫香はその場へうずくまって、泣きだした。
「彼と一緒にここで死ねるなら、それでもいいかなと思ったわ……! 彼がどんな間違いを犯したとしても、わたしは彼の傍に居るわ、わたしは彼の味方になるわ、だから……顔を、見せて欲しかった……!」
ヤツがこの女に投げつけた言葉は、テロリストたちに騙されていたという部分だけじゃないはずだ。
バーチャルの中での遊びの関係。どうあっても奴にすがって追いかけてくるように、仕向ける言葉が。
おそらく。
「本心じゃないんだ。ヤツは俺に必死になって頼んでたぜ、姫香を助けてくれってさ。」
「そう……。」
信用したんだか、微妙な空気だな。
「じゃあ、彼は助かったのね?」
「ああ、お前のことを心配してると思うぜ。なんせ、こんな事になって、最後まで迷惑掛けた相手なんだ。だから頼むよ、俺と一緒に帰ってくれ。」
「……、」
その沈黙はなんだ、今度は。ギクシャクしてくるじゃねーか、嘘は辛いんだぜ。
「解かった。あなたがそこまで言うなら、信じてあげる。」
ようやく信じたか。なんか意味深な台詞だが、今は不問にしとく。
急がないとリミットが。マスコミが嗅ぎつけて、アクセスしてきたらまた厄介な事になる。
「じゃあ、一緒にここを出てくれるか? ヤツが"外"で気を揉んでるはずだ。」
「うん。心配かけたくないわ。出られるなら、出る。」
半分諦めたような言葉だ。
暗黒竜は復活している、たった二人では脱出不可能、それを知ってる顔だ。
承知の上でここへ飛び込んだのか。
女ってのは。どうにも。
姫香を連れ、城を出た。壊れかけの女を連れて、壊れかけた世界を渡る。
始まりの街の広場には、例のアホ犬が陣取っている。
カードを操作して、攻撃力を"1"へと下げる。念のため、事故防止の為だ。実はルシフェルとやりあった時にも操作して、流れ弾被弾でコイツが殺られないようにと小細工してあった。野郎の時は回避MAX、攻撃はまるで当たらないように。
そんで、今は、回避率を"0"にする。
隣で俺の様子を見ていた姫香が首をかしげていた。
カードをもてあそびながら、言うかどうかでまだ迷う。
ヤツが消えちまった事を知らされないままで過ごすんだよな、この女。
「なぁ、姫香。惚れた男のために生きるなんてのはさ、そんなつまんねー生き方、やめちまえよ。」
「なぁに? それ。」
「自分の為に生きろよ。お前の人生だろ、誰かのモンじゃないんだからさ。」
「お説教ならたくさんよ。」
そうだよな、俺も自分でらしくないと思うよ。
「これから先……、色んなヤツと出会えるだろ。お前がお前の為にさ、お前自身が楽しいって思える相手を選ぶべきだと、その、……ああ、何言ってんのかワケ解かんねーや。と、とにかくさ、苦しいんなら止めちまえって事だよ!」
「別にわたし、苦しいなんて思ったことないわ。」
「だからだな……、」
無自覚ってのはタチ悪ぃよ。壊れかけ女のくせによ。
「ねぇ、そんな事よりアホ犬が尻尾振ってるわよ。」
「あ、」
しまった! 柄にもない事しようとしたから、しくじった!
姫香を安全な場所へ避難させてからバトるつもりだったのに!
「わたし、向こうで隠れてるわ。どうせ戦力にはならないから。」
「お、おう、」
姫香はさっさと俺を残して広場の隅の狭い路地へ向かって行った。あんなトコに死角があったのか?
まぁいい、基盤操作で徹底的に弱体化してある、間違って向こうへ行っても死ぬほどの事はないだろ。
気を取り直して。
「いくぞ。」
これで、本当にラストバトル。
あの女を脱出させて、俺の任務は完了だ。